マリーナというエルフ Ⅲ

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 同族であっても決して一枚岩ではない。


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 マリーナの仕事の一つに『出民報告把握』がある。


 これはエフォート大陸の外にいる地位を持ったエルフ族からの報告を受け、問題が無いか把握する業務だ。報告内容と身辺情報が合致しなかったり虚偽があった場合は秘密裏に調査する。民族間で問題を起こさせないようにするための取り組みの一環だ。



 今日は書類だけではなく直接報告を受ける事になった。遠方にいるがわざわざ転移装置を使ってイルミンスールまでやって来たのだ。


 会議室にマリーナ、エルと報告者達4名が集まる。


「それでは只今より出民報告会を始めさせて頂きます」


 進行はエルが務める事になった。


「ではまず特級冒険者『ミカミナ・アース・キャンディ』様から報告をお願いします」


「もう、エルちゃんってば硬いわよ。もっと気軽でいいのに」


 おっとりとした口調で話す白エルフ『ミカミナ』は冒険者の最高峰、『特級』を持つ実力者だ。戦力だけで言えば十二魔将に匹敵するが、戦闘スタイルが独特すぎて組織には向いていない。


 ちなみにエルとは親戚にあたる。


 エルは表情一つ変えない。


「仕事中ですので。報告をお願いします」


「もう、いけず。私からの報告だけど、最近災害級魔獣の頻度が増えて来てその対応に当たっているわ。ほぼ毎週の様に出て来るから大変なの」


 溜め息をつきながら報告する。マリーナから見ても嘘をついている様子はない。


「そうか。他には?」


「後は特に無いかしら。次に行っていいわよ」


「ではダヴィッド魔導学園学園長秘書アインハルト・イザベル・ウジ様、報告をお願いします」


「はい。ダヴィッド魔導学園ではエルフ族の入学が増えておりますが、同時に魔法が不得手な種族という理由で不当な扱いを受けているという報告を受け対処しているところです。魔闘技科においては持ち前のスキルで良い成績を残している者が現れ……」


 それから小一時間、ダヴィッド魔導学園に在籍するエルフ族の話題を交えた身辺報告が続いた。エルとマリーナは真剣に聞いていたが他のエルフ族は少々だるくなっていた。


「以上で報告を終わります」


「アインハルト様、ありがとうございました。続いて、ホープ大陸農業研究所所長『ベルガモット・セスルーム・ルフナ』様、報告をお願いします」


 筋骨隆々の顎が特徴的な黒エルフが起立する。


「はい。現在は収穫されたばかりの食物の収穫量の調査、及び品質状態の精査に取り組んでおります。それと同時に新たな小麦の品種を開発中です」


「なるほど、よく分かった。他に報告は?」


「今回は以上です」


 ベルガモットは着席してしっかりと背筋を伸ばした。


「そうか、では次に行こう」


「最後に、メーフォ整備部門担当『ヴァイオレット・スノッリ・グラス』様、報告をお願いします」


「やっと私? 前回送った報告書とあんまり変わんないわよ」


 セルキを吹かしながら気だるそうに報告する。


「まあ変わったと言えば転移者がようやく洗脳し終わったくらいかしら」


「……なんだと?」


 マリーナはすかさず反応した。


「転移者を、洗脳だと?」


「正確には改編だけど。頭の中もう滅茶苦茶だから原形留めてないわ」


「魔王様は承知しているのか?」


「リリアーナが承認貰ったって言ってるから知ってるんじゃない?」


 ヴァイオレットはセルキの煙を吐きながら答え続ける。


「(…………リリアーナなら、できなくもないか)」


「ヴァイオレット様、それをここで報告した理由は?」


 エルは割り込むようにして質問する。


「敢えて言うなら、牽制、かしら」


 ニヤリと笑い再びセルキに口を付ける。



 不穏な空気に一変したまま、会議は終了した。



 ・・・・・



 会議終了後、マリーナとエルは書斎にいた。


「牽制、とはどういう意味でしょうか?」


 エルはヴァイオレットの言葉の意味を考えていた。マリーナは机に肘を付く。


「そのままの意味だろう。ヴァイオレット様も性格が悪い」


「それが今一分からないのですが」


 マリーナはエルに視線だけを向ける。


「異世界人が何故強いか知っているか?」


「えっと、こちらに来る過程で何らかの影響を受けるから、でしたか」


「その仕組みがまだハッキリしていない。だから解明したい輩が多いのさ」


「…………まさか、解剖ですか?」


「かもしれない。大半は死体からだろうがヴァイオレット様は生きた異世界人から情報を得るつもりだと宣言したようなものだ」


 エルの表情が曇る。


「どうしてそこまで……」


「力が欲しい者、魔王様に気に入られたい者、異世界人の力は色々な事に応用が利く。解明できれば莫大な富になるだろう」


「ヴァイオレット様はそれを見越して……」


「ミカミナはヴァンダル様、アインハルトはアギパン様、ベルガモットは元老院、それぞれに繋がっている。ヴァンダル様とアギパン様は探求心の塊みたいな方々だからまだいいが、元老院は何に使うか分からない。絶対碌な事ではないだろうが」


 マリーナは椅子にもたれかかり天井を見上げる。


「これがお爺様の言っていた同族の冷戦か。嫌になるな」


「となると、ヴァイオレット様はリリアーナ様と協力を?」


「いや違う。サクラ様だ」


「な?!」


 エルは唐突に出て来た名前に驚きを隠せなかった。


「さ、サクラ様とヴァイオレット様が何故繋がるんです!?」


「そうか、エルは知らないのか。まあ名前を変えているから気付かないのも無理は無いか」


 マリーナは『収納空間』から一枚の写真を取り出した。


「これがヴァイオレット様の昔の写真だ」


「……何の冗談ですか? これって教科書に載ってるサクラ様のパーティーの……」


「そうだ。これは内緒だが、ヴァイオレット様は本名『ブルーベリー・スヴェルトルム・ティー』。サクラ様が最初に組んだパーティーの弓使いだ」


「…………」


 エルは絶句し、呆然としていた。


 それもそのはず、写真に映っているのは純真無垢なエルフの少女だからだ。


 これが現在色欲溢れる街で毎日男を抱いている色情魔になっているのだから絶句もする。


「そういう訳だから、リリアーナよりサクラの方に情報が流れているだろう」


 マリーナは席を立ち、窓から外を見る。


「(これから先、大きな争いが起きなければいいが……)」

 



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お読みいただきありがとうございました。


次回は『魔后のお仕事』になります。

お楽しみに。


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