天に住まう妖精、魔族との差異 Ⅱ

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瞳の奥の嘘は隠せない。


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 ゲンシロウは気が付くと、青空を見ていた。


「……うん……?」


 寝ぼけた頭で周囲の状況を確認しようと体を起こす。どうやらベッドで眠っていたらしく、白いマットの上で厚めのタオルを掛けられていた。


 周りを見渡せば、整備された綺麗に咲いた花の花壇に囲まれ、どこからか川のせせらぎが聞こえてくる。小鳥が可愛らしく鳴き、蝶が平和に飛んでいる。


 極めつけは、ポカポカとした温かな空気がとても心地よかった。


「………………ワシ死んだのかのお」


 もちろん死んでない。




 ・・・・・・


 ティターニアとワンディロ達は中庭でお茶をしていた。


 ティターニアが魔族領側の存在だと話しても、2人はティターニアを尊敬の眼差しで見つめている。


「なるほど、ティターニア様はここで天気を司っているのですね」


「流石精霊様だ。神に匹敵する御業です」


 ティターニアをずっと持ち上げ、まるで敵意が無い。反逆の意思は全く感じられなかった。


「……私、貴方達の敵なのだけど」


「とんでもございません! 精霊様を良くしている御方に敵対するなど!!」


「そうです! 何も知らないならともかく、お話を聞いた以上は貴方様の味方です!」


 こうもあっさり寝返られると、何か裏があるのではないかと嫌でも勘ぐってしまう。


「貴方達には色々聞きたい事があります。よろしいかしら?」


「何でもお聞きください」


 クレーが食い気味で即答する。


「ではまず、貴方達の世界では私達精霊や妖精を魔族と区別しているのかしら?」


「はい。私の世界では魔族は一般的にモンスターと呼ばれる輩が該当します。妖精や精霊様は神の使者として宗教が存在するほどです」


「私の世界は魔族と戦うために精霊様から加護を頂きます。故に、絶対的な存在だと教えられました。魔族は悪しき怪物、知性の低い人ならざる敵でした」


「どちらの世界も人間側についているのね。こっちは人間ではない種族全般が魔族扱いなの。だからエルフも妖精も精霊も、全てそう言った括りになるわ」


「エルフもですか。私の世界では『亜人』として扱われ、あまり交流がありませんでした」


「私の世界にもいましたが、人間と考えが違い過ぎて共闘することはなかったです」


「そうなの……」


 この世界の魔族間でも寿命問題はある。短命な者から長命な者まで実に様々で、魔王はそれぞれに合わせて法律、条例を作り上げたり、保証制度も設けた。もちろん妖精族の法律も魔王が正式な物を制定した。


