森林賢者は忘れない
ホープ大陸 アトゥラント地方 アステリア城下都市
アステリア城のお膝元、アステリア城下都市は今日も多くの魔族で賑わっていた。
その中に、十二魔将の一柱、スマイルが休暇で訪れていた。
白いシャツに柔らかい生地のスーツ一式を着て歩いている。休暇でたまに来ているので、見知った者も多く、有名人が来た際に起きる様な騒ぎになる事は無かった。
日用品や食べ物を買い込み、『
カフェは木目調を全面に出した昔ながらの雰囲気の内装で、落ち着いた時間を過ごせる工夫がされている。マスターが入れるコーヒーも中々美味しい。
コーヒーをすすりながら本を読んでいると、女性客が3名入ってきた。そしてスマイルに近寄ってくる。
「お久しぶりです。スマイルさん」
一番に話しかけて来たのは、ミノタウロス族の若い子だった。
ミノタウロス族の女性特有の巨大な胸、それと釣り合いを取るように太めの足が特徴的だ。お腹周りは細く、くびれているように見える。
スマイルは顔を上げて、にこやかに答える。
「やあアンジュ君。それにユーコ君とディーパ君まで、今日はどうしたんだい?」
後ろにいたのはコボルト族のユーコ、ケンタウロス族のディーパだった。両者共に若い女子だ。
「スマイルさんをお見掛けしたので、もし良かったらお話したいなって」
「いいですよ、僕もただ暇をしていただけだから」
「ありがとうございます! じゃあ
アンジュ達は店員が運んできたそれぞれに合った椅子に座り、スマイルと相席する。
「それで、皆はどうして集まっていたのかな?」
「買い物です。新しい服を買いたくて皆で来たんです」
「そうそう、好きなブランドの服が出てたから欲しくて」
「私達全員の種族に合わせた物を出してるし、デザインも良いんですよ」
「なるほど、それで買い物終わりで僕を見つけたと」
アンジュ達が持っていた袋を見る。会話に出ていたブランドの物だ。
「そんな所です。もし良かったら私達と一緒に遊びませんか?」
「最近出来たカラオケにも行こうと思っているんです。おごりますよ!」
「歌なら皆できますから!」
「お誘いは嬉しいけど、夕方に用事があるんだ。申し訳ないけど、
「そっかあ、残念」
「じゃあまた今度遊びに行きませんか?」
「それならいいですよ。と言っても、次の休暇は3ヶ月後になりそうですが」
『収納空間』に入っていた手帳を開きながら休暇の予定を確認する。
「いいよそれくらいなら! 休暇取れたら連絡下さい!」
「分かりました。では正式に休暇が決まったら遊びに行きましょう」
スマイルは微笑んで答えた。その微笑みにアンジュ達は胸が弾み、鼓動が速くなった。
「や、約束ですよ、スマイルさん。待ってますから」
「ちゃんと連絡してくださいね」
「カラオケ楽しみにしてますから!」
顔を赤くしてスマイルに念押しした。
その理由を分からないまま、スマイルは約束をしたのだった。
・・・・・・
それから少し雑談をしていると、スマイルに時間が来てしまった。
「それじゃあ僕は行くよ。皆の分、僕から出しておくから」
「いえいえ! そこまでしてもらう訳には……!」
「今日付き合ってあげられないお詫びという事で払わせて下さい。それじゃ」
キャッシュカードで全額払ってカフェを出てしまった。アンジュ達はそのまま残っていた。姿が見えなくなったのを確認して、再び席に付いた。
「はあ、スマイルさんとお出かけできるなんて……」
「これでお嫁さんに一歩近づいたね」
「そうだねー」
アンジュ達はニヤニヤしながら話していた。
魔族領には、憲法や法律以外に『種族規律』という物がある。
それぞれの種族の特徴に合わせて設けられており、種族によって大きく異なっている。
