魔導の道に果ては無く


 ダヴィッド魔導学園 第1会議室


 アギパンは講師達を集め、教育方針や運営状況などの説明回を行っていた。


 100人以上いる講師の方針は分かれる事が多々あり、派閥までできてしまった。それを取りまとめ、分裂しないようにしてきたが、やはりそう簡単には行かない。


 自分の得意分野を至高だと考え、他者の分野を蔑ろにする愚行を犯す者が後を絶たない。その結果、口論が始まり、収集が付かなくなる。


 最終手段でアギパンが口を挟んで制圧し、解散させる。


 そんな事をかれこれ100回近くやっていると、流石に嫌気が差してくる。



 ・・・・・・


 

 アギパンは全ての魔法、魔術を習得し続けている。


 どんな些細な物でも興味を持ち、自分の知識として取り込み、応用を利かせて発展に繋げてきた。不可能と思われた事柄も再現し、可能にしてきた。魔神もその成果の一つだ。


 後続の魔導師達には、得手不得手に関係無く、全ての知識を貪欲に吸収し、新たな境地を目指して欲しい。そう願っている。



 その思いを理解してもらえないまま、今日の会議も終わってしまった。


 議長席にもたれかかり、天井を仰いだ。その顔を少しだけ覗き込むようにして、エルフ族で秘書の『アインハルト』が現れた。


「学園長。次は『レディア商会』との面会です。ご用意を」

「魔道具の商会か。契約更新と新製品の売り込みだろうの。すぐに行く」

「畏まりました」


 アインハルトはその場を後にした。アギパンも書類をまとめて席を立った。


 シワだらけで弱そうな身体だが、その肉体は魔力で補われているため実際に弱っている訳では無い。猫背気味なのは若い頃からの悪い癖で、それ以外は何の問題も無く動いている。


 軽い足取りで応接室へと辿り着き、レディア商会と面会する。


 

 内容は割愛するが、概ねアギパンの予想した通りで、契約更新と新製品の売り込みだった。これもまた大半の商会と同じやり取りだ。たまに良い物を持って来てくれるが、ほとんどはアギパンの下位互換に当たる物ばかり売りつけてくる。良い物なら取り入れるが、つまらない物なら適当に流す。そして情報を貰う。商会との面会はそんな感じで進めていく。


 ・・・・・・


 商会との面会を終えた後、学園長室へ戻り溜まった書類を片付ける。アギパンの【加速思考】と【書類作成】は魔王と同等で、100枚程度なら数秒で終わらせてしまう事が出来る。


