天才はサボりたい
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天才故にサボりたい。
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リングネル大陸 ミクトラン山脈地方 シワトル
数ある山々の中でも畜産業が盛んな地方で、斜面に家畜を飼っている牧場が多く点在している。
というのも、この地方では植物の生育が著しく悪く、農業が全くできないからだ。何とか生えるのは苔や草だけで花以上の物は全く生えない。そういった理由でこの地方では畜産業だけが発展した。
シワトルの牧場の一つ『モクテスマ牧場』の一角でフェニーチェとトラロック城総務部部長『バロック』が準備運動をしていた。
バロックはクロワシミミズクの有翼族だ。人間の体をしているが、全身毛だらけで頭と背中の翼、膝から下の足がフクロウになっている。これは鳥型の有翼族の共通する特徴だ。背中に翼を持っているため、肩から胸の筋肉が大きく発達している。
身長はフェニーチェよりも大きく、大柄である。全身が柔らかい羽毛で包まれ、服越しでも分かる毛量だ。着ている服は普段仕事でも着ている高価な茶色のスーツで、靴は鋭い爪が外に出ている特殊な物である。更に特徴的なのは、明らかに大きい手と腕だ。自身の頭よりも大きな手、それと釣り合いを取る様に太くなった腕はまるで鈍器の様に見える。
互いに大きく伸びをして、準備運動を完了させる。
「それで? 本当にここに来るんですか?」
少々呆れた表情でバロックが質問する。如何せん、急に呼び出しを食らったので不機嫌だ。
フェニーチェは不敵な笑みを浮かべる。
「俺の転移妨害で到着時間を遅らせて位置を指定したからな。間違いなくここに転移してくる」
「珍しいですね。ここまで張り切りるなんて」
普段から仕事をしない男が珍しく本気を出して対策に乗り出しているのだから、当然の疑問である。
「何を言う! ここで食い止めなければ後から面倒だろう!」
「結局面倒臭いだけかい!!」
後ろで家畜が呑気に鳴く草原にツッコミの叫びが木霊する。
数分後
4人の異世界人が転移に成功した。
迷彩服を着てサングラスをした黒い肌の大男『ホセ』、黒のロングコートとスーツを着た長身で人相の悪い男『ヤギュウ・アンジロウ』、背中に機械の翼を付けた近未来的な服装をしたミニスカ少女『ミュー・トキワ』、白銀の鎧を身に纏った赤い髪の青年『サテラ・テラス・アーバイン』。それぞれ目立った特徴を持った4人だった。
4人は周囲の見渡して現状を確認する。
「……ここは、転移の位置がズレているのか」
言葉を漏らしたのはサテラだった。
「そうみたいね」
ミューはダルそうに返した。
「だとしたら女神の言っていた事は本当みたいだな」
アンジロウは懐から煙草を取り出し、火を付けて吹かし始める。
「でも今の僕達には女神から貰った更なる力がある。これで魔族を滅ぼそう!」
サテラは爽やかな表情で言い切った。
「そうね」
「女神の力様々だな」
煙草の煙を吐きながら、アンジロウはホセが喋っていない事に気付いた。
「おいホセ、さっきからだんまりだが何かあったのか?」
アンジロウが質問して振り返ると、ホセは脱力した状態で立っていた。どこか上の空で目の焦点も合っていない。
「? おいホセ」
ホセに近付いて体を揺さぶる。しかし反応が無い。
「……『ステータス』」
『ステータス』を発動し、ホセの状態を調べる。そこに書かれていたのは、
名前:ホセ
状態:死亡
その文字を見た時、戦慄が走った。
「ミュー! サテラ! ホセがやられた!!」
『遅いわ間抜け』
食い気味で放たれた言葉が聞こえる最中でアンジロウの喉から血が噴き出した。
アンジロウの声に反応して2人が振り返った時には既にアンジロウは倒れ始め、そのまま地面に勢いよく仰向けになるの見届ける事しか出来なかった。
「アンジロウ!?」
「ミュー! 距離を取るんだ!」
駆け寄ろうとしたミューの腕を掴み、【
「離せよサテラ! アンジロウを治さないと……!」
「良く見るんだミュー! もう手遅れだ!」
ミューはもう一度アンジロウ達を見る。ホセはアンジロウに揺さ振られたことで倒れていたが、そのおかげで死因が分かった。背中と後頭部が臓器が見える程大きく
アンジロウもまた、喉と前頭部が抉り取られていた。喉は気管支ごと取られ、前頭部は脳が露出していた。
それを見たミューは一気に吐き気を催し、咄嗟に口を押さえた。サテラはミューを抱き寄せ背中を
「アンジロウの『デッドオアアライブ』が起動しなかったのは脳をやられていたからだ。じゃなかったらすぐにでも蘇生している」
アンジロウのスキル『デッドオアアライブ』は瀕死の重傷を負った際、自動的に全快、修復されるスキルだ。それが起動していないという事は、敵はそう言った起死回生系スキルに対する手段を知っていることになる。脳を狙ったのもその一環だろう。
「(女神から聞いていたが、見込みが甘かった。即死させに来るなんて想像していなかった……)」
サテラは内心後悔しながらその場で【飛行】を続ける。
「……ごめん、もう大丈夫」
ミューはゆっくりと【飛行】を始め、滞空し始める。
