精霊母・シャイターン
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第二の魔境、もう一つの母
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ザバファール大陸 バベルライト島
島の中心に異常に高い岩山が聳え立ち、頂からは光が天に昇って伸びている一風変わった島だ。
魔王とサクラは島に小舟で上陸していた。砂浜に小舟を乗り上げ、濡れないように着陸する。
「30分か。スキル『操船』も大分鍛えられた」
「小舟は私の『収納空間』に入れておきます」
「頼むぞ」
魔王達は島の奥へ走って進み、ものの数分で高い岩山の前まで辿り着く。
岩山の周りは少し開けており、沢山の魔獣たちがくつろいでいた。下級から超級まで仲良く身を寄せ合って穏やかに過ごしている。
「相変わらずここは特異な場所ですね」
サクラはポツリと呟く。
「シャイターンの『母なる威光』は相変わらずと言ったところか」
岩山の前まで立ち止まり、魔王は手をかざした。すると、岩山からピンポンという音が聞こえた。
『はあい、どちら様でしょうか?』
ゆっくりとした女性の声が聞こえた。
「魔王だ。会いに来たぞシャイターン」
魔王が答えると、岩山がいきなり縦に割れ始める。
真っ二つに割れた山の間から全長300mもある超巨大な女性が現れた。
ロングウェーブの金髪、透き通るような優しい翠眼、絹の様な白い肌、全体に少し肉の付いた体、背中には妖精の羽が6枚付いている。服装は民族的で華やかな物で、色とりどりの模様が描かれている。
超巨大な女性は魔王達の前に膝を付いて対面する。
「あらあ、魔王ちゃん。来てくれたのねえ」
「久し振りに来たぞ、シャイターン」
精霊母・シャイターン
ザバファール大陸全土の種族を守護する精霊族の長であり、母である。
スキル『母なる威光』は全身から光を放ち、近付く者全ての戦意を喪失させる。一度魔力を放出すれば一言で対象を問答無用で吹き飛ばす事ができるのだ。
「ご無沙汰しております。シャイターン様」
「サクラちゃんもお久し振りねえ」
シャイターンはにこやかに手を振った。魔王達は早速土産をシャイターンに渡す。
「シャイターンよ、これを受け取るといい」
取り出したのは400m四方の箱だ。他の魔獣にぶつからないよう慎重に空いているスペースに置く。
「まあまあ、開けてもいいかしらあ?」
「いいとも」
中を開けると、そこにはシャイターンのサイズに合わせた洋服がいくつも入っていた。『収納空間』を応用した異次元収納箱のため見た目の何百倍も収納できる。
シャイターンは洋服を見てさらに明るい表情になった。
「あらあ、これって私が着てみたいと思ってたデザインの服だわあ。魔王ちゃん覚えていてくれたのねえ」
「これくらいは当然だ」
「この服を着て今度分体で一緒にデートしましょうねえ」
「いいだろう」
シャイターンは体が大きすぎる上に【変化】系の能力でも体のサイズを変更できない。その代わり、『分体』という小型の分身を作る事ができる。分体と意識を共有でき、感じた事を全て本体に反映される。
ウキウキしながら洋服を一つ一つ取り出して見ていく。箱の奥に手を伸ばしていると、
「あらあ?」
シャイターンは不思議そうな声を出した。
「どうした?」
「これはちょっと過激じゃないかしらあ」
そう言って取り出したのは、やたらと布面積の少ない水着だった。
「ぶはあ?!!」
流石の魔王もこれには噴き出してしまった。傍にいるサクラも表情がかなり引きつっていた。
魔王は勢い良くサクラの顔を見る。収納箱の中身を用意したのはサクラだ。それまで誰もいじれない。サクラは魔王の視線に気付いてジェスチャーで必死に否定する。できるとすれば七つの冠クラス、やるとすればアズラエルだろう。
「(おのれアズラエル!!)」
「魔王ちゃん」
魔王とサクラの心臓が跳ねる。シャイターンはこういうのが好きではないのは知っている。激怒するわけではないが、ちょっとだけ怒るのだ。その際の仕草が問題だ。
「こういった水着は、大っぴらに持って来ちゃ……」
