孤独戦艦の涙
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子供が抱えるには重すぎる
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ザバファール大陸 イカザ島
魔王は日が真上に上る頃に島を訪れていた。島の縦穴の前で待っていたのはシステム・ブラフマー、クトゥルー、シャイターンの分身体だった。
「『ようこそ魔王様。お待ちしておりました』」
「容体は?」
「『外面的問題はありません。精神面に問題が発生。アトランティスから出る事を拒否しています』」
「シャイターンとクトゥルーの説得も駄目だったと?」
「そうなのよ~、シヴァちゃん完全に引きこもっちゃって~」
「私も声掛けしたんだけどお、全く良い反応は無いわあ」
シャイターン達は珍しく肩を落としていた。
「シャイターン、クトゥルー、お前達はよくやってくれた。後は我に任せろ」
魔王はシステム・ブラフマーと共にアトランティスに繋がる縦穴を降りていく。シャイターン達はそれを見送った。
「……あの事は言ったの~?」
「私も言ってないわあ」
魔王がシヴァに何を話すのか見当がついた。あまりいい話ではない。
「あれを理解するには早過ぎる気がするのよね~……」
「それは同意見だけどもお、こうなったら仕方ないわよねえ」
溜め息をつきながら結果を待つしかないのだった。
・・・・・
魔王達は神殿前にゆっくりと着陸する。システム・ブラフマーは神殿の中へ先に入った。
しばらく待っていると、
「魔王様……?」
中からシヴァの声が聞こえた。
「しばらくぶりだな」
「…………」
返事は無い。
「……頭の中に何かいるのが気になるか?」
「……うん」
単刀直入に質問した。遠回しに聞いても解決が遅くなるだけだと踏んだからだ。
「ねえ魔王様、僕、悪い子なの?」
オドオドした口調で魔王に質問する。姿が見えなくても、相当気が滅入っているのが分かる。
「我はシヴァを悪い子だとは思わん」
「沢山苦しめて殺したのに?」
魔王は眉をひそめる。
「頭の中の何かがそれを言ったのか?」
「……うん」
魔王は心の中で悪態をついた。
「(ブレイクコードめ、卑劣な手を……)」
ブレイクコード:シヴァ
シヴァの脳に内臓されているシステムコードの上位存在だ。
破壊と殲滅を最優先し、あらゆる敵を葬るだけに特化したシステムである。シヴァの第二の人格と呼んでも差し支えない程の意思を持っており、隙あらば乗っ取ろうと動き出す。一度乗っ取られれば25あるシステム達も逆らえない。
以前魔族領を攻撃したのはブレイクコード起動時であり、力づくで止めるしかなかった。
危険があるとすぐに脳内の奥へ避難し、容易に破壊されないよう対策を取るから余計に質が悪い。
しかも、ブレイクコードは脳の6割を侵食している。無理矢理取り出そうとすれば確実に脳に障害が出る。魔王や七つの冠も摘出しようと試みたが、何千回シミュレーションを行っても失敗するため行き詰っている。
今できる最善策として『シヴァ自身がブレイクコードを掌握するまで支援する』という結論に至った。
しかし今回の侵略によりブレイクコードが起動。シャイターンが停止まで追い込んだが、その際にシヴァの記憶に一部『共有』させた。過去にシステムコードがシヴァを眠らせている間に行っていた敵意を持った人族の処理をしていた記憶だ。
その記憶で苦しんでいると、魔王はシステムコードから聞いていた。
「……システムコードに殺させたのは我の指示だ」
「どうして? どうしてあんな酷い事をするの?」
「あの類の連中は殺さなければ殺される。それだけだ」
「おはなしじゃ、ダメなの?」
「話だけではどうにもならない時がある。だから話す前に何を考えているのかが分かる技術を編み出し判断できるようにした」
「……じゃあ、悪い人だったの?」
「でなければいきなり殺さん」
少しだけ、シヴァが顔を出した。片目だけで魔王を見つめる。
「でも、悪くない人も殺したよ?」
「……この間の異世界人か」
「うん……」
前の一件はシヴァ自身が覚えている。ブレイクコードはこの記憶にも手を出しており、最悪の記憶の一つとして刻まれた。
