5吐露された言葉と真実は、

 沈黙を打ち消すのはいつだって彼女だった。

「波瑠は、自分らしく生きたいのに生きれない。それがとてつもなく苦しい。誰にも相談できないし、言ったところで誰にも判って貰えない。でも、簡単に判られたくもない。今、そんなの憶測だろ、って思ったでしょ。これは憶測なんかじゃないよ、勘。私の勘はよくあたるの。嫌なくらいにね。まぁ、頭が固くなるようなことばっか考えてるから、君の小説は面白くならないんだよ。一回全部吐き出してみたら?」

 右京は話を戻し、告白の件をスルーした。

 さっき、俺の小説が好きって言ったくせに、今度は嫌いだなんて。言ってることがちぐはぐだ。熱を帯びた気恥しさは、彼女の言葉には敵わない。彼女の言葉に奪われていった。

「ここには私たちしかいない。思う存分、吐き出していいんだよ。」

 右京が唐突に話を始め、そして俺に話を振る。パターン化されていっていく、その流れを俺は少し躊躇い、そしてすぐに受け入れた。そこには、諦めと希望があったのかもしれない。

 彼女は、俺に優しい声で語りかけてくるのだから。あの問いをした時でさえ。

 深く息を吸い、意を決して顔を上げる。

 視界に映った彼女の表情は、あの問いをした時の泣き出しそうな、そんな感じがした。

「……ほ、本当は、王道な恋愛小説とか、学園の青春ものとか、独特な世界観のファンタジーとかを、書きたかった。でも、親父は推理小説ばっかで、唯一の恋愛小説は『今宵、君との愛を求めて』だけ。俺は、あれを越えられないし、決して超えてはいけなかった。俺は、親父のような機械的な物語を書くのが、苦手だった。人間味のある文章を、物語を、綴りたかった。でも、それは叶わなかった。俺が“東湊”である限り。

 そして、俺は、小説を書くことが日を増す事に、本を書く度に、辛くなっていった。考えるのも嫌になっていった。次第に俺は、新しい世界を描くとき、自分に似た誰かを主人公にしていた。自分の中の数多ある仮面の中からひとつを取りだし、そのまま感情を落とし込む。だからだろうか。自分の紡いだ小説がこんなにも面白くないのは。自分自身がつまらない人間だからだろうか。俺は、俺の言葉たちを、物語を、愛してやれない。」

 最初は躊躇ったが、一言言うと、雪崩のように言葉が喉へと押し出されていった。俺が吐き出した拙く、短い感情の塊を彼女を一つ残さず拾ってくれたような気がした。

 ふとそこで、空が視界に入った。絵の具で塗られたような、ラピスラズリのような色をしていた。

「もう十八時か。今日は泊まっていきなよ。どうせ、家でも一人でしょ。まだ、話したいことあるし。」

 彼女の話は、いつも飛躍する。

「いや、でも、右京さんは女子だし、親の許可とかいるんじゃ……」

「そこら辺は多分、大丈夫。ね、おじいちゃん。」

 と店主らしき老人に話しかける。右京のお祖父さんだったのか。ということは、ここは右京の家になる。理解した途端、耳が一瞬で紅く染まった。女子の家を訪れるなんて初めてだ。加えて、一日に何度も耳が赤くなるのも初めてだ。

「構わんよ。瑚珀、先風呂行っとき。夕食作ったる、お腹空いとるやろ。」

 そう言えば、彼女と会ってからコーヒー以外、口にしていなかった。

「じゃあ、お先に、お風呂頂くね。波瑠、上がってすぐの角の私の部屋で待ってて。あと、私の事は、瑚珀と呼ぶように!」

 彼女は早口で言いながら、二階に続くであろう階段を駆け足で上っていった。彼女の姿が消えた時、お祖父さんは口を開いた。

「もうあと少しの間じゃが、あの子と仲良くしてやってくれないか。」

 しわがれた声で、希望を祈る瞳で、俺にひとつの真実を告げた。


 *


 ひとつ、息を吐く。彼女の白い肌は二年経った今でも、衰えることなく死人のように白かった。

 スズランの頭上をふわりと舞うカーテンは、まるで純白のベールのよう。

 心電図は同じリズムで刻まれ続ける。彼女の体の波形は変わらないまま。そんな彼女の心の波形は、今の俺では到底見ることは出来なかった。俺と同じ波形だったらなんて、傲慢だろうか。

 ああ、お腹が空いてきたな。あのお祖父さんが作る料理が無性に食べたくなった。今ではもう、懐かしい、あの味を。彼女が夢から醒めたら、また一緒に行きたいと思う。だから、早く。

 焦りは禁物だ。いつかの、彼女が言った。

 俺は彼女と続きを歩むことを再開した。

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