「敵は見えてる?」
「ダメだ。どこから仕掛けて来たのか全然分からない。『探索』、『感知』、『温度感知』、『気配察知』、『時空捜索』を全部使っても足取りが掴めない」
サテラは見た目通りの剣士タイプだ。本来何かを探す事に特化しているわけではない。そう言ったスキルはこの中だとホセが一番特化していた。
「……このまま追っていてもこっちがやられる。一旦離れよう」
サテラは苦渋の決断を下し、苦しい表情でミューに提案した。
「…………分かった」
ミューは俯いたまま同意し、その場を離れる事を了承する。
2人は【飛行】で高度を上げ、転移した場所を確認する。本来転移する場所を視認した。
「見えた。あそこが本来の目的地だ」
そこは山脈の一部を削って作られた大きな街だった。それなりに影も見える事からそこそこ住民がいるのが分かる。
「ねえ、まどろっこしいの抜きでもう滅ぼさない?」
ミューの機械の翼が展開し、周囲に放電しながらエネルギーを収集し始める。
これがミューの能力『破滅の天使』。エネルギー砲を一斉掃射して攻撃する大量殲滅兵器だ。
ミューの発案にサテラは、
「いいね! 主要機関だけなんて言わず全て破壊しよう! 魔族は全滅だ!」
笑顔で同意したのだ。
それを見たミューも微笑んだ。改めて狙いを定め、エネルギーを更に収集する。
「滅びろ魔族! 『
エネルギーが解放され無数の光の束が街へ向かって飛んで行く。
【屈折】
しかし、光の束は街へ向かう途中で大きく進路を変え、全く関係無い山脈に全弾降り注いだ。降り注いだ場所には大きな爆発が連続し、数秒だけ周囲をオレンジに染めた。
何が起きたのか分からないまま理解できず2人は動けずにいた。
「全くもって愚策だな。中途半端な力でゴリ押ししようなど愚の骨頂だぞ?」
2人を馬鹿にして現れたのはフェニーチェだった。大分離れた場所にいるが、十分視認できて会話できる位置だ。
漏れ出す魔力からどれほど強敵なのかを察知した2人はすぐに身構えた。
「誰だ?!」
「俺はフェニーチェ! 十二魔将の中で唯一無二の天才だ!」
翼を羽ばたかせながらカッコいいポーズを決める。サテラは魔力で作った【光の剣】を出現させた。
「十二魔将、魔族のトップ、俺達の敵……!!」
息が荒くなり始めるサテラを見て怪訝そうな表情をして指を差した。
「おいお前。目が虚ろだぞ、
「殺す! 殺してやる!!」
サテラは剣を振り上げてフェニーチェに突っ込んでくる。
「まあいいか、面倒臭いしな。ああそうだ、最後に宣言してやろう」
さっきとは別のカッコいいポーズを取り、サテラに指を差した。
「既に、俺の勝ちだ」
直後、山脈をぶち抜いてサテラとミューに超巨大な衝撃波が襲い掛かった。
衝撃波は2人を高速で削り、身に着けている物から皮膚、肉体、骨、内臓、血を残らず塵芥にして無へと返した。
一本の超巨大な柱の様に放たれた衝撃波は天を貫き空を一時だけ歪ませた後、徐々に細くなって消えた。
フェニーチェはその様子を目の前で見届けていた。
衝撃波の余波で少々髪がボサボサになったがすぐに直して元通りにする。
「…………ふ、フフフ」
肩を震わせたと思ったら、大きく両腕を上げた。
「フハハハハハハハハ!!!!! 何もせずに勝った!! 俺、大勝利!!」
これでもかと思いっ切りの良い笑顔で喜んでいた。
「流石俺! 【屈折】だけで後は何もしないで勝った! 天才過ぎて自分が恐ろしい! フハハハハハ!!」
「フハハハハハじゃないわゴラア!!」
大笑いするフェニーチェの側頭部に蹴りをお見舞いしたのはバロックだった。
「なーにが『不意打ちなら2人位余裕だろ。後は任せろ』だ! 完全に他力本願じゃないですか!!?」
「勝ったのだから別に良かろう」
「私の【空間切除】がどれだけ大変か知ってるでしょ?! めっちゃ神経使うんですよあれ! それを2回連続で使わせるとか鬼畜かこの野郎!!」
バロックの【空間切除】は指定した空間座標を細かく調整することで直径10㎝の球状に空間ごと切り取る固有魔術だ。出現する場所が分かっているとは言え、魔力の維持と空間座標の把握は直径0.3mmの穴に10回連続で0.2mmの糸を一発で通す程集中しなければならない。
そんな苦労をさせておきながらフェニーチェは簡単な【屈折】だけで済ませたのだからそれは怒る。
「しかもトドメ刺したのあの御方ですし!」
「あの御方もあれだけの攻撃が当たれば嫌でも反撃するだろう。当然だな」
「誰が話し付けに行くと思ってるんですか!!」
「魔王だろ?」
「上司に迷惑かけるのに詫びれる感情一切無し!!」
バロックは頭を抱えてフェニーチェに憤っていた。フェニーチェはそれを余所に心の中で考え事をしていた。
「(【聞き耳】で聞いていたが、この数十分で女神とやらにこちらの状況が知られているな。なのに自分からは手を出す気配が無い。いや、出せないのか?)」
彼らの黒幕『女神』とはどんな存在なのか、それが何となく見えてきた。
「(なら後は魔王の仕事か。結果が楽しみだ)」
不敵な笑みを浮かべて、結末を予見するのだった。
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