「あれは女神を名乗る俗物に操られていた。しかも脳の半分を壊して無理矢理だ。だから殺す事が異世界人を助ける唯一の方法だった、とシステムコードから聞いている」
「……僕、初めてお友達ができたんだ。沢山おはなしして仲良くなったの。だから、一緒におやつ食べたり、一緒に絵本を読んだりしたかったの」
魔王はただ、その話を聞く。
「でも、皆いきなり怖くなっちゃって、襲ってきて、すっごく怖かった。僕は、ただお友達になりたかったのに……」
バシャン、と、大きな水音が響く。それは徐々に連続し、間隔が狭まり始める。
「気付いたら、皆、死んじゃった……! 僕が殺しちゃったって……! これじゃあ、お友達なんて、仲良しなんて、ずっとできないよ……!!」
シヴァの瞳から大粒の涙が零れる。
いくら巨大な身体でも、精神は5歳。この歳の子は一度感じた恐怖を簡単には拭えない。一生引きずるトラウマにもなり得るのだ。
魔王は足早にシヴァへ近付く。目の前まで近付き『収納空間』からある物を取り出した。
「ある者から預かった物だ」
それは音を記録し再生する装置だ。人族に合わせて作られているため魔王の手の上では小さく感じる。
魔王は装置を起動させ音を再生する。
『あー、あー、聞こえてるかな?』
そこから聞こえたのは、アンシェヌの声だった。
「アンシェヌ、さん?」
『こんにちはシヴァちゃん、私の事覚えてるかな? あの島で会ったアンシェヌだよ。今は鈍った体のリハビリ中、それなりに元気にやってるよ』
後ろから少し声が聞こえる。他に誰かが複数いる場所で録音しているのが分かる。
『魔王様から聴いたよ、シヴァちゃんが私の仲間にしたこと、今どうしているのかも』
「…………」
シヴァは俯いて口を紡いだ。次に出る言葉がどんな言葉か恐怖を感じ始めているのだ。
『ごめんね、そしてありがとう』
予想外の言葉に、シヴァは顔を上げる。
『いきなり襲い掛かったのは完全に女神のせいとは言え、怖い思いをさせたのには変わりないわ。本当にごめんなさい』
装置ごしでも頭を下げているのが分かる位誠実な口調だった。
『そんな女神から3人を解放してくれたこと、本当に感謝してる。ありがとう』
少しだけ、呼吸を大きく吸った。
『だから、自分を責めないで。皆貴方の味方だから』
「……うん、うん……!」
シヴァは涙を零しながら何度も小さく頷いた。
魔王は再生が終わったのを確認して装置をしまう。
「責任が誰にあるかは別として、シヴァは何も悪くない。これだけは確かだ」
シヴァの手に優しく触れる。
「シヴァよ、お前の頭の中にはもう一つシステムコードが入っている。それが頭の中の声の正体だ」
「頭の中に……?」
「頭の中の声以外にも色々と伝えていない事がある。それを伝えるのはまだ早いと我は考えているが、もし聞きたいと思ったら遠慮なく聞いて欲しい」
「……それは僕のため?」
「我はそうだと思っている」
シヴァは鼻をすすりながらアトランティスから顔を出した。
「じゃあ、今はいい。僕が分かる大きさになったら教えて」
二へっ、と魔王に微笑んで見せた。
「……分かった」
魔王はシヴァに悶々とさせたままでいいのかと悩んでいた。全てを打ち明ければシヴァの中にある疑念を少しでも取り除けるのではないかとも思った。
しかしシヴァは自分の意思で問題を保留した。自分が抱える闇を完全に理解できるまで待つと決めたのだ。
自分で判断できるのは成長した証だ。成長した事に内心嬉しさを感じながら、今回の様な事態を招いた自身の弱さに、こんな卑怯な聞き方をした狡さに歯噛みした。
「(3000年も魔王をやっていても、どうする事もできない事が多過ぎる。精進せねばなるまい)」
心の中で後悔しながら、シヴァの手を引く。
「外で皆が待っているが、行くか?」
「うん!!」
元気よく返事をし、魔王達はアトランティスの外へ出るのだった。
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お読みいただきありがとうございました。
次回は『砕けた剣』
お楽しみに。
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