第195話 クリストファー、走る

「不思議だわ。さっきまではあんなに『リントヴルム』が恐ろしく見えたのに」

 

 空を駆けあがるクリスを見て、ソフィアは自分の心が軽くなっている事に気付く。それは、エルザとフローネ以外のメンバーも同様だった。


「見た目の大きさと、その姿の悍ましさに、正常な判断が出来なくなっていたようだ。もし本当に危険ならば、カズキが魔界ここに連れて来る筈もないのにな」

「はい。今回ばかりは、クリスさんに感謝ですね」


 空を見上げたまま、ジュリアンの言葉に頷くマイネ。現在は、珍しく株を上げたクリスが、『リントヴルム』が呼び出したと思われる魔物と戦っているところだった。


「ワイアーム、キマイラ、ロック鳥、ワイバーンに、グリフォン? 『リントヴルム』は、魔物を呼び出す能力を持っているの?」


 一太刀でそれらを消滅させながら、『リントヴルム』へと一直線に空を駆けあがるクリス。そんなクリスを見ながら、ラクトがナンシーと戯れているカズキに言葉をかけた。


「あれは『リントヴルム』の体と魔力で構成された、一種のゴーレムのようなものだ。魔力があれば無限に再生できる『リントヴルム』ならではの方法だな」

「なる程。だからカズキは手を出さないのか」

 

 食材になりそうな魔物がいても、視線すら向けないカズキの態度に違和感を覚えていたコエンが、得心がいったように頷く。


「ああ。しかも悪魔の能力を魔界ここに来て完全に理解したから、理論上、無限にゴーレムを創り出す事も可能だ。悪魔は大気中に存在する魔力を利用出来るからな」

「え? じゃあどうやって『リントヴルム』を倒すの? 体の再生にも魔力を使ってるんでしょ?」

「そうだな。思いつく方法は二つだ」


 ラクトの問いに、カズキは指を二本立て――る事はなかった。何故ならその手は、ナンシーのマッサージに使用中だからだ。


「一つは、大気中の魔力が尽きるのを待つ事。そうなれば、後は自前の魔力だけだからな」

「成程。因みにだけど、このペースだと、どれくらいの時間で魔力が尽きるの?」

「ざっと一年くらい?」

「駄目じゃん!」

「まあな。そこで二つ目だ」

「それは?」

「再生する以上のダメージを与え続ける事。まあクリスがそれをやると、通常のヒュドラなら大惨事を引き起こすんだが」

「あの巨体だもんね・・・・・・」


 先程の女性陣からの袋叩きを思い出し、ラクトが気の毒そうな表情を浮かべる。

 

「まあ今回に限って言えば、その心配もないんだけどな・・・・・・。クリスが気付くかどうか」

「どういう事?」

「簡単な話さ。急激に巨大化したせいで、『リントヴルム』はあの体を持て余している。だから元々の大きさ位になるまでは、再生能力を使う事は無い。その証拠が、あのゴーレムだ」

「そっか。自分の体が素体になっているんだもんね。本来なら、使った部分も再生してないといけないんだ」

「そういう事」


 カズキとラクトがそんな話をしている間にも、クリスはペースを上げ、既に『リントヴルム』の目と鼻の先へと辿り着いていた。


「どーすっかなぁ」


 絶え間なく生まれるゴーレムを斬り捨てながら、クリスが独り言ちる。『どうするか』というのは勿論、”如何に女性陣の不興を買わずに、『リントヴルム』を倒すか”という事である。

 以前、ヒュドラ相手に失態を演じ、ボロクソに言われた事は、彼の記憶に刻まれている――要は、今まで忘れていた――のだ。


「一先ず休憩するか」


 いくら魔力操作を極めているとは言っても、空中を歩くのにはそれなりに魔力を消費するため、クリスは一旦、その心配のない場所へと足場を求める事にした。大胆にも、『リントヴルム』の体へと。


「ふう。やっぱり人間は、地に足を付けないとだな」


 そう言いながら水を一口だけ飲んだクリスは、更にペースを上げる。結果として、一分も経つ頃には、ゴーレムの姿が見えなくなっていた。


「さて、ここからどうするか・・・・・・」


 『リントヴルム』の上を歩きながら、思案に暮れるクリス。勢いでここまで来たため、何も考えていなかったのだ。 


「うーん。取り敢えずは表面だけ抉ってみるか。――あ、ここからは『リントヴルム』への攻撃が始まるんで。この光景を見たくない人は、目を背けるなりして下さいね? 本来は見えないところを、カズキの魔法で見てるんでしょ? いいですか? 責任は取りませんからね? 今から三秒後に始めますからね? では、3、2、1、ゼロ!」


 これ以上ない程に予防線を張ってから、宣言通り『リントヴルム』の体表? に向かってクリスが剣を振るう。その結果、直径100メートル、深さ30メートルのクレーターが出来上がった。


「・・・・・・あれ? 消滅したな。もしかして、さっきまでの魔物と同じなのか?」


 確認の為にと、再びクレーターを造りだすクリス。


「同じか・・・・・・。なら、俺が今立っている場所は、本体じゃないという事か?」

「『正確には違うが、大体その認識で合ってる。だからとっとと中央に行って、本体を倒してくれ。そろそろ時間が厳しくなってきた』」

「おまっ! 早くそれを言えって!」


 クリスの独り言に答えるように、カズキからの連絡が入る。その内容の不穏さに慌てたクリスは、カズキの言葉を鵜呑みにし、全速力で駆け出すのだった。

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