 書類を片付けていると、ドアをノックする音が聞こえた。回数は2回。アギパンはドアの叩き具合で誰が来たのか大体分かる。それで対応を決めている。


「……入っていいぞ」


 明らかに不機嫌な言い方で対応した。そして入ってきたのは、


「やっほ~アギパン様♥ 遊びに来たよ~♥」


 快楽女傑リリアーナだった。


「後数秒待っていなさい。もうすぐ終わる」

「は~い♥」


 数秒後、キッチリ仕事を終わらせてリリアーナとテーブルを挟んで対面する。


「これお土産♥ 一緒に食べよ♥」

「シフォンケーキか。紅茶でいいかの?」

「お任せします♥」


 魔法でティーポットとカップを浮かせて紅茶を入れていく。


「アギパン様って魔法と魔術を分けて使う時あるけど、何か違いでもあるの?♡」

「こういった温度管理の必要な物には風と水の魔法を使って調整しながら浮遊させておる。ただ物を浮かせたりするなら魔術で十分じゃ」

「なるほど~♥ 私には出来ない芸当だわ♥」

「リリアーナは属性魔法が苦手じゃからのお、少しは覚える気は無いのか?」

「無いわね~♥ だって私それ以外に適性無いから♥」


 リリアーナは幻覚魔術だけで成り上がった。


 実のところ、リリアーナには属性魔法の適性が全く無い。【火球】と言った初級魔法は勿論、【灯火】などの生活魔法も使えない。魔法での攻撃、防御手段を持っていないのだ。


「……そこは微笑みながら言う事ではないだろうに」

「本当の事だもの♥」

「まあよい。それで、用件は?」

「だから~、遊びに来ただけだよ♥」

「ならばその隠し持ってる代物は何だ? リリアーナの全力で隠す程の物をワシの前に持って来てる時点で用件があるじゃろ」

「……バレちゃったか♥」


 隠し持っていたのは一本の剣だった。


 豪華な装飾が施された鞘と柄はこすけており、今は輝いてはいない。だが、刀身から魔力が漏れているのは、魔力を持っている者なら一目で分かる程だ。


「これは、エルフ族の霊剣でも魔剣でも無さそうだのお」

「やっぱり分かっちゃう?♥ これ、ヘリドット大陸で見つけたの、妖魔族が住んでいる地域で」


 妖魔族はヘリドット大陸の地底領手前に暮らしている種族で、その容姿はどの様な生活をしていればそんな姿になれるのか分からない程奇妙で、分からない事が多い。固有魔術を有しており、ほとんどが精神系だ。現在は街を造って文化を築いている。


