鍛え重ね三千年


 魔王城 戦闘道場


 魔王は抜き打ち検査をしない日は、事務作業を終えた後、日替わりで武器各種、魔法、魔術、呪術、魔闘技の鍛錬を行っている。


 魔族の頂点に立っているのだから、誰にも負けない強さを持っていなければならない。その為に鍛錬を怠らない。


 今日は剣の日だ。


 いつも着ている鎧を脱ぎ、半裸で剣を振るう。


 使っている剣は『偉大なる鉄剣グレートシルバー』と呼ばれている魔王専用の鉄剣だ。名前は勝手にそう呼ばれているだけで、本当は魔王が3000年以上愛用し、鍛え続けただけの鉄剣でしかない。


 敵に囲まれている事を想定しながら全方位に攻撃を放つ。敵からの攻撃を予測し、躱しつつ反撃し、こちらからも攻撃を入れる。防御してから攻撃に転じる。それらを繰り返していく。動きは見えない速さを通り越し、残像がハッキリと見え、何体にも分身しているようだった。



 1時間経過した頃、想定する相手を変える。


 さっきまで想定していたのは体格が同じ位だったが、ここからは自身よりも体格が大きい敵と対峙した時の対処を考える。大型の魔獣やゴーレム、一部種族がこれに該当する。


 構えを変え、溜めの態勢に入る。大振りになり隙あるが、厚さがある敵に対して有効な一撃を与えるにはこの方法が効率的だ。


 一気に踏み込み敵を一撃で両断する。その余波で戦闘場全体が揺れ、大音量を流したかの様に反響する。魔王はその動作を高速で繰り返した。さっきよりも遅いが、それでも目にも止まらない連撃だ。



 それから1時間後、動きを止めた。深呼吸を行い、大量に掻いた汗を拭う。水分補給を行い今日の鍛錬は終了した。


 全身の汗を綺麗に拭き取った後、鎧を着て、剣を『収納空間アイテムスペース』に戻し、道場を後にした。



 ・・・・・・



 鍛錬が終わった後、午後の仕事を済ませ、魔都へ出向いた。


 魔族領の首都だけあって、魔族達で溢れ、それぞれ忙しなく街を歩いている。ここも多数の種族が行きかう為、種族による交通分けが行われている。地方と違う所は、上空に飛空艇や浮遊建築物があることだろう。


 建物の中には公的機関がそれぞれ入っており、幹部に当たる者達が勤務している。各地方からの課題を解決するために、日々会議を行っている。他の機関とも近いため、素早く連携が取れるのも魔都の利点だ。


 魔王は魔都を平然と歩いているが、【変化】で姿を変えているので気付かれることは無い。



 公的機関が密集しているエリアを抜けると、その先は居住区になっている。種族ごとにエリア分けされており、他種族間トラブルが起きにくい構造にしてある。


 ゴブリン族居住区を歩き、とある建物の前で立ち止まった。インターホンを鳴らし、返答を待つ。


 

 突然、ドアを破ってゴブリン族の老男が飛び出してきた。



 魔王は悠々と躱し、老男は地面に着地する。


「キエエエエエエエエイ!!!!!」


 奇声を発しながら魔王に追撃する。


 【変化】で龍人族になっているとはいえ、身長は2mを超えている。対してゴブリン族の老男は身長140㎝弱、とても体格に恵まれているとは言えない。


 しかし、その体格差を素早い動きと跳躍で埋めていく。


 一瞬で魔王の顔面まで蹴りを放ったり、突きを連続で撃ったりと、とんでもない動きで魔王の反撃を許さない。



 だが、その攻撃は唐突に終わりを迎える。



 グキリ、と、老男の腰から嫌な音が盛大に聞こえたからだ。



「ぐええ!?」


 そのまま地面に倒れ、死ぬ直前の虫の様な状態になる。


「……気は済んだか?」

「え、ええ。ここまでの様です……」


 フラフラと立ち上がった老男は、腰を摩りながら魔王に頭を下げる。


「お久しぶりです魔王様」

「相変わらずだな、ゴルブ60世」


 ゴルブ60世


 魔王が魔王と呼ばれる前から仕えているゴブリン族の血筋の者だ。


 ゴブリン族は元々短命で、平均寿命は30歳だった。しかし、2000年前にハイゴブリンへ進化したため、平均寿命が100歳までに伸びた。それまでの間に何千回も世代交代したため、60世という数字になった。


