マリーナというエルフ Ⅱ

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 剣術は一日にしてならず。


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 エフォート大陸 アルフヘイム地方 イルミンスール城下町 ザクセン



 城下町は森の中に作られたツリーハウス形式のみで形成されている。枝葉の中に隠れ、建物は外からでは目視するのは非常に難しい。外敵対策として高い位置で枝葉で鬱蒼としている場所に敢えて建てている。


 ツリーハウスにはそれぞれの建物を繋ぐ吊り橋が掛けられており、それぞれへ自由に行き来できる。道幅は大きく取ってあり、特に建物の周りは集まっても端から通れる位余裕がある。


 街は多くのエルフ達で活気に溢れており老若男女が元気で穏やかに過ごしている。



 そんな街中に巨大なツリーハウスがある。複数の木に吊られる形で建物の高さと面積を増やしているのが特徴だ。その巨大なツリーハウスは『軍用訓練場』である。


 訓練場の中ではエルフ軍の兵士達が剣の実践訓練を行っていた。模造ではあるが剣と剣での一騎打ちで、激しい剣戟が繰り広げられていた。その中には『剣豪衆』の姿もあった。


 そして訓練を高い所から監視しているのはマリーナだ。


「休まず振るえ! 攻撃を止めた時が最大の隙だ! 振って振って振り続けろ!!」


 マリーナの厳しい指導の声が建物全体に響き渡る。若い兵士が限界で息切れを起こしながらも剣を振り、中堅辺りの兵士も疲労の表情を見せながらも訓練を続ける。


 この訓練、既に2時間続けている。ここまで過酷な訓練をするのには理由がある。魔獣との戦闘が連戦で長期化する事が多く、集中力と体力切れで殺される。それを想定してこの様な訓練を行っている。


 

「……そこまで! 休憩に入る! 各自水分、食物補給を行え!!」


「「「「「「はい!!」」」」」」


 兵士全員が大声で返事をして休憩に入った。全員クタクタの状態でその場でへたり込む。


「失礼します! 休憩補給に参りました!」


 建物に数十名のエルフ達が入ってきた。彼らは軍の補給部隊の隊員だ。


 訓練で疲れ果てた兵士達に素早く補給物資を渡していく。これもまた訓練の一環で、素早く効率的に補給する訓練だ。


「エネルギー水と食料です」


「ありがとうございます」


 お礼を言って物資を貰い、すぐさま食事に入る。


 渡されたエネルギー水は疲労回復とカロリー摂取が可能な飲料で、食料は消化がいい食材を団子にした物だ。いつまた襲われるかもしれない森の中では悠長に食事をしている暇はない。素早く食べて一秒でも早く体力回復に務めなければいけないのだ。


 兵士達はものの数十秒で食事を終えて楽な態勢になる。


 マリーナは兵士全員を『思考感知』で見張っている。発動中は周囲が大声で騒いでいるような聞こえ方になる。その声、思考一つ一つに耳を傾け状態を把握する。


 数十分後、複数の気の緩みが起き始めたのを感知した。


「訓練再開! 全員構え!」


 マリーナの声で一斉に立ち上がり、訓練が再開された。



 ・・・・・



 それから数時間後、ようやく今日の訓練が終わった。


 兵士達は歩く事も精一杯な満身創痍の状態で訓練場から出て行く。マリーナはそれを見届けた後、訓練場の中心に移動した。


「では剣豪衆、もう少し付き合ってもらうぞ」


 振り返るとそこには剣豪衆が残っていた。多少汗をかいただけで全く疲れは見えない。


「了解ですお嬢。今日はどんな感じで?」


「お嬢は止めろ。今日は3対1だ、来い」


 剣豪衆の3名がマリーナを囲む。それぞれ間合いを取り、剣を構えた。


「…………フッ!!」


 剣豪衆の一名が一気に踏み込んだ。マリーナの脇目掛けて剣が高速で振られる。


 マリーナはそれを最小限の動きで躱してみせた。切り返しで追撃するがこれも躱す。マリーナの一閃が首に飛んで来るが、相手は剣豪衆。そう簡単には切らせてはくれない。すぐさま身を低くして空振りさせられた。


