格上相手には、とにかく入念に準備するべし。――5

「ええぇええええええええええええええええええっ!?」


 レイシーが驚愕きょうがくの声を上げる。


「ななななんでユーさんのHPが1に!?」

「パージの効果だよ。パージを使うと、HPが1になる代わりに、物理スキルを一切いっさい受け付けない『霊体状態れいたいじょうたい』になるんだ」

「いきなりなにをしているのですか!? 初手で使うスキルじゃありませんよね!?」


 珍しく、レイシーが俺を非難ひなんしてくる。


 それも仕方ないだろう。俺がとった行動は、誰がどう見ても悪手あくしゅなのだから。


 物理スキル無効の『霊体状態』は、たしかに強力だ。


 しかし、パージを用いるとしたら、戦闘の終盤、残HPがギリギリの状況か、相手のスキルが物理オンリーだと察知したときだろう。


 HPが1になるスキルを初手で打つやつは、常識的に考えたらバカだ。


 もちろん俺はバカじゃない。この一手には、重要な意味があるのだから。


「まあ、見てろってレイシー」


 慌てふためいているレイシーとは対照的に、俺はライトウィスプの出方でかたを落ち着いてうかがう。


 ライトウィスプがフルルッ! と体を震わせた。その体が徐々に輝いていく。


 光属性の魔法攻撃スキル『ライトビーム』のモーションだ。


 魔法攻撃だから、『霊体状態』では無効化できない。チャージタイムの3秒後、ユーは戦闘不能になるだろう。


 ユーのあるじが俺じゃなかったらな!


 俺はほくそ笑み、叫んだ。


「『リバーサルストライク』!」


 ユーがロングソードを引き絞る。


 その剣身が黒いオーラに包まれ、次の瞬間、


『ムゥ――――ッ!!』


 弾丸の如くユーが飛翔した。


 まるで黒い流星。


 黒い流星と化したユーは、ライトビームの準備をするライトウィスプに一瞬

肉迫にくはくし、つらぬいた。


 メニューバーに表示される、ライトウィスプのHPバーが、もの凄い勢いで減って、0になる。


 HPを失ったライトウィスプが魔石になった。


 レイシーがポカンと口を開ける。


「え? 一撃? 一体、なにが?」

「パージとリバーサルストライクのコンボだよ」


 戸惑うレイシーに、俺は説明する。


「リバーサルストライクは、HPが少ないほど威力が上がる、回避不可の物理攻撃スキル。チャージタイム0秒の、いわゆる『奥の手』ってやつだ。パージでHPを1にしておけば、とんでもない威力が出る」

「な、なるほど! パージの目的は、物理スキルの無効化ではなくHPの調整なのですね!」


 ポン、と手を打つレイシーに、「そういうことだ」と答える。


「リバーサルストライクは物理攻撃だから、ゴーストナイトの高いSTRも活かせるし、回避不可だから、発動すれば大ダメージは確実ってわけだな」

「ス、スゴいです! HPをわざと1にするなんて発想、ありませんでした!」


 キラキラと瞳を輝かせ、一頻ひとしきり感心したあと、「それでは」とレイシーが、『不思議なバッグ』から、HP回復効果のある『HPポーション』を取り出した。


「ユーさんのHPを回復してあげましょう。このままでは、一発でも攻撃を受けると戦闘不能になってしまいますから」


 HPポーションを差し出してくるレイシーに、俺は告げる。




「いや、このまま次の戦闘にいく」




「ええぇええええええええええええええええええっ!?」


 またしても、レイシーが驚愕の声を上げた。


「どどどどうしてですか!? いくらリバーサルストライクのチャージタイムが0秒とはいえ、危険すぎます! ライトウィスプのなかにチャージタイム0秒の攻撃スキルを持っているものがいたらどうするのですか!?」

「たしかに、クリム高原のライトウィスプはチャージタイム0秒の攻撃スキルを持っている。レベル差はあるけれど、ライトウィスプはAGIが高いモンスターだし、先に攻撃できるのは相手側だろうな」

「ダメじゃないですかっ!!」


 毛を逆立てる猫みたいな反応を見せるレイシーに、つい吹き出してしまいながらも、俺は指摘する。


「忘れたのか、レイシー? ユーの装備品がなにかを」


「装備品?」とレイシーが首を傾げ、ハッと目を見開く。


「『疾風の腕輪』は、装備している従魔が最初に用いたスキルに、『先制効果』を付与する!」

「その通り。クリム高原のライトウィスプは先制攻撃スキルを持っていないから、100%の確率でユーが先制できる」


 しかも、


「リバーサルストライクは一撃でライトウィスプを仕留められるし、戦闘が終了すれば、クールタイムもリセットされる」


 つまり、


「これから遭遇するライトウィスプを、ユーは1秒とかからずに倒せるってことだ」


 だからこそ、俺はミリュー鉱山のクエストで『疾風の腕輪』を手に入れ、ユーを運用可能状態にしたんだ。


 エリーゼ先輩との勝負で肝要かんようなのは、『1体のライトウィスプを倒すまでの時間を、どれだけ短縮できるか』だ。


 その点では、ゴーストナイトほど適任なモンスターはいない。出会ったそばから片をつける辻斬つじぎり戦法で、バッタバッタと斬り捨てることができるからな。


「なるほど! これがロッドくんがおっしゃっていた、『ゴーストナイトにしかない「とっておき」』なのですね!」

「半分正解ってとこだな。ユーの真価はこんなもんじゃない」


 興味津々といった様子で身を乗り出してくるレイシーに、俺はチッチッチッ、と指を振る。


「まあ、今回の勝負で披露することはないだろう。パージとリバーサルストライクのコンボだけで充分だ」


 ニィッと荒々しく口端をつり上げ、俺は再び歩きだした。


「どんどん行くぞ、レイシー!」

「はいっ!」

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