 ゴルブ60世が出てきた建物は『魔王流戦闘術道場』。魔王の培った技術が一つの流派として確立し、形となった場所でもある。


 先ほどの襲撃は戦闘術をしている者として衰えていない事を示す『挨拶』の様な物だ。


「今日は何用ですかな? 特に用事も無かったと思うのですが……」

「門下生達の様子を見に来た。それだけだ」

「おお、そうですか。この時間なら子供達がいますので、軽く稽古してやって下さい」

「構わんよ。ではお邪魔するぞ」


 ゴルブが壊したドア【修理リペア】で治し、建物の奥、子供達が稽古に励んでいる広い部屋に入った。


 組み手練習の最中で、種族も様々で、体格が似た者同士でがぶつかり合っていた。


「皆の者! 一旦止め!」


 ゴルブが大声で止めると、一斉に手を止める。


「本日は魔王流戦闘術師範のヴェンさんが来て下さった! 皆に助言をして下さるとの事なので、遠慮なく学ぶように!!」


 門下生全員が大きな声で返事をした。そして魔王ことヴェンに集まって来る。


「ヴェンさん久し振り!」

「やっぱりヴェンさんだった。ゴルブ先生が出て行くからそうだと思った」

「元気そうで何よりだ。あれから強くなったか?」

「もちろん! 回し蹴り上手くなったよ!」

「パンチ強くなった!!」

「そうか、では見せてもらおうか」


 門下生の子供達とは以前に会った事がある。その時にも助言をして技術の向上に繋がるよう指導した。それ以来、門下生達とは顔見知りなのだ。


「えい! とお!」


 声を出して技を繰り出し、ヴェンに披露する。


 子供なので技の練度は高くないが、稽古しているだけあって、簡単に真似できる動きはしていない。


「技の切れは良くなっているな。繰り返し練習して速さを付けるとなお良くなるだろう」

「はい! ありがとうございます!」

「じゃあ次俺!」

「僕も僕も!」

「大丈夫、焦らなくてもちゃんと教えるぞ」


 門下生達を指導していると、離れた所から舌打ちが聞こえた。舌打ちが聞こえた方を向くと、子供にしては体格が大きく、ガラの悪い子達がいた。前に来た時にはいなかった子だ。


「ゴルブ、あの子達は?」

「あー、あの子らはちょっとした問題児でしてな。私も手を焼いてるんです」

「と言うと?」

「最初の頃は良かったのですが、最近になってから急にサボりだし始めましてな。親御さんに聞いても理由がサッパリで」

「ほう……」


 ヴェンは問題児と呼ばれた子達に近付く。


「初めまして、私はヴェンだ」

「あ? 話しかけんなやオッサン」


 敵意剝き出しでヴェンに突っかかる。


「君達も門下生なのだろう? 練習はいいのか?」


 全員無視を決め込み、ただ睨んでくるだけだった。ヴェンも黙って見る。


「ヴェンさん、放っておいてもいいですぞ。何言っても聞かんですから」

「……そうか。なら稽古に戻ろう」


 そう言うとヴェンは問題児達の隣に座った。


「ヴェ、ヴェンさん?」

「試合を見せてくれ。私はここから見る」


 他の門下生達はキョトンとしていたが、指示に従って試合を始める。


 魔王としては実践をやらせたいが、まだ子供なので試合で我慢している。


 門下生達が1対1で試合を始め、素早い動きで攻撃を入れていく。蹴り、突き、投げと言った技だけの制限があるが、試合としては年齢以上の質だった。


 ヴェンはジッと試合を見つつ、改善点が無いか見極める。それと同時に、問題児達の様子も見る。


 様子見をしていき、問題児達の中心を探す。こういった集団には必ずリーダーが存在する。リーダーが率先して非行を進め、それに同調して集団になる。魔王はそうやって増えた集団を大なり小なり見て来た。