 紅茶を飲みながら次の質問に移る。


「さっきから気になってたけど、どうして私を精霊様と呼ぶのかしら? 私は妖精族なのだけど」


 先に答えたのはワンディロだった。


「妖精が進化すると精霊になるのです。そのまま妖精と名乗る者も多かったため、我々は成人した姿をしている妖精を精霊と同一視しております」


「私の方もほぼ同じ理由です」


「分かっているなら融通を利かせて呼び方を変えてもいいのではないかしら……」


「それとこれとは話は別! 精霊様から感じられる魔力は尊敬するに値する神々しい物です! これを敬わずにはいられません!」


「右に同じく! 高貴なるそのお姿、まさしく精霊様とお呼びするに相違ありません!!」


 2人は忠誠を誓うように身を低くする。ティターニアはますます複雑な表情をしていた。


「これはもう、宗教の領域ね……」


 頬に手を当て、困った仕草をするしかなかった。


「何じゃ、杞憂だったみたいじゃの」


 そこに目を覚ましたゲンシロウが現れた。ティターニアはゲンシロウの方を向いて微笑んだ。


「あら、もう起きてよろしくて?」


「うむ、この通り元気じゃ。何も心配いらんぞ」


「記憶はハッキリしてます?」


「爆発したところまでは覚えておるよ。そこからの記憶は一切無い」


「そうですか」


 面倒事にならないよう、自分が飛行艇を破壊したとは言わない事にした。


「まさか巨大な飛行機が接触してくるなんて、夢にも思いませんでした」


「空中にこんな建造物がある方が夢にも思わんわい」


 ティターニアに促され、ゲンシロウは空いている席に座った。魔法でカップや紅茶が用意される。


「無事で何よりだ。ゲンシロウ」


「そっちこそ何もなくて良かったわい。クレーも怪我をしてなさそうじゃな」


「はい。鍛えてましたので」


 3人は顔を見合わせてお互いの無事に少しホッとした。ゲンシロウは紅茶をすすりながらティターニアに顔を向ける。


「こう言うのはなんじゃが、ワシはこの戦いを好いておらん」


「……理由を聞いても?」


 ティターニアが一番聞きたかった話だ。さっきまでの会話は裏が無いかを確認するための前段階だった。それを向こうから切り出してくれたのは僥倖だ。


「あの女神に言われてこっちの世界の人間のために戦ってほしいと頼まれたが、魔族にもちゃんと生活と平和があるなら女神の頼みは無しじゃ。もう知らん」


「女神?」



「そうじゃ、ワシらをこの世界に送った張本人じゃよ」


 

 ・・・・・・


 天気庁 連絡室


 ゲンシロウ、ワンディロ、クレーから聞いた話を【書類作成】でまとめ、魔王に送信した。


 ティターニアの表情は険しく、厳しい物だった。


「(もしこの話が本当なら、ここから先苦しい戦いになりそうね)」


 そのまま自室へ戻ろうと廊下を歩いていたが、途中で足を止めた。


「……もう姿を見せてもいいわよ?」


 ティターニアの後ろにいたのは、クレーだった。彼女の手には拳銃が握られていた。


「どうして気付いた?」


「貴方の話、矛盾してるもの。エルフと違えた世界の人間が妖精と仲良くできるわけないじゃない」


「…………話を合わせたつもりだったんですがね」


 ティターニアに拳銃を向け、引き金に指を掛ける。


「私の故郷を、全てを奪った魔族は殺す。そして助けてくれなかった精霊達にも、これは復讐だ」


「……そう、残念ね」



 視線をクレーに向け、一瞬目を見開いた。

 

 直後、クレーの顔の穴という穴から血が噴き出した。



「? ?」


 何が起きたのか分からないまま、意識が遠くなりその場で膝をつく。


「【大気万象・生存不可領域】。貴方の周囲から酸素と気圧を奪ったわ。いきなり呼吸ができなくなった感想はどうかしら?」


 ティターニアはクレーに近付き、死に至る瞬間を見届ける。


「あと数分しない内に全身の血が沸騰して死ぬでしょうね。ご愁傷様」


 クレーは声を出せないままティターニアを睨んだ。血だらけになりながらも拳銃を強く握っていた。ティターニアはそれを見下しながら呟いた。


「馬鹿ね。ここには貴方の仇なんていないのに」


 それが聞こえていたのか分からないが、拳銃を持つ手の力が無くなり床に落とした。


 クレーはそのまま血を零しながら死亡した。


 ティターニアは天気庁に備え付けてあるゴーレムを呼んでクレーの死体を片付けさせる。それと同時に監視用ゴーレムが報告に来る。


『ティターニア様、他2名の異世界人の死亡が確認されました』


「……そう。処分しておいて」


『了解しました』


 ゴーレムはその場を後にする。クレーの死体に目を向けると、クレーの服に不自然な傷があるのが見えた。


「ねえ、それ」


『この傷はおそらくここに到着する前に付けられた物かと。監視用ゴーレムからの報告と照合すると、ゲンシロウという老人が止めようとした際に付けられたそうです』


「そう……」


 クレーの死体はそのまま運ばれ、その場から姿を消した。


 ティターニアはどこか複雑な感情で再び自室への帰路に就く。


「……私の心の天気模様までは操作できそうにないわね」


 そうボヤきながら歩を進めるのだった。



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