魔王達は防御術式とスキルを時間が許す限り全開で発動する。
「【めっ】よ」
ちょっと照れた表情と仕草で注意した瞬間、島全体が揺れる程の衝撃波が発生した。
魔王達だけをピンポイントで襲い、見事なクレーターができていた。2名とも地面にめり込みそうになったが、埋まらずに耐え抜いた。
「……無事か、サクラ?」
「は、はい。何とか」
微妙に震えながら立ち尽くし、シャイターンと再び対峙する。しかし当の本人は、
「で、でもでもお、こういうのをくれるってことはあ、つまりい、そのお、そういう意味よねえ……?」
モジモジしながら照れまくっていた。さっきのは照れ隠しみたいなものだ。だが、いちいち全力で防御しないといけないので極力避けている。
シャイターンは魔王をチラチラ見ながら水着を抱きしめる。
「そうよねえ、魔王ちゃんも男の子だもんねえ」
「男の子と呼ばれる歳でもないぞ」
「私の事をお、そういう目で見てくれるならあちゃんと答えるわあ」
「魔王ちゃんのお嫁さんとして、私頑張っちゃう」
シャイターンとは2701年前に出会い、ザバファール大陸に存在する全種族の長として君臨していた。
しかし、当時の彼女はそんな器ではなく、上手くまとめる事ができていなかった。それを手助けしたのが魔王だった。その聡明さに惚れ込んだのと今後の統治を円滑にするために、シャイターンの方から結婚の申し出をされたのだ。
その後すぐに結婚、魔王の第二の妻となった。
アズラエルとはその時から確執があり、自分が真の妻だと主張しあっている。魔王がどちらも公平に扱っているため今日まで大きな問題にはなっていない。
シャイターンの恥ずかしがっている姿を見つつ、魔王は溜め息をついた。
「すまぬが、それは我が本意で詰めた物ではない。誤って入れてしまった物だ」
「あらあ、そうだったのお? ごめんなさい、私つい……」
事実を聞いて肩を落としてしまう。
「……まあ、シャイターンが望むなら答えよう」
魔王はすかさず言葉を付け加える。シャイターンの表情がまた明るくなる。
「じゃ、じゃあ今度のデートで海水浴にも行きましょう。そしたら、この水着で一緒に……」
魔王は恥ずかしがっているシャイターンを見て微笑んだ。
「ああ、いいぞ」
「っ!! あ、ありがとう魔王ちゃん!」
満面の笑みを浮かべて魔王とのデートの約束を取り付けるのだった。
・・・・・・
それから談笑して、日が傾き始めた頃に気付き帰る事にした。
「長い時間邪魔したな。そろそろ失礼する」
「シャイターン様、失礼いたします。魔王様、先に行って安全を確保してきますので、少々お待ちください」
サクラは一礼して小舟を付けた場所まで歩いて行く。残った魔王にシャイターンが近付く。
「ねえ、魔王ちゃん。こんな時に言うのもあれだけどお……」
「シヴァのことか?」
シャイターンは名前を聞いて不安な表情になる。
あの時シヴァの暴走を止めたのはシャイターンだ。近くにいたため、魔力を解放して抑え込みに成功した。
止める前に怪我をしていたため、今は神殿で療養中だ。ブレイクコードが最後の悪あがきでシヴァの記憶に何かしらの細工を施したらしい。システムトリムルティが調査中だが、絶対碌な事ではないのは確かだ。
シャイターンは度々様子見に行っているが、ずっと神殿の中でジッとしているため目立った問題は見つけられていない。魔王も見に行っているか結果は同じだった。
「何だか嫌な予感がするの。もし何かあったら私も全力で助けるわ」
「頼りにしてるぞ」
魔王はサクラが戻ってきたのを見て、自ら近付いていく。
「魔王様、安全の確保が完了しました。こちらへ」
「ではな、シャイターン。また来る」
魔王はマントを翻してその場を後にした。
シャイターンは魔王の背中を見えなくなるまで見続けたのだった。
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お読みいただきありがとうございました。
次回は『大悪魔・アモン』の登場です。
お楽しみに。
光届かぬそこは『地底領』
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