 そのリーダーを見極めるコツは『敵意』だ。


 反発する環境に対して強い敵意を持つ者がリーダーの可能性が極めて高い。善し悪し関係無く、何か行動を起こすには強い意志が必要だ。それは行動のキッカケであり、行動力の原料になる。


 その敵意を炙り出すのは意外と簡単だったりする。例えば、敵意を持っている環境に急激な変化が起きた場合だ。


 一通りの試合が終わった頃、魔王ことヴェンは『収納空間』から一本の剣を取り出した。鍛錬に使っていた偉大なる鉄剣グレートシルバーだ。


「さて、次は剣の修業を付けてやろう」

「え、あの、まだ剣は早いのでは?」

「問題無かろう。私が門下生達の年には既に剣を握っていた」


 門下生達を少し下げ、十分な間合いを取ったのを確認し剣を振る。


「では軽く手本を見せよう。【召喚サモン】」


 【召喚】で呼んだのは大型の猿、ストライダーモンキーだ。完全に敵意を剥き出しにしている。いきなり現れた魔物に門下生達は狼狽え後退りしてしまう。問題児達も驚き後退りしてしまう。


「これが魔王流戦闘術だ」


 

 襲い掛かるストライダーモンキーを両断する。


 

 両断されたストライダーモンキーは塵となって消えた。


 血が出ると思っていたゴルブや門下生達は不思議に思いながら見ていた。


「それは『シャドウウィスパー』だ。見た物に変身する魔獣で実体が無い亡霊型だ」

「では、倒した訳では無いと?」

「【召喚】の制約に一定以上の怪我をした場合、自動的に召喚先に退却する仕様にしてある。だからもうここにはいない」

「そ、そうでしたか……」


 ゴルブが一安心していると、


「何考えてんだオッサン!?」


 声を上げたのは問題児達のオーク族の子供だった。


「いきなり魔獣出して斬り捨てるとか、頭おかしいんじゃねえの!?」

「先に見本を見せると断ったろう。何をそんなに否定する?」

「ただ蹴る殴るの武術なのに何でいきなり剣何だよ!?」

「基礎体力を付けるにはまず武術だ。武器を扱うには身体が出来ていなければいけないからな」

「危ねえだろ! 怪我したらどうすんだよ?!」

「魔術で治せばいいだけだ。戦場ではそれが普通だ」

「で、でもいきなり魔獣とか……!」

「魔王流戦闘術は奇襲を掛けてくる敵に対しても有効な戦闘術だ。実践ではいきなり魔獣が出て来るぞ。というか、そういう道場だと最初に説明を受けているはずだが?」



 この道場では稽古を始める前に必ずどういった戦闘術なのかを教えている。その根本にある物を見失えばただの暴力に成り下がる。そのために時間を掛けてそういう事も教えている。ゴルブがそれをサボっているとは考えにくい。



 何とか言い返そうにもすぐに論破されてしまい、とうとう黙りこくってしまう。それを見たヴェンは軽く息を吐いた。


「地味な修行に嫌気が差したのだろう?」

「っ……」

「少々手荒だがキッカケを作らせて貰った。そうでもしないとこちらの話を聞く気にはならないと思ったからな」


 剣をしまい、オーク族の少年に近付く。


「いいか少年、何事も地道な事の積み重ねだ。嫌気も差すだろうし飽きるかもしれない。本当に合わないと思ったら遠慮無く別の道を行けばいい。だがここに留まるのは本当にやりたい事がここにあるからだろう? 違うか?」

