千の武器を操る者 Ⅰ
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その男、ただの鍛冶師に非ず
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リングネル大陸 テペヨロトル山
標高6000mを超える山で、吹雪が常時吹き続け、唸る様な音が響き続けている。
その山の中腹で、ボロックとヴェルドフ、日本刀を携えた男性『ライデン』、動物を模した着ぐるみ姿の女子『モココ』が暖を取っていた。
大きなグランピング用のテントの中で中央に暖房器具を置き、それを囲むようにして4人が座っている。中は快適な温かさに設定され、居心地が良い。暖房器具の上にはやかんが置いてあり、温かいお湯が沸いている。それぞれコ好きな飲み物を飲んでくつろいでいた。
「まさか転移先がおかしくなってこんな山に送られるとはな」
ライデンは椅子に座って通信が取れないか試みていた。非常に落ち着いており、慌てる様子も無い。
「モココがいなければホットドリンクを飲みながら遭難していたな」
ヴェルドフも落ち着いた様子で器用に鎧の隙間からコーヒーをすすっている。フルメイルの全身鎧で生身の姿は見えないが、大きさからしてかなりしっかりした体躯をしているのが分かる。
「後は連絡が取れるのを待つだけか。どれだけ待てばいいのやら」
ボロックは作戦を立てたカイトに呆れた態度を取り、深く椅子に座って暇を潰していた。一見西洋風の派手な装飾がされた鎧を身に着けているが、可動部が動きやすく作られた一級品だ。顔はおじさんだと分かるゴツイ形をしている。
その様子を落ち着かない気持ちで見ている者が1名。
「…………あのさ、何で3人はそんな落ち着いてるわけ?」
モココは眉をヒクヒク動かしながら3人の前で仁王立ちしていた。
着ぐるみはモココのいた世界で流行っていたVRMMO『クリスタルコンティエント』のマスコットキャラクター『ウサオン』なる珍妙な動物の物だ。ウサギとライオンを足して2で割った感じで、愛嬌はそんなに無い。
彼女がこちらに来る前はただのゲーム好きな女子だった。それがどういう訳かこんな装備で異世界へ連れて来られてしまったのだ。
だからこの3人ほどこういった状況に慣れている訳ではないため、雪山で遭難している時点で相当慌てている。
「この状況はどう見てもヤバいんだよ? まだチートあるから良かったけど、外は吹雪で助けだっていつになるか分からない。食料にも余裕はあるけどいずれ限界来るんだから悠長な事言ってられないよ!?」
混乱と焦りで感情が不安定になり、声を荒げていた。
テントには窓が付いており、外の様子が見れるようになっている。外は吹雪でずっと真っ白だ。
ライデンは横目で外を見る。
「慌てる必要は無い。この通信は妨害されているだけだ。その原因さえ分かればこの状況を打開できる」
「それっていつ終わるの?」
モココがジト目で睨んだ。
「1日もかからん。だから落ち着いて温かい物でも飲んでいるといい」
「…………分かった」
平静を取り戻したモココはお湯で溶かして作れるココア(砂糖多め)を入れ、外を見ながら飲み始めた。
「吹雪、長いね」
「雪山だからな。天気の移り変わりが激しいだろうから、時期に止むさ」
ボロックはコーヒーをすすりながら自身の経験で予想する。
「そっか」
モココがココア飲んでいる時だった。
4人の『気配察知』に強力な反応があった。
寒気にも似たその反応に全員の表情が強張る。
「何、今の?」
モココが冷や汗を流しながら3人に確認する。
ライデンはさらに【索敵】をかけて位置の詳細を割り出す。
「……2時方向、距離800m。この吹雪の中に【転移】してきたのか?」
「とにかくこうしちゃいられねえ! 戦闘準備だ!!」
ボロックは斧を担いで外へ出ようとする。
「待てボロック、そのまま出たら凍傷を起こす。【耐寒】をしていくんだ」
ヴェルドフは全員に【耐寒】を付与して極寒の環境でも適温を保てるようにした。全員がちゃんと付与されたのと、武装も最善の物を装備したのを確認して外へ出た。