エルフ族は異種族間において、『一夫多妻』『一妻多夫』が認められている。これは寿命が長く、生殖能力が低いエルフ族特有の物で、他の種族には存在しない。
ただし、全員が脅しなど一切無しで心から了承出来なければいけないという制約がある。
アンジュ達は未だに独身のスマイルの妻になろうとしているのだ。
「私達全員で結婚できる最高のお相手だよ」
「十二魔将で性格良し。しかも気さくで相談にも乗ってくれるんだから善行の塊だよ」
「それに顔もルックスも良い! あの方以外考えられないかな」
スマイルの話題で色めき、心底惚れている事を吐露し続けるのだった。
・・・・・・
アンジュ達と別れたスマイルは、花屋に訪れていた。
「これとこれ、後これも下さい」
いくつもの花を選び、花屋の店員に3つの花束を作ってもらった。
「こんなに買うなんて、ホームパーティーでもするんですか?」
「いえ、渡したい方がいるんです。大切な約束をした、ね」
スマイルは代金を払って、颯爽と店を後にした。店員は、最後に見せたスマイルの表情が気になっていた。
「(あの表情、なんていうか……)」
「悲しそう、だったな」
・・・・・・
夕暮れ時、スマイルはある場所へ来ていた。
「やあ皆、今年も来たよ」
花束を抱えたまま、語り掛ける。
「今日は皆の好きな花を持って来たんだ。アシュリーには薔薇を、ユリアにはマリーゴールドを、そしてフォルテには向日葵を」
それぞれの花束を見せて、笑顔で話しかけ続ける。
「……今日、皆の曾孫にあったよ。皆と一緒で、本当に仲良くやっているよ」
そう言って、彼が語り掛けているのは、
「懐かしいな、皆とガレッド様に仕えていたあの頃が」
3つの墓石だ。
ここは小高い丘の上にある集団墓地。アトゥラント地方に住んでいた者達が眠る場所として有名だ。
そしてスマイルが対面していたのは、横並びで埋葬されている3つの墓。
さっき会っていたアンジュ、ユーコ、ディーパの曾祖母に当たる者達の墓だ。
スマイルが十二魔将に就任するよりも前、十二魔将の席に就いていた『無限封印』ガレッドの直属部隊の隊長を務めていた。その時の同僚がアシュリー達だった。
彼女達とはよくお昼を食べていた仲だった。
「あの時はよくガレッド様の愚痴を零したよ、それを聞かれてキツイしごきをされた事もあったけど……」
墓石に花束を供えて、昔話を続ける。
彼女達とは100年に渡って交流を続けていた。その関係は、彼女達の寿命と共に消え去ってしまった。
他の種族と比べて圧倒的に長生きするエルフ族は、寿命格差がどうしても発生してしまう。
若いエルフは、この寿命格差で苦しむ者が少なくない。スマイルも一時期、寿命格差で苦しんだ。
特に、アシュリー達を失った時だ。
「…………こんなに喋っても、返事は無いのにな」
寂しそうに、自分の言葉で現実に戻って来る。
「(でもこれは、皆の事を忘れないためにも必要な事だ)」
彼女達の遺言を思い出す。
『どうか、私のことで苦しまないで。忘れてくれても、大丈夫だから』
「……絶対に忘れない。楽しかったあの日々を、悲しい思い出になんかしない」
スマイルは決意を胸に刻み、毎年墓参りに来ている。命日に合わせて行けるのが一番いいのだが、仕事の都合上、そうは行かない。なので、近い日に来るよう心掛けている。
花束に保護魔術をかけて、しばらくの間綺麗の状態を保てるようにした。
この集団墓地は、ゴーレムが巡回しており、一定期間を超えた供え物などは回収されるようになっている。それまで持つように魔術を行使する者は多い。
「また来年に来るよ。またね、皆」
スマイルは振り向かずに前へ進む。明日に向けて歩いていく。
彼女達と過ごした日々を、森林賢者は忘れない。
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