其の弐拾伍

「どうした宮本の息子よ?」

「……」

「お主の実力はこの程度か?」


 笑い剣を振るった相手の姿に、ミキは唾棄をして両の刀を軽く構えた。


 ユラユラと動いて見せる相手の姿に何度もその目を誤魔化され斬られる。

 ただ踏み込みが甘く刀の振りも片手一本なのもあって傷は浅い。浅いが切り傷は増えてばかりだ。


「宮本の剣とはこの程度の物であったのか?」

「どうかな……これはあくまで俺の剣だ。義父ならもっと強いだろうさ」

「そうかっ!」


 またその姿を歪ませてアマクサは剣を振るう。何度もそれを見て来たミキは静かに刀を構えて軽く振るう。

 剣道で言う所の籠手を狙った一撃だが、相手の腕の姿が掻き消えてミキは自分の背に痛みを覚えた。


「また傷が増えたぞ?」

「そうだな」


 軽く地面を蹴ってミキは相手と正面から向かい合う。


「幻術の類か」

「これは神の奇跡だよ。そして今後は私の奇跡となる」

「自分が神になった気でいるとは……気が早いぞ」

「ふむ。ならばもう少し神の奇跡を見せてやろう」


 剣先を振るってアマクサは笑う。

 一つ二つと彼の姿が別れ数を増やす。


「分身か……神の奇跡はその程度か?」

「対処の出来ぬ者が何を言っても戯言ぞ?」

「ならば対処を見せてやろう」


 一歩二歩と前進したミキは、弾かれたように手にした刀を振るう。

 猛然と振るわれる刀に分身の一つが掻き消える。そして彼の目は次なる獲物を睨みつけた。

 さながら獣のような動きを見せる若き剣士にアマクサは内心震えた。


「……何だそれは?」

「知らんのか?」


 普段なら決して見せない獰猛な笑みを浮かべてミキも笑う。


「宮本の剣だよ」


 迷うことなく分身の一体を頭上から振り下ろした刀で、二つに裂いてミキは次へと移る。

 何をどう見ても剣術とは呼べない動きだ。


「何なんだそれは!」


 分身の大半を斬り裂き、ミキは肩で息をして腕で顎の汗を拭う。


「お前が見たがっていた宮本の剣だよ」

「それが剣だと! ただ振り回しているだけのものであろう!」

「ああ。その通りだ」


 笑いミキは軽く峰で肩を叩く。


「俺がその昔義父から教わった唯一無二の言葉がある。『見てくれも何もかも気になどするな。生きてる奴が強いんだ』ってな」

「……」

「教えられた頃は理解出来なかったが、今ならその言葉を理解出来る」


 休憩はお終いだと言わんばかりにミキはまた刀を構えた。


「要はどんな手を使っても生き残れと言うことだ」

「まるで獣の教えだなっ!」

「その通りだよ。宮本武蔵は最強の獣だ。その息子だって獣だと言うことだ」


 鋭い踏み込みから分身の一体を斬り捨てミキは相手に迫る。

 駆け寄る獣に恐怖を覚えたアマクサは、自身の分身を生み出し後方へと下がる。

 それを見逃さずミキは生じた分身を押し退け彼に迫った。

 振り下ろした刀がアマクサの首を捉えて斬る。


「分身かっ!」

「獣とは所詮愚かな生き物と言うことよ」

「ぐっ!」


 また背中を斬られミキは咄嗟に回避する。

 クスクスと笑い剣を適当に振るうアマクサは、脱力したような構えを見せた。


「所詮獣が神に敵うと思っているのか?」

「……ああ」

「なに?」


 ミキは体勢を正して真っすぐ立った。

 両の刀をまた構え、ミキはその迷いの無い目で相手を見つめた。


「神獣は神では無いというのか?」

「……戯言を」

「事実だ。獣だって神になれるのなら俺が神になることもあるって訳だ。さあどうするアマクサ? お前の目の前に新たなる神へと至る存在が現れたぞ?」

「……」


 両目に憎悪を宿してアマクサは彼を睨んだ。


「戯言を言うな。小童が」

「本心を垂れ流すな」

「煩い! 神に至るのはこの私だ! この天草四郎だ!」

「だからお前一人がそれに至る理由が分からないと言っているだろう? どうしてお前だけなんだ?」

「決まっている。私こそが神であるからだっ!」


 吠えて分身が生じる。


 ミキは深く息を吐いて一歩下がって相手を見据えた。

 どうやらこの辺りの言葉が相手の琴線を震わせるらしい。ならば今しばらく相手に合わせて神を名乗るとする。


「笑わせるな。お前は異端の神を信じて幕府に打たれた負け犬であろう?」

「……っ!」


 歯を剥いて相手が恐ろしいほどの殺意を向けて来る。


「そんな負け犬が神になれるんだ。だったら俺でもなれるだろう?」

「……分かった」


 軽く俯きアマクサは肩を震わせる。


「どうした?」

「お前を殺すことがきっと神になる試練なのであろうな」

「俺はそんな大層な存在では無かっただが……まあ良い。どうせ斬り殺そうと思っていたからな。都合が良い」


 相手の姿がグニャッと歪む。


 ミキは迷うことなく自身の背中に両の刀を動かし交差させた。

 刀身が盾となってアマクサの剣を弾く。


「からくりは分からないが、お前のその攻撃は俺の背中ばかりを狙う。だったら背中を護れば良いってことだろう?」


 言い放ちながらミキは刀を振るう。

 振り向き様の一閃に……慌てたアマクサが後方に飛んでかわした。


「たぶんシャーマンの御業と同じ類のカラクリだろう? 自然の力を借りられない分、攻撃の方向が一方なのだろうがな」


 改めてミキは刀を構え直す。

 苦々しい表情を浮かべたアマクサは……その口を歪ませて笑う。


「こんな初歩的な攻撃を破ったぐらいで何を喜ぶか?」

「ああ。……このまま全部破ってお前がただの人だと証明してやろう」

「戯言をっ!」




(C) 甲斐八雲

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