2右にいる純白の彼女と、

 時刻は十三時十三分。スマホから目を離すと、目の前に右京瑚珀がいた。

「お待たせ。」

 と真っ黒のミディアムヘアの彼女は言った。

「なんで誘った方が後から来んだよ。」

「でも、ちゃんと来てくれるんだね?」

 右京は安心したように微笑んだ。肌が白いせいか、スズランのような笑顔だと思った。そんな彼女は、真っ白のワンピースと少しヒールのある紺のサンダルに麦わら帽子を見に纏い、トートバッグを肩から下げていた。

 まるで、小説から出できたのヒロインのように。

「おーい。置いてくよ?歩きながら自己紹介でもしてあげる。どうせ私のことなんて、今まで眼中に無かったでしょ?」

 俺は曖昧な返事をしてから、一歩先をゆく彼女の斜め後ろを歩いた。相変わらず一人で勝手に話を進めるやつだなぁ、なんて思った。ふわりと舞う、麦わら帽子に抱きついているリボンを横目に。

「えーと、私は右京瑚珀。うきょうは、右に東京の京。こはくは珊瑚の瑚に、宝石の琥珀の珀。王に古いに月と、王に白色。クラスは隣の二年六組。ご存知の通り、文系だよ。誕生日は五月一日。得意科目は、世界史と英語。好きな食べ物は、おいなりさんかな。」

 右京は手で狐のポーズを作り、次は君だよと付け加えて言った。

「……お、俺は左東波瑠。さとうは左に東京の東。はるは海の波に、瑠璃色の瑠。王に留める。クラスは二年七組。同じく文系。誕生日は九月十九日。得意科目は、現文、古文。好きな食べ物は、もんじゃ焼き。」

 俺は言葉を吐き終わって、一度眼鏡をあげた。

「私たち、二人合わせて東京だね。」

「東京だけに?」

「ふふ、言葉ばっかり出来ちゃう。左と右で、左右だし。」

 彼女はクスクスと笑った。それは暑さを忘れるような、儚い笑い方だった。思いの外、気まずい空気にはならなそうだ。そう思った矢先、前を進んでいた彼女が立ち止まった。すると、いきなり後ろを振り返り、俺の顔を覗き込んだ。ヒールを履いている彼女は俺より少し背が高かった。咄嗟に頬が引き攣る。

「ねぇねぇ、一つ聞いていい?波瑠って“アズマミナト”でしょ?」

 嗚呼、ツッコミたいことが満載だ。了承する前に話を進めるし、いきなり呼び捨てだし、なんでこいつが“東湊”を知ってるんだ。いや、なぜ“俺”だと、わかったんだ。

 着いたよという彼女の声にはっとした。

「質問は私が本を探し終わった後にいくらでも聞いてあげるよ。波瑠も適当に見ていったら?」

 と言って彼女は目当ての本を探し始めた。スキップをしながら離れていく彼女は、学校で見かける姿とは別物だった。一方、俺は本など買うつもりもなかったので、再びスマホに目を落とした。でも、さっきの言葉がチラついて上手く集中出来なかった。

 数時間して、右京は戻ってきた。トートバッグは来た時よりも少し膨らんでいる。目当ての本があったのだろう。

「いい買い物ができた。そうだなぁ。ここじゃ暑いし、喫茶店でも行こうか。同級生にも見つからない、行きつけのお店があるの。きっと君も気に入るよ。」

 案の定右京が話を進め、俺たちは喫茶店を目指した。

 喫茶店には歩いて十三分くらいで着いた。学校から距離はあまりないが、入り組んだ場所にあるため大抵は気づかない。いかにも喫茶店らしい外見で、店内には店主らしき年老いた男性が一人いた。他に客はいない。店自体に染み付いたコーヒーの匂いが心地よかった。隅っこにある四人がけのテーブル席に向かい合って座る。

「さてと。なんでも聞いていいよ。ここなら気にする必要はないでしょ。」

 右京から話を切り出した。

 そうだ。彼女はどうして、あの名前が俺だと気づいたのか。

「どうして、俺が東湊だと判った?」

「しらばっくれないんだね、天才小説家の東湊さん?」

 出されたコーヒーを彼女は一口飲んで、わざとらしく咳払いをした。

「正確に言うと、東湊は君の父親で、息子の波瑠はゴーストライター。」

 瞳孔が大きく開く。何もかも見透かされているようだ。真意が掴めない彼女の瞳は、瞬きを一切しない。俺は沈黙を突き通す。彼女が続けた。

「そうだなぁ。少し、掻い摘んで話そうか。私は元々、東さんの小説が好きだったの。きっかけは『今宵、君との愛を求めて』だった。彼の作品で一番売れた名作だよね。」

 そう言って彼女は視線を外し、少し目を伏せた。

 もちろん、親父の本は全部読んだ。何度も読み直した。どのページに何が書いてあるのかさえ、覚える程に。自分がその文章の特徴を知る為に。今はもう、書かなくなった、書けなくなった親父の為に。母に捨てられたあの人の為に。

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