 アギパンは剣をマジマジと見つめる。


「……曰くつきか」

「そうなるわね♥」


 シフォンケーキをつつきながら剣を鞘から抜いてみようとするが、力では抜けそうにない。おそらく錆びついて中で固まってしまい、抜けなくなったのだろう。


「剣として使い物になるか怪しいが、魔力量は英雄級。そんな物が錆び付くのじゃから相当の年月が経っておるのじゃろう」

「見つけた妖魔族が言うには、5000年以上は前何じゃないかだって♥」

「前魔王時代か、古いはずじゃ」


 前魔王時代は最低でも3000年以上前、現魔王時代初期の頃の物ですら遺産扱いされる世の中からしてみれば、大昔と言われても過言ではない。


 リリアーナに剣を返して、紅茶を飲んだ。


「で、それをワシにどうして欲しいんじゃ?」

「しばらく預かって欲しいの♥ というより【解析】してもらいたいかなって♥」

「なるほどの。深くは聞かぬが、引き受けよう」

「ありがとうアギパン様♥ それじゃあ私は学園内を見てから帰るから♥」

「好きにしなさい」


 リリアーナは投げキッスをして部屋を後にした。ちゃっかり自分の分のシフォンケーキと紅茶は食べきっていた。


 アギパンも休憩がてら、シフォンケーキと紅茶を食す。


「……そろそろ正体を現したらどうじゃ?」


 リリアーナが渡した剣を睨みながら、手を伸ばした。その手には魔力が込められている。


「……ちえ、バレちまったか」


 それに気付いて観念したのか、剣から声が聞こえた。いや、剣が喋ったのだ。


「流石学園長殿だ、俺の存在に気付くなんて思わなかったぜ」

「【構造解析】すればすぐに分かる事じゃ、お主、『知性インテリジェンス武器デバイス』なんじゃろう」


 『知性武器』


 特殊な技法で造られた自我のある武器で、所有者の力を増幅させたり、魔術を授けたりすることが出来る。先代の魔王の時代からその技法が存在する。


「確かに俺は知性武器だ。だが名前はちゃんとあるぜ、『アヌの星剣』って名前がよ」

「知性武器が何故こんな所まで来たのか、理由を聞こうか」

「名前の所はスルーかよ……。まあいいや、ここに来た理由は新しい持ち主を探すためさ」

「それなら冒険者ギルドの方がいいのではないか? ここは魔法と魔術を学ぶ場じゃ、剣とは無縁じゃぞ」

「重要なのは剣の腕じゃない。俺の魔力を扱える気質さ。魔導士の方が相性いいんだよ」

「だから学園に来たのか。……ちょっと待て。何故この場所を知っている? お主5000年以上ヘリドット大陸にいたのじゃろ?」

「リリアーナの嬢ちゃんと相談したらここが良いって言ってたぜ」

「(リリアーナめ……、最初から押し付けるつもりだったか)」


 アギパンが心の中で悪態をついていると、アヌが急に浮き始めた。


「とりあえず波長の合いそうな奴を片っ端から当たってみるぜ。それじゃ」


 飛んで部屋から出て行こうとした所をアギパンが掴んで止めた。


「待て、剣がそこら中を飛んでいたら騒ぎになる。ワシも行こう」

「でもあんた、どう見ても偉い奴じゃん。そっちこそうろついてたら騒ぎになるんじゃない?」

「それなら心配無い」


 詠唱すると、アギパンの体が若返り、服装も学園の制服に変わった。


「これでいいだろ」

「マジかよ……、俺のいた時代だったら解剖されてるぜ」

「古い考えだ。行くぞ、案内してやる」

「口調まで変わってるし」


 アギパンはアヌを腰に差して部屋を出た。


 学園長室は本人がいないと開閉出来ない魔術が何千重にも施されているため、防犯システムは完璧で破られる事も無く、無許可で侵入することも出来ない。ドアに施錠する物が無いのはその為だ。


 

 ・・・・・・


 

 学園の中は様々な種族が通えるように、巨大な空間になっている。


 それぞれの種族に合わせた廊下はもちろん、空中廊下に浮遊床、使い魔に乗って移動する者もいる。講義室の扉も大小様々で、不公平が起きない造りになっている。


 学園内には沢山の生徒が行きかっており、異種族同士で交流したり、グループになって行動している。


 アヌもこの光景には驚いていた。


「こりゃスゲエ……、全部アンタが築いたのか?」

「全部では無い。魔王様のご助力が無ければ叶わなかったよ」

「今代の魔王は相当の実力者だな。一度会ってみたいぜ」

「その内会える」


 100以上の講義室がある『講義棟』を【浮遊】で散策する。あまりにも広いので、学園関係者は魔法か魔術で学園内を移動する事が許可されている。


「どうだ? 見つかりそうか?」

「……ダメだな、ここにはいなさそうだ」

「そうか、では次だ」


 講義棟を出て、渡り廊下を通る。


「ていうかこの学園広すぎないか? 迷子になりそうなんだが」

「学園は大きく分けて7つのエリアで分かれている。ワシのいた『魔導教員棟』、さっき回った『講義棟』、魔法専門の『魔法科棟』、魔術専門の『魔術科棟』、呪術専門の『呪術科棟』、魔法魔術を戦闘に盛り込んだ『魔闘技まとうぎ』の実践を行う『魔闘技科棟』、魔法魔術の根本である『魔素エーテル』を研究する『魔素学棟』だ。全部周ろうものなら3日はかかるだろうな」

「新入生とか絶対迷子になってるな」

「そろそろ魔闘技科棟だ。お主もよく探せよ」

「はいはい」


 廊下を抜けて、魔闘技科棟に到着した。


 魔闘技科棟には、森、街、平原など、様々な戦闘が想定される場所を再現した訓練用フィールド、闘技場や運動場の様な戦闘用施設、身体作りのためのジムなどが多数存在する。


 ここにも生徒が講義や訓練を受けているのが見える。アギパンは魔闘技科棟を一望できる場所に移動した。


「どうだ?」

「広すぎて分からん。せめて10m位まで近付いてくれ」

「贅沢な奴だ」

「やり方が雑なんだよ?!」


 下に降りて各所を散策し、しらみつぶしに探した。しかし、アヌが納得する様な生徒はいなかった。


「ううん、何かピンと来ないんだよな……」

「以前の持ち主はどんな感じだったんだ? それがヒントになるかもしれないぞ」

「前の持ち主は中性的な奴だったな。男女って言うのか、女男だったのか、……悪いが記憶が曖昧あいまいだ。よく思い出せねえ」

「5000年以上前だしな。だとしたらやはり片っ端から探すしかないか」

「悪いがそうなるな」


 その時、アヌがある波長を感じ取った。


「むむむ!? こいつは、間違いねえ! 俺の持ち主にピッタリな奴がいる!」

「どっちだ?」

「あっちだ!」


 アギパンを引っ張ってとある部屋の前までやって来た。そこは


「……女子更衣室」

「この中にいる! 間違いない!」


 アヌはこの広大な学園の中を全て把握出来ているとは思えない。それは今まで案内していたアギパンがよく知っている。なのでここにわざと連れて来たわけでは無いだろう。だが、女子更衣室だと何か下心があるのではないかと勘ぐってしまう。