外は吹雪で1m先も見えず、風の音も凄まじいためまともに音を拾う事すらままならない。全員『気配察知』や【索敵】で敵の位置を確認し続ける。
『方向変わらず。距離700。……歩いて近付いて来ている可能性が高い』
音が拾いにくいため、『念話』で会話している。接近している方向を向き、それぞれ武器を構える。
ボロックは女神から授かった『牛王の大斧』、ヴェルドフも女神から授かった『魔大剣・ガンティラー』、ライデンは太刀『退魔刀・蜂須賀正恒』、モココはウサオンの頭がヘッド部分になっている『ウサオンハンマー』。
即座に攻撃できるようにし、吹雪の中に目を凝らす。
『残り600』
徐々に近付いてくる敵に集中する。吹雪で体の半面が雪まみれになりつつも態勢を崩さない。
『残り500』
まだ影も見えないが、一気に近付いて来たらすぐに対応しなければいけない距離にまで迫ってきた。
そんな緊張が貼り付く吹雪の中で、何かが豪速で天へ昇るのが見えた。
接近している敵の反応がある方向から飛んで来て、吹雪の中を真っ直ぐ昇っていく。4人は視界不良の中でも見えるそれをつい追ってしまった。それが発光していたせいか分からないが、とにかくハッキリと見えたのだ。
『何だあれ?』
ボロックが言葉を零した。
『分からんが、もしかしたら敵の先制かもしれん。油断するな』
ヴェルドフの言葉で気を取り直し、再び敵のいる方向を見る。
その直後、強烈な風が吹き抜け、吹雪が吹き飛んだ。
空には晴天が広がり、さっきまでの視界不良が嘘のように無くなり、今まで見えてなかった山々の全貌が見える。風も止み、つんざくような寒さもどこかへ消えてしまった。
「これは、一体何が起きたんだ……?」
流石のライデンも驚きを隠せなかった。
急に晴れた要因は予想できるが、どうやっても人間業ではない。こうもあっさりととんでもない現象を起こせる存在がどれほど脅威なのかも理解できてしまった。
「よし、晴れた晴れた。吹雪だと視界が悪すぎて話にならん」
声の主は、敵の気配がした方向からやってきた。
紫色のオールバック、顔にまで及ぶ無数の傷跡、焼けた肌に鍛えられた筋肉を見せつける様に上半身裸の身長3mある大男。
装備は派手な手甲と下半身の鎧のみ。それ以外は何も持っていない手ぶらの状態だった。
「お前らが今回の異世界人か。昔と比べたらえらく弱そうだな」
手で顎を触り、吟味するように4人を見ていく。その眼差しは全てを見透かした様な鋭さがあった。
ボロックは目の前に現れた大男を睨みつける。
「お前、何者だ? 只者じゃないな」
「おっとそうだったな。俺はヴァンダル、十二魔将の一柱だ」
十二魔将と聞いて、4人はざわついた。
「十二魔将……!?」
「魔族でトップの実力を持つ幹部集団。厄介だな」
まだざわめている最中に、ヴァンダルは4人に向けて指を差した。
「なあその武器、結構いい物だな。誰から貰った?」
「答える義理は無いな」
ヴェルドフが即答し、大剣の剣先を向ける。
「魔族は皆殺しだ。慈悲は無い」
ボロックも神妙な顔付きになる。
「……そうだな。お前達魔族は滅ぼすべき悪だ。交わす言葉は無い」
2人が前に出て、突撃出来る間合いまで距離を詰める。
2人の返答でヴァンダルは対応を決めた。
「…………そうかい。なら俺も相応の対応しなくちゃな」
ヴァンダルは2人の武器を見て、『収納空間』から2つ武器を取り出した。
一つは全長5mもある大斧だった。
鎌状の斧で派手な装飾は一切無いが、流線的なデザインが施されている。刃の部分は反射で見ている者の姿をハッキリと映す程磨かれていた。
もう一つは大剣だ。
こちらも目立った装飾は無いが、全長5m程あり、両刃で黒い剣身をしていた。幅のある剣身は盾にも使える程広く、分厚かった。
それらをそれぞれ片手で持ち、大斧を肩に担ぎ、大剣をボロック達に向ける。そして、
「来いよ。軽く相手してやる」
不敵な笑みを浮かべて挑発した。
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