第50話 お気楽でいいのか?

 騎竜の一族の裏切りで、コスタニア王国は滅亡した。

 ペグル村の村長は、憎々しげにソラへ向かって吐き捨てた。


 戦火の中を僅かばかりの人数で逃走し、辛くも傍森へ転移したマルトルの者が、ペグル村を興したのだと。。


「始祖が逃走の折に立陣した仕掛けが、コスタニアの森の一角で、いまだに生きている。運良くその近くに、騎竜の裏切り者が村を興したようでな。こちらの陣を動かせば、引き寄せられた者が転がり込んでくる」


 なぜ子供ばかりを狙うのかとソラが聞けば、簡単に引き摺り込めるのが子供だからと、馬鹿にしたように笑った。


「裏切り者なんて居ないわ。マルトルという立陣師が、女王の残された血筋を守るのに、リンデン国に降ったと聞いたわ」


 アンリの背中から顔だけ出したユーリカは、間違いを正した。そのユーリカの後ろから顔だけ出したジーナも「そーよ」と小声で言っている。


 配下コラントたちから先祖のあれこれを聞いて、リンデン王国の間違いを知っただけに、正したいのだろう。


「黙れ! 我らの始祖は、騎竜の者に裏切られたのだ! 」


 いきり立つ村長や、真っ赤になって睨みつける男に、何を言っても無駄だと悟ったアンリ。

 根本は、自分たちの歪んだ常識を、正当化したいだけだ。

 

「だからと言って、攫った子供を売ってもいいの? お前らの始祖がどうだったかなんて、俺は知らないけど、今のお前らは、ただの人攫い。奴隷商人と変わらない、ゲスなクズばっかりだ」


「うるさい! 裏切り者をどうしようと、我らが村の勝手だっ」


「俺たち三人は、王都から来た子供だが。売るんだよな」


「はっ、何を当たり前な事を。自分だけ助かろうとは、浅ましいガキだ」


『よし! 人攫いの言質は取った。捕縛を開始します、若』


 上から聞こえてきた声に、全員が辺りを見回した。

 閉じていた板戸が蹴破られ、領兵が雪崩れ込んでくる。


「くそっ、このガキが手引きしたか! 」


 怒りで赤黒くなった男が、アンリに拳を振り上げる。


「若に届くとでも? 」


 上から降ってきたシルクスの膝が、男の背中に食い込み、そのまま床へ叩きつける。

 逃げようと身を翻す前に、足を掬われた村長も、頭から床へもんどり打つ。


「姫。ご無事で何より」


 領兵に続いて突入してきたアルビンは、目立たぬように黙礼した。いつの間にかユーリカを、姫呼びしている。


 アンリたち子供が誘拐されたと訴え出て、領兵をこの村まで誘導したのはアルビンだ。

 元々ホータンの狩人と諍いを起こすペグル村は、領主からも注意すべき者たちと布令が出されていた。おかげで、アルビンの訴えはすんなりと受け入れられたようだ。


「この村がマルトルの裔だったなんて、皮肉なもんだ。筆頭が聞けば、落ち込むよなぁ。真面目な人だからさぁ」


 領兵に引き摺られる男と村長を見送り、シルクスが呟く。

 一族の頂点に立つ筆頭魔術師フロム・マルトルの始祖は、落城の最中にあって敵に降り、女王の血筋を守った一族だ。


「色々と誤解されてんのかな」


 不安そうなシルクス。ちょっと心配になってきたアンリだ。


 指揮官に帰って良いと許可をもらい、ソラ共々ホータンの宿屋に帰る。

 明日は早いうちに事情聴取するそうで、まだ安全とは言えない村からは、即刻離れるよう指示された。


「ただいまー」


 雪蛍亭に帰ると、家に帰ったような気になる。

 いつになったらソラを、騎竜の村へ送って行けるか分からないので、アンリたちの隣の部屋を借りた。

 やっぱり疲れていたのか、今は熟睡している。


『騎竜一族の村が、長城内に残っていたのですね。良かった』


 事の顛末を聞いたマダムが、そっと目を伏せた。


「ホータンの北にある長城の砦街オ・ロンは、魔人の地を封じる防壁だそうです」


 元々コスタニア王国があった長城より内側は、原生林に戻って人の住める地ではなくなっているらしい。その地に住む人々を魔人と呼んで、化け物扱いとか。。納得できない。


 冒険者ギルドや、門衛兵の顔見知りから集めた情報を伝えながら、シルクスもアルビンも顔が暗い。

 キーエ親子は、顔見知りになった街人から親切にしてもらっているせいか、それほど深刻ではなさそうだ。


『外部からは、誰も中には通さないのですね。そこを抜けるには、ペグル村が利用していた転移陣を通るほか無さそうです。もしかすれば、アンリの立陣が解決してくれるかも知れませんね』


 にこりと視線を向けられ、固まるアンリ。いや、猫なだけに、笑っているかどうかは知らないが。。


「えぇっ、こっちに投げるー? 」


『期待していますね。ア・ン・リ くくっ』


「うっわぁ、黒い」


 何にしても無茶振りが平常運転の、中身が黒猫のマダムだ。


「では、こっそり村長を締め上げ、転移の陣の在処を吐かせて参ります」


 領兵詰め所の牢屋って、めちゃ警戒が厳重じゃなかったっけ?


 するりと出てゆくアルビンとシルクスを見送りながら、アンリは首を傾げ……できるんだろうなと、遠い目で納得した。


「おっ」


 ふと寝台を見て、笑みが溢れる。

 ずいぶん大人しいと思ったら、丸くなった角兎の両側で、ユーリカとジーナが眠っていた。

 

『ずいぶんと、お疲れだったのですね』


 愛しそうに眺めるマダム。眠るふたりの上で、輪になる六色の精霊たち。


(おとぎ話だな、これって)


 隣りの寝台に寝転んだアンリは、マダムの出した課題に空想を広げた。


 必ず騎竜の村に、ソラを送り帰す。そう思いながら。。

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