「……今入ったら問題になる。出て来るのを待つぞ」

「なら俺だけでも行くぜ! ここまでありがとよ!」


 アギパンの腰から抜けて、宙に浮いた。


「おい待て、どうやって入るつもり------」

「それじゃあ行ってくるぜ!!」



 アヌは剣先をドアに向けて、【魔力砲カノン】を撃って破壊した。



 呆然とするアギパンをよそに、アヌは部屋の中に入る。


「俺の新しい主よ! 我が剣を抜いてくれまいか!!」

「キャー変態!!!!!」


 名乗ったと同時に殴り飛ばされて部屋から飛び出してきた。アギパンはアヌを受け止めず、躱して直撃を避ける。アヌはそのまま勢いづいて壁に刺さってしまった。


「ひ、ひどい!!」

「それはこっちのセリフだ。後は勝手にしろ」


 アギパンは【隠密】で姿を消してどこかへ行ってしまった。


「ちょ、おま!? 見捨てないでえええええ!!?」


 アヌは何とか壁から脱出し、飛んでその場を離れようとする。


「待ちなさいそこの変態!! 成敗してくれる!!」

「叩き折ってやる!!」

「木端微塵だ!!」

「うぅわ血気盛ん!!?」


 アヌは凄いスピードで逃げるが、それに追い付かんばかりの速さで追い掛け回されたのだった。



 ・・・・・・



 一足先に逃げたアギパンは学園長室に戻っていた。


 老いた姿に戻ってパイプを吹かしていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「入りなさい」


 入ってきたのはアインハルトだ。


「失礼します学園長。先ほど魔闘技科棟でトラブルがあったようでして、そのご報告に上がりました」

「そうか、詳しく聞こう」


 アインハルトが被害状況と事情聴取の内容を説明する。


 どうやらアヌは無事(?)に持ち主と巡り合い、その手に収まったそうだ。


「以上が今回の報告内容になります。剣の方はいかがいたしましょうか?」

「放っておいて大丈夫じゃろう。聞く限りでは持ち主を探していたみたいじゃしのお」

「そうですか。ではその様に」


 アインハルトは【書類作成】で報告書をまとめ上げ、そのまま退室した。


 アギパンは窓から日が暮れ始めた赤い空を見上げた。


「(あの知性武器、アヌの星剣だったか。魔術を構成する回路形態がまるで違った)」


 【構造解析】の時に気付いていたが、現在作られている知性武器とは全く違う構造だった。


「(ワシが扱えないなら、扱える者に使わせて観察するのが妥当じゃろ)」


 解体して調べる事も出来るが、それは無粋。ならば、監視に徹するのが最善だ。腰に差した時点で監視するための魔術を施し終えていた。


「(それに、あの【魔力砲】。まるで呼吸するかの様に出しておった。あれも中々興味深い)」



 【魔力砲】自体珍しい魔術では無いが、威力を上げるには詠唱が必須だ。それを無詠唱で放ったのだ。


 さらに、学園全体に防御魔法が施されているため、壁一枚でもそう簡単に壊れる物ではない。それを一撃で破壊する【魔力砲】の威力は想像以上だ。


「(ワシの知らない事がまだ沢山ある。2100年近く生きておるが、全く飽きない生涯じゃ)」


 笑みを浮かべながら、早速考察に入る。まだ知らない魔導を求めて。



「(魔導の道はまだまだ究める事が沢山あるのお……!)」



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