天に住まう妖精、魔族との差異 Ⅰ

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第一印象は容姿だけで判断される。


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 ザバファール大陸 カロリング地方 カール大山



 島でありながら標高3000mにもなる山があり、山頂にはいつも雪が積もっている。



 そんな巨大なカール大山を飛び越える影があった。


 

 この世界には存在しない巨大な鋼鉄の乗り物、飛行機だ。

 しかもただの飛行機ではなく、銃器や爆弾を積んだ『二式飛行艇』と呼ばれる大型戦闘機だ。



 その中に操縦者1人、乗員2人が乗っていた。



 操縦者は顔の下半分に髭を蓄えた老人で、体つきはガッシリとしており、作業用の繋ぎを着ている。

 乗員は西洋風の革鎧を着て槍を携えた細い男と、青い長髪で全身を厚ての服でしっかり着込んだ女銃士だった。


「お前さんら、もう酔いは大丈夫か?」


 操縦者の老人が気さくに話しかける。


「俺は大丈夫です。自分で飛ぶのは大丈夫だったんですが、まさか飛ぶもので酔うとは……」


「私も同感だ……。飛行士として恥ずかしい……」


 実はこの2人、さっきまで飛行機酔いになっていたのだ。吐くまでは行かなかったが、横になって安静にしていた。今は普通にしてても問題無い位にまで回復した。


「飛行機に初めて乗ったのなら仕方ないわい! えーっと名前は……」


「『ワンディロ・サガーン』です」


「『クレー・メイベリン』ですよ『ゲンシロウ』さん」


「おお、そうじゃったそうじゃった! どうも名前を覚えられなくてのお、勘弁じゃ」


 ゲンシロウと呼ばれた老人はコクピットから外を見る。多少の自動操縦で高度を保っているが、細かい動作は操縦桿で操作しなかればならない。山の近くとだけあって、注意しながら進路を変更する。


「山越えなんぞ何年ぶりかのお。引退してからしばらく飛ばしてなかったからの、少々荒いが許しとくれ」


「もうそれはいいですよ。こんなに高い山を飛んで超えようなんてしたら生死に関わりますので」


 ワンディロは固有魔術【龍化】を使用する事で背中から大きな翼と尻尾を生やす事ができる。大きな翼で空を飛ぶことができるが、長距離や高高度は体力や生命の問題になってくる。なので、ゲンシロウのスキル『戦機生成』でこの巨大な飛行艇を出現させ、転移がズレた場所から目的地まで飛んで行く事にしたのだ。


