3東の湊について、

「あの人」は、穏やかで優しい人だった。

「あの人」は、休みの日に俺をよく本屋や図書館に連れて行ってくれた。

「あの人」は、有名な小説家だった。

「あの人」は……。

 俺は昔、「あの人」に憧れていた。「あの人」は、俺の親父だった。

 俺は、作家であり、憧れである親父の影響で小説が好きだった。加えて、子供じみた物語を紡ぐのも好きだった。それも、いつか自分の物語を世に出したいと思うほどに。

 事の発端は、中三の時の文化祭。親父には元々内緒で物語なんかを書いていたが、その文化祭で俺は劇の脚本を任された。理由としては、国語の成績がずば抜けて良かったから。経験値にもなるし、何よりも大勢の人に見てもらえる嬉しさで何も考えずに承諾した。

 しかし、その時気まぐれに来た親父に見つかってしまったのだ。

 俺が物語を紡げることを、知られてしまったのだ。

 当時、親父は小説が売れず、終いには離婚し、母と俺の姉の香菜にも捨てらてられた。人生のどん底だったのだ。そんな親父は息子である俺に小説を書かせようとした。もう書けなくなった自分の代わりに。自分の血を引いているなら、書けるはずだと信じて、そう思い込んで。

 俺が唯一、親父を受け継がなかったことと言えば、推理小説が書けなかったことだ。俺はファンタジーやSF、青春学園モノなんかをよく題材にして、物語を綴っていた。中三の時の劇の脚本も、ファンタジーだった。

 しかし、選択は一つしか残されていなかった。推理小説を読みまくって、苦労して、どうにか書いた世に出た俺の一作目、親父の四十九作目。二作目も、三作目も……。

 不運な事なのか、幸運な事なのか、俺は親父より多少売れた。苦手とする推理小説を書いたのにも関わらず。そんな中俺は、こんな形で自分の小説を世に出すのは心残りでしかなかった。だが、家計の為だと、親父がいつかまた書けるようになるまでと思って書いた。

 俺の努力とは裏腹に、いつしか親父は仕事を俺に押し付け、書こうともしなくなった。

 きっと、親父は自分よりも「売れる小説」を書く息子が何よりも、苦しかったのだろう。

 でも、俺は親父を救えなかった。救う手段はひたすら物語を紡ぐ事だと思っていた。

 そして、ズルズルと俺は親父の代わりに小説を書いている。いや、書いていた。

 そう、この間、一学期の終わり、親父が死んだ。呆気ないほどに簡単に。交通事故だった。ブレーキの故障だったそうだ。巻き込み事故にはならず、親父だけが死んだ。この夏の補習は葬式などの関係で学校に行けなかった為。親父が死んでも、俺は変わらない生活を送った。義務教育も終わっているし、母や姉、祖父母と暮らして、今の生活が変わるのが何よりも嫌だった。だから無理をいって、親父と暮らした家で息をしている。

 ある日、一人の生活に慣れてきた頃、親父の担当の編集者に言われた。最後に「売れる小説」を書いてくれないかと。親父の最後の作品を名誉で終わらせたかったらしい。大学費などの足しにもできるからと、半ば強引に話を進められた。

 親父と俺が重ねてきた、こんな、「売れない小説」、世に出す意味はあるのだろうか。

 ましてや、偽物の東湊が紡いだ本に、意味などはあってはいけないんだ。

 そう考えれば考えるほど、俺はあの時の親父のように、筆が進まなくなった。

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