「…………それは、強くなりたいから」


 ヴェンは少年の顔を覗き込み、しっかりと目を合わせる。


「どんな風に強くなりたい?」

「魔王様みたいに、強くなりたいから。でも、毎日やっても全然強くなれた気がしなくて……」


 そこで、ゴルブが口を開いた。


「……魔王様はな、様々な鍛錬をしてらっしゃるのだ。それも3000年以上」

「え……」

「私のご先祖様はずっと魔王様に仕えて来たんじゃ。記録には毎日の様に鍛錬に励んでおられたと残っておる。それは今でも変わらないじゃろう」


 ゴルブはヴェンを見た。


「私も引退するまで魔王様に仕えて来た。あの方は本当に努力を重ねていらっしゃる。例え地味で小さな事でもだ」

「………………」


 ヴェンは少年と向き合う。


「もし魔王様の様に強くなりたいなら、これから改めて修業をするんだ。出来るか?」 


 オーク族の少年は黙り、俯いてしまう。そして、


「明日までに、決めてきます」


 そう言って道場を出て行ってしまった。取り巻きの問題児達は後を付いていかず、ただその後ろ姿を見送るだけだった。



 ・・・・・・



 それから仕切り直して稽古を再開した。


 他の問題児達と一緒になり、全員で稽古に励んだ。苦手意識が強い子、やる気が無い子にも丁寧に教えていき、道場の雰囲気が一段と良くなった。


 

 その内、外は暗くなり、子供たちの親が迎えに来た。少しずつ減っていき、とうとうヴェンとゴルブだけになった。


 ヴェンから魔王に戻り、ゴルブと対面する形で座っていた。


「今日は何から何までありがとうございました。私もまだまだですな」

「あの年頃の子供は難しいからな、多少の荒療治が良い時もある」

「……戻ってきますかね?」


 ゴルブは出て行ったオーク族の少年を気にかけていた。


「どうだろうな。それはあの子次第だろう」

「私としてはあの場で即決させた方が良かった気がするのですが」

「少し頭を冷やしてからでないと正常な判断ができないだろう。ならば時間を置いてゆっくり考えさせた方がいい」

「なるほど、勉強になります」


 魔王の懐から何か音が聞こえる。取り出すとそれは魔道具の遠距離通信道具が振動する音だった。


「何だ? ……そうか、今行く」


 魔王はおもむろに立ち上がり、【変化】で姿を変えた。


「すまないが緊急の用事だ。我はここで失礼する」

「分かりました。どうぞお気を付けて」

「さっきの子だが、進展があれば連絡してくれ。では」


 魔王は外に出て行き、道場を後にするのだった。ゴルブはその後ろ姿を見送った。


 引退する前、彼は魔王城で毎日魔王を見て来た。来る日も来る日も魔族達のために働き、相談に乗ったり、仲介する事もあった。その補佐をしてきた彼は寿命が足枷となり、立ち止まざるをえなくなった。それからどうするかを考え、自分なりに魔王に貢献出来る事をしようと考えた。その第一歩として、魔王の培ってきた物を普及して支持を集める事にした。それが今の道場を始めた理由だ。


「……出来れば、今も魔王城で貴方を見送りたかった」


 寂しさを感じながら、そんな事を呟いた。


 ・・・・・・


 後日


 ゴルブが道場で門下生達に指導を行っていると、問題児の中心だったオーク族の少年がやって来た。


 真っ先にゴルブの元へ向かい、頭を下げた。


「俺、強くなりたい。だから、戦闘術を教えてください」


 ゴルブは少し申し訳なさそうに


「……お前の気持ちに気付いてやれなくて悪かった。すまん」


 少年が頭を上げて、互いに顔を見合わせる。


「……どんな修業がしたい?」

「俺、剣をやりたい。昨日見たヴェンさんの剣、怖かったけど、カッコよかった。俺もあんな風に振れる様になりたいんだ」

「よし、いいじゃろ。こう見えてワシは剣術は得意な方なんじゃ」


 ゴルブも少年も、楽しそうに会話をしながら稽古に励み始めた。



 それから道場の問題児達は門下生へと戻り、日々鍛錬を重ねる立派な姿になったのだった。



 ・・・・・・


「そうか、無事に解決したか」


 手紙を受け取った魔王は安堵していた。


 ゴルブは昔から頭が固い所があった。何かと固定観念で決めつけ、意見を変えない事が多々あり、よく同僚と揉めていた。大きな問題を起こさなかったため、一つの主張としてそこまで咎めなかった。そのゴルブが道場を開くと聞いて、問題が起きていないか心配だった。今回はそれが的中した形になった。


「日々鍛錬、それは自分の精神にも言える事だ。励めよ、ゴルブ60世」


 激励の言葉を呟き、これからの発展を願うのだった。


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