弱小モンスターが大器晩成型なのは、育成ゲームではよくある話。――7

「いい汗かいたなあ」

『ピィ♪』


 あのあと、ふたつ目の特訓により、もうひとつの必須スキルをクロに修得させた俺は、ホクホク顔で廊下を歩いていた。


 いまから楽しみだなあ、クロの真の力を披露ひろうするときが。驚きのあまり目を白黒させる、みんなの姿が浮かんでくるぜ。


 想像して俺がニヤけていると、


「そんな従魔でいくら努力しても、無駄に決まっているだろう?」


 不意にそんなあざけりが聞こえた。


 俺たちのことを言っているのかと思ったが、どうやら違うらしい。


 嘲りの声は、斜め前にある訓練場(文字通り、従魔の訓練を行う施設)から聞こえていたからだ。


 気になって訓練場をのぞいてみると、何人かの生徒たちの中心で、ふたりの生徒が向かい合っていた。


「フェアリーアーチンなんて雑魚ざこを授かった時点で、きみは落ちこぼれているんだよ、シルヴァン」

「リーリーをバカにしないでください!」

「雑魚を雑魚と言ってなにが悪い? きみもわかっているだろう? フェアリーアーチンがFランクだってことくらい」

「……っ」


 かんさわるイヤらしい笑みを浮かべているのは、『贈魔の儀』でサンダービーストを授かったカール。


 そのカールにバカにされて悔しそうにうつむいているのは、ハッとするほどの美少女だった。


 やや低い身長に、ミルキーホワイトの肌。


 スレンダーな体型でありながら、ふたつの胸の膨らみは、制服のブレザーを押し上げるほど豊かだ。


 長い艶髪つやがみは黄金を溶かし込んだようなゴールデンブロンド。


 エメラルドの瞳は丸くて愛らしい。


 たしか彼女は、レイシー・シルヴァンという名前だっただろうか?


「どれだけ訓練しようと無駄なんだよ! きみのような平民は、貴族にかしずいていればいいのさ! 僕のような神に選ばれし者にね!」


 傲岸不遜ごうがんふそんに言い放つカールに、レイシーが、可愛らしい童顔どうがんを悔しそうに歪ませる。


 その様子を眺めながら、俺は失笑してしまった。


 サンダービーストを手に入れたくらいで、よくそこまでおごたかぶれるなあ。選ばれし者とか、正直イタいし。


 思いながら、俺はレイシーが連れている従魔を観察した。


 手のひらサイズの体躯たいく、薄緑色のショートヘア、緑色の瞳、葉っぱを縫い合わせたような貫頭衣かんとうい、カゲロウに似た羽。


 風属性の妖精系モンスター、『フェアリーアーチン』だ。


 ほうほう、この世界ではフェアリーアーチンも雑魚扱いされているのか。まあ、運用方法がわかっていないなら当然か。上手く扱えば、結構強いのになあ。


「わかったらとっとと出ていってくれるかい? きみみたいな落ちこぼれがいたら邪魔なんだよ」


 俺がフェアリーアーチンを観察しているあいだにも、カールの侮辱ぶじょくは続く。


 ほかの生徒が止める様子はない。カールが優等生あつかいされているから、さからいにくいのだろう。


 それにしても、努力しているやつに邪魔だなんて、いくらなんでも言い過ぎだよなあ。ちょっと注意しておくか。


「そこまでにしとけよ。えらぶってるつもりだろうけど、逆にカッコ悪いぞ」

「なんだと?」


 不機嫌そうにカールが振りかえり、俺の姿を目にして、ハッと鼻を鳴らす。


「誰かと思えばお前か、マサラニア。さては、同じ落ちこぼれとして黙っていられなかったんだな?」


 予想が的外まとはずれなうえに、自分が如何いかに醜い行為をしているか、気付くこともできないらしい。


 カールの態度が滑稽こつけいすぎて、つい溜め息がこぼれてしまった。


 俺の反応が気にくわなかったのか、カールが顔をしかめる。


「なに溜め息をついているんだ! 僕に逆らうつもりか? 僕は神に選ばれし者だぞ!」

「いや、別に逆らうつもりなんてないけどさ? 『選ばれし者』って自慢するの、やめたほうがいいぞ?」

「なんだ、負け惜しみか?」


 嘲笑を浮かべるカールに、俺は手を左右に振ってみせる。


「違う違う。勘違いしてるみたいだから、訂正ていせいしようと思っただけだ」

「勘違い?」


 怪訝けげんそうな顔をするカールに、俺は「ああ」と頷く。


「お前はサンダービーストを授かっただけで、なにもしてないだろ?」


 不可解だと言わんばかりに、「あ?」とカールが眉をひそめる。


「だからさ?」と俺は続けた。




「従魔士にとって大切なのは、どんな従魔を授かったかじゃなくて、従魔をどう扱うかだ。運の良さをひけらかすのは、三流のあかしだぞ?」

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