第51話 長城を抜けて
深夜を少し回って、帰ってきたアルビンとシルクス。自分たちの部屋で、キーエ親子が待っていたのに首を傾げた。
「後続の者たちから、繋ぎが入りました。明日の昼には、筆頭がホータンに到着します。繋ぎはコラントのルルナと、キーエのカルソムです」
「海岸沿いに北上して、コールの港町で冬を越したって、言ってました。今は上の個室で休んでます」
無事に王都から撤退した一族が、到着する。悲願だったコスタニアの地に、帰れる。
「そうか。到着されるのか……よかった」
胸に迫るものがあり、アルビンは潤みそうな目を天井へ向けた。
「筆頭が到着されたら、転移の立陣もすぐに解明される」
マダムの難題に困っていたアンリも、安堵するだろう。
「夜が明けたら、報告しよう」
******
翌朝。後続の集団が到着すれば、立陣に詳しい筆頭がいると聞いて、アンリは胸を撫で下ろした。
どう考えても、自分には無理だろと思っていたからだ。
「助かった。マダムになんて言われるか、悩んだ」
そのマダムは『根性無しでございますこと』と、鼻で嗤っている。まぁ、いつも通りのマダムだし? 無視無視。。
到着して顔を合わせたのは、筆頭のフロム・マルトルと見習いの少女ステラ・マルトルで、他の一族は街傍の森で待機していると言った。
人数が多すぎて、目立たずにホータンへ入れなかった、と言うのが実情だ。
「表立ってお守りできず、後手に回った末に、我らの姫を容易く害された事、誠に申し訳ございませんでした」
魔導師のローブを纏った若い男は、跪拝してユーリカに頭を下げる。態度も言葉も、生真面目過ぎてこちらが恐縮する勢いだ。
「けれど、これからは誠心誠意、お側に仕えてお守り致します」
「あ、そんなに……ありがとう。よろしくね」
気にしないようにと言いかけた言葉を、ユーリカが飲み込む。
アンリに向ける目線が、戸惑いに揺れた。きっと、畏まった態度でなくて良いと、言って欲しいのかな? 。
「あの、フロムさん」
「若。フロムとお呼びください」
うおっ、かったい。。
「あー はぃ」
なんか、めちゃくちゃ真面目で、善良過ぎて、やり難い。。
「えー、そ ソラの事だけど。できるだけ早く、村に帰してあげたいんだ。両親も心配してるだろうし」
「かしこまりました。お任せください」
「うん、よろしくお願い よろしくね」
「御意に」
颯爽と出て行くフロム。ぺこっと頭を下げて、後を追いかける見習いステラ。
大丈夫だろうか。。疲れないか? うん。
「大丈夫だよ、若。適当に筆頭の頭を
サムズアップに笑顔を添え、シルクスがフロムを追いかける。
そっちは、軽すぎるのが心配だ。。
『すぐに転移はできますでしょう。お世話になった方々に、挨拶をされた方が、宜しいかと思います』
マダムの言う通り「雷神」や雪蛍亭のみんなに、出発の挨拶はしたい。
「ユーリカ、ジーナ。挨拶に回ろう。良くして貰ったお礼は、言いたいだろ? 」
「はい、アンリ」
これで一歩、ユーリカの家族に近づける。翳りの取れた笑顔が眩しい。
「にーに。また来れる? 」
ホータンの暮らしに馴染んだジーナは、ここから離れ難いのだろう。出発できて嬉しいのか、想いを残して寂しいのか。
「ああ、落ち着いたら、また来よう」
「うん! 」
やっぱりジーナも、笑っている方がいい。
「じゃぁ、行こう」
******
傍森の一角に、その洞窟はあった。
地盤が脆い急斜面の中腹辺りに、潜り込むしかない入り口があり、そこに転移陣を敷いていたようだ。
「この辺りは地盤が脆く、ホータンでは立ち入り禁止区画に指定されています」
一族総出の人海戦術で探索した結果、待つほどもなく転移陣の洞窟は発見され、入りやすいように掘り返されている。
大きくなった入り口は、結界で隠蔽されていた。
「姫におかれましては、しばしこちらでお待ちください。まずはソラ殿を連れた少人数で向こうへ渡り、安全を確保した上で、お迎えに参ります」
「俺は、ソラと一緒に行くよ。構わないでしょ? 」
のんびり待っているのは性に合わない。アンリは行く気満々で、身を乗り出した。
「……承知いたしました」
筆頭って、過保護なんだ。そう思っても、いっさい口には出さないけど。
先発隊は八人。ソラとアンリと、コラント兄弟。キーエの親子。筆頭と見習いのステラだ。
それでもって、転移陣を潜る。
目の前に広がったのは、広大な草原地帯。あちこちに散らばるのは、円形のテントか? 。
雪の山脈が聳り立つ雄大な景色と、春先で色は茶色いが、どこまでも広がる草原に目が点だ。
村の境界にある岩の側に転移した途端、何やらどでかい音が鳴り響いた。それに合わせて、空に展開した翼竜の多さ。
「すげぇ」
気がつけばロロブルの村は厳戒態勢になって、全方位を囲まれていた。それでも攻撃されないのは、筆頭が立陣した透明の防御壁のおかげ。これ、精霊の力なんだそうな。
「ソラぁぁぁぁー!! 」
槍を構えて走り寄る大男と、追従するように滑空する翼竜。
「あ、あれは父さん です」
ちょっと目を見張ったソラが、ゆるゆると苦笑を浮かべる。
「囲め! 捕えよっ!! 殺すなっ、責め苛んで、思い知らせてやるっっ」
槍でガンガン防御壁を突き刺すソラの父。その後ろから凄い女性が父の後ろ首を掴んで、ポイっと。。
ボディービルダーですかってくらいに、身体を絞った女傑タイプ。アマゾネスだっけ??
「いい加減にしなさい。あなた」
尻餅をついた父が、ムッとして黙り込んだ。
反抗はしない できないみたい。
「母さんです」
逆らうも何も、子猫マダムの上位互換だ、これ。速攻で服従するぞ。。
「アンリと言います。初めまして。王都から来ました。ソラと縁があって、ここまで送ってきました」
母の後ろで父が合図を送っている。空を埋め尽くしていた翼竜が、散開していった。
「そうですか、息子を無事に連れ帰って頂けて、感謝します。事情の説明を、していただけますか? 」
母の後ろに着地した翼竜は、白銀の羽毛に包まれた個体で、
大人でも軽く二、三人は騎乗できそうだ。
優美な翼竜に、なぜかアンリの胸が高鳴る。
「あ、はい。それから、ジーナって言う女の子も、一緒にきました。その、事情がありまして、見かけは変化していますが、元は黒髪に金茶の目でした。お心当たりはありませんか? 」
「ジーナ?! 生きているのっ? 本当? 」
母の後ろから、悲鳴のような声が上がる。
「詳しくは、場を整えていただきたい」
筆頭の一言に、いちばん大きなテントへ案内された。
婚約破棄で、北へ行く 桜泉 @ousenn
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