 そのタイミングで他の剣豪衆も切り込んでくる。3名同時に首、腹、足にそれぞれ斬りかかるが、マリーナは首のを受け止め、腹と足は身体を丸めて跳躍して回避する。


 まとまったこの瞬間をマリーナは見逃さない。



 『瞬ノ剣:逆さ朝顔ブルグマンシア



 宙に浮いたまま身体を回転させ剣豪衆3名の首に一撃を入れてみせた。咄嗟に防御できたのは腹と足に攻撃してきた2名。首を攻撃してきた者は剣が接触したままだったため動かす事ができず直撃をもらってしまった。


「げえ?!!」


 首から嫌な音が響いたのと同時に短い絶叫が出て、そのまま気絶する。


 残った2名は一旦距離を置いて仕切り直す。マリーナも構え直し態勢を整える。互いに次の一手を模索し、読み合いが始まる。


 数秒、硬直状態であったが、マリーナが踏み込んできたことにより解除された。左側に突撃し、剣を下段に構える。


「やべ?!」


「遅い」


 

 『剛ノ剣:雪嵐』



 床を削りながら鋭い衝撃が襲い掛かる。咄嗟に防御して後退するが衝撃の方が明らかに速いため全身に直撃した。


 マリーナは撃破を確認せずにすぐにもう一名の方へ駆け出した。


 残った相手役は隙を見て一撃を入れようとしたがそんな余裕が無いことに気付いた時には既に手遅れだった。



 『瞬ノ剣・極:桜花爛漫』



 無数の剣戟が連続して襲い掛かった。


 防御姿勢を弾き飛ばした後も攻撃は止まらず、全身の関節と急所に何度も攻撃が撃ち込まれた。その勢いは止まらず、数百m離れた建物の壁まで吹き飛んだ後も攻撃の余波で切り刻まれた。


「ちょ!? お嬢やり過ぎ!!!」


 傍観していた剣豪衆のメンバー『ウラベス』が剣を振って衝撃波を放ち、打ち消した。壁にめり込んだエルフは力なく床に落下した。


「あーあ、こりゃしばらく起きないぜ」


 ベルバルディが突っついて反応を確かめた。


「負ける方が悪い」


 少し不満げにマリーナは反論した。


「それよりもどうするんですこの惨状。訓練場滅茶苦茶ですよ」


 建物の中はマリーナの攻撃であちこちボロボロに切り刻まれ、修理しなければ使い物にならない程だった。


「……しばらく別の訓練メニューだとエルに伝えて来る」


「あいよ、こっちはやっておくから先に行きな」


 お言葉に甘えてマリーナは早々に訓練場を後にした。その姿を見終わった後、改めてやられた剣豪衆を一ヶ所に集める。


 やられたのは全員特殊な霊剣を扱う面々だった。


「霊剣に慣れ過ぎて負けた、か」


 ジンモンがポツリと結論を言った。


「完全に模造剣の選択ミスだったな。自分に合ったのに変えておけば良かったものを……」


「ハイハイ、先に治療するからどいててね」


 『回復狂剣』のミコトがスキルを発動してあっという間に3名の怪我を治してみせた。


「しばらく起きないだろうから絶対安静でよろしくね」


「ありがとうございます」


 アッシェンは一礼して3名を医務施設まで運ぶ準備を始める。ヴァーツラとグリルはそれを傍から見ていた。


「今日はやけに気合入ってたね、マリーナお嬢」


「…………何かあったんだろう」


「何かって?」


「…………さあな」



 ・・・・・



「何してくれてるんです???」


「すまん」


「潔く謝ってもダメです」


 エルの仕事場でマリーナはエルに包み隠さず報告して大目玉を喰らっていた。


「訓練場で本気出したらどうなるか分かってるでしょ? もう450になるんですからちゃんとして下さい」


「以後気を付ける」


 エルは溜息をついて必要な申請書を取り出す。


「これ全部に署名して提出してください。話はこっちで通しますから」


「迷惑をかける」


「本当ですよ全く」


 マリーナは渡された書類に目を通していく。


「……この前の手紙の件ですか?」


「まあな」


 マリーナは即答してエルに向き直る。


「改めて私の力の無さを実感した。転移者を倒した程度で慢心してはいけないとも思った」


「なるほど、そういう事でしたか」


 エルは席を立ってマリーナの肩に手を置く。


「まだまだこれからです。焦らず行きましょう」


「……そう言ってくれると助かるよ」


 互いに微笑んで共に頑張ろうと意思疎通するのだった。




「ところで修理費用は予算から」


「でねーです」


「……そうか」



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お読みいただきありがとうございました。


次回は『マリーナというエルフ Ⅲ』になります。

お楽しみに。


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