「しかし、こんなデカい奴じゃなくても良かったんじゃないかのお?」


「あまり小さいと山の強風で吹き飛ばされますからね。これが賢明でしょう」


「(ワシの世界の戦闘機はそんな簡単に吹き飛ばされないんじゃがのお)」


 ゲンシロウは説得しても不安にさせては今後に支障を来たすと考え、2人の意見を尊重してこの飛行艇にした。


「これで見つかったらどうしようもないのお」


「その時は街を焼き払いましょう」


 クレーが自信満々にハッキリと答えた。ゲンシロウはその解答に表情を曇らせる。


「……それはちょっと勘弁してほしいのお。ワシの故郷も焼き払われたことがあるからのお……」


「甘いですよゲンシロウさん。魔族は滅ぼすべき存在です。奴らに慈悲などかければ寝首を搔かれます」


「その通りだ。むしろ焼き払うだけでは物足りない」


 ワンディロとクレーのいた世界は別々だが、どちらも魔族によって苦しめられた。故郷を奪い、無慈悲に侵攻を続ける邪悪な存在。それが魔族だと断言していた。


 ゲンシロウのいた世界にはそういった存在はいなかったため、あまり実感が湧かない。


「(あの目には見覚えがある。戦場で大切な人を失い、復讐に燃える目じゃ)」


 覚えのある目をしているからこそ、極力何も言わずに静観している。


 気を取り直して、飛行艇の操縦に集中する。


「さて、そろそろ山を越えて向こう側が見える頃じゃ。気流でまた揺れるかもしれんが、了承済みじゃから聞くまでもないのお」


「「…………なるべく優しくお願いします」」


 2人の反応を見てなるべく揺れないよう心掛けよう言わずに誓った。



 その直後、飛行艇が大きく揺れた。


 尋常ではない程上下に揺れ、一瞬席から浮いたかと錯覚してしまうほどだ。


 それからも激しい揺れが続く。



「どうしたゲンシロウ?!」


「分からん!! 今はとにかく掴まってるんじゃ!!」


 各計器、レーダーを確認する。操縦席からは青い空と少量の雲しか見えない。考えられるのは外から強烈な風を受け、飛行艇がバランスを崩したという可能性だ。


「何のこれしき!!」


 ゲンシロウは操縦桿を操作し、平衡を修正、調整を繰り返し、影響の少ない高度まで一時上昇する。その間にも飛行艇は揺れ続ける。


「ゲンシロウ! 大丈夫なのか!?」


「とりあえずこの気流から抜ける! 舌を噛むんじゃないぞ!!」


 飛行艇は山にぶつからないように上下左右に動いて一定の距離を保つ。気流に乗りつつもコントロールを失わないように制御し、最高速で飛び続ける。


 山々を抜け、遂に島の反対側へ出る事に成功した。気流も落ち着き、振動も収まりつつあった。


「(ふう……、しばらく飛ばして無かったせいか、勘が鈍ったのお。焦ったわい)」


 内心安心しながら各計器の数値を確認する。故障を示す表示は無い。


「ちと高度が上がったが、それ以外は問題無いのお。大丈夫か2人共?」


 後ろを振り向くと、ワンディロとクレーはグッタリしていた。飛行機の振動で再び酔ったのだ。


「ええ、何とか……」


「うう……、気持ち悪い……」


「そろそろ慣れてほしいが、無理強いはせんよ。昔飛行機酔いが酷くて乗れなかった奴も知っておるしのお」


 昔を思い出しながら喋っていると、ワンディロの表情が一気に険しくなった。


「ゲンシロウ!! 前! 前!」


 ゲンシロウは前を向いて外を見るが、何も障害は無い。あるのは薄く白い雲と青空だけだ。


「前って、前にはただの雲しかないじゃろ。それに青空も綺麗に見えとるし……」


「違いますゲンシロウさん! よく見て!!」


 クレーも焦った表情で必死に訴える。


 ゲンシロウは再び前を見る。しかしさっきと変わらない何の問題の無い状況だ。レーダーを確認しても、特に反応は無い。


「うん……?」


 目を凝らして見ていると、何か不自然な透明の輪郭が一瞬見えた。


「な」


 気付いた時にはすでに手遅れだった。


 飛行艇の底に何かが激突し、大きく跳ねた。ワンディロとクレーはシートベルトをしていたおかげで吹き飛ばなかったが、締めていた部分がきつく食い込む。


 ゲンシロウも衝撃に耐えたが、飛行艇から警告音が鳴り響いていた。


 機体破損、燃料漏れ、計器異常、エンジンストップ、平衡維持不能、自動制御不能、とにかく全箇所が異常をきたし飛行不能になった。


「(何だ、何が起きたんじゃ!?)」


 焦りながらも操縦桿を握り、海上に不時着出来ないか試みる。



 しかしそれも不可能だと理解する事になる。



 目の前に巨大な空中庭園が出現したからだ。


 中央に神殿を構え、その周りには花園や木々が植えられており、所々小さな建築物が点在している。色合いや芸術性は、見る者を魅了する魔力があった。



 ゲンシロウは危機的状況にも関わらず、少しだけ目を奪われていた。


「何じゃ、ここは……?」 


 すぐに我に戻り、状況の打開策を考える。


「こうなれば仕方ない! この庭園に胴体着陸する! 衝撃に備えるんじゃ!」


「何だ! そのドウタイチャクリクというのは?!!」


「説明は後じゃ! ワシに任せておけ!!」


 操縦桿を下へ引き、機体を庭園に向けて着陸態勢に入る。


「上手くいけるかのお……!?」


 運に身を委ね、操縦桿を握る力を更に強くする。




 【大気万象】




 次の瞬間、飛行艇が爆散した。



 正確には、一度空き缶の様に潰され、そこからエンジンが発火、爆散した。


 飛行艇の残骸は【防御】で弾かれ、庭園に一つも落ちることなく海へ落とされた。



 その光景を作り出したのは、ティターニアだった。


 神殿から飛行艇を爆散させた場所まで歩いて到着する。


「全く、他所の家に土足で上がるだなんて、とんだ野蛮人ね」


 溜息をついて体の向きを変える。視線の先には芝生が広がっており、その上にワンディロ、クレー、ゲンシロウがいた。


 ワンディロは【龍化】して2人を抱え、間一髪飛行艇から脱出した。ゲンシロウは爆発の衝撃で気絶、クレーは意識が朦朧とした状態だった。


 ティターニアは3人のすぐ傍まで近付いた。


「しぶといですね、貴方達。……どうやら本気で戦わなければいけませんね」


 ティターニアは手をかざし、魔力を上げていく。


 ワンディロとクレーはゲンシロウを横たわらせて、ティターニアの前に立つ。


 ティターニアと2人の間に緊張が走る。


 沈黙を破ったのは、ワンディロ達だった。



「「申し訳ございません!! 精霊様!!」」



 2人は突然膝をつき、地面に額を擦りつけるようにして頭を下げた。所謂土下座に近い態勢だ。



 ティターニアは突然の事に高めていた魔力が下がってしまった。



「精霊様のお住まいと知らず、勝手に侵入してしまい本当に申し訳ございません!!」


「お怒りなのはごもっともです! ですが! ゲンシロウもワザとではございません! どうか彼だけでもご慈悲を……!!」


「我々はどうなっても構いません! ゲンシロウさんだけでもお見逃し下さい!!」


 敵対するどころか懇願されている状況に、ティターニアも少々驚いていた。


「…………何がどうしてこうなってるのかしら……?」


 首を傾け、状況を理解するのに苦しむティターニアだった。



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