其の弐拾参

 ある者はこう言った。『人は生きるに値する生き物である』と。


 優しき聖女と呼ばれた女性はそう告げて全ての人を平等に公平に愛そうとした。

 だが人々は聖女の愛を独占しようとし争い続け……遂には"失いたくない"と言う勝手な理由で彼女を殺害した。


 ある者はこう言った。『人は全てが生きるに値する生き物では無い』と。


 そう告げた時の偉大なる指導者は、自身の基準で人間を区別し自らの意思に従わぬ者たちを皆殺しにした。

 だが殺されたくなかった者たちは指導者に従う振りをして仮初の忠誠を誓い……そして彼を暗殺せしめた。


 ある者はこう言った。『人など生きるに値しない。全て俺の奴隷になれば良い』と。


 そう告げた時の偉大なる王は後に部下に裏切られ、一族郎党に至るまで無残に殺される様子を目の前で見せつけられ……人を呪いながら殺された。


 ある者は……今まで何度となく繰り返し尋ねて来た問いに明確な答えを返した者は居ない。


 唯一毛色の違う答えを返したのが初代シャーマンの巫女である女性だった。


 彼女はこう告げた。『この封印を解いた者に問いなさい。きっと満足する答えを示すでしょう』と。


 答えを先送りにしたとも言えたが、それは彼女の言葉に従うことにした。何故ならこれを最後にしようと決めていたからだ。

 だから"全て"を消そうと決めていたそれは、巫女と共に眠りについた。


 言われた通りに過ごし待って目の前の娘が何を言うのか……期待せずそれは待った。

 ピタッと足を止め、動きを止め……レシアは光球に目を向けて笑った。


「なに言ってるんですか?」

『なに?』

「あれです。ミキが言う所の『お前は何様だ』って奴です」


 今の停止は踊りの一環だったと言いたげにレシアはまた踊りだす。


「人は生きるに値する生き物か? そんな質問をする貴方は、そんな質問をするに値する存在なんですか?」


 クルクルと回り問うてくる娘の言葉にそれは思考を止めた。


《質問するに値する存在なのか?》


 予期していなかった言葉に、初めてそれは自分と言う存在を見つめ直した。

 質問する資格はあるはずだ。自分はこの世界を、星を作り……全ての生みの親である。全ての親である自分こそ絶対的な存在であり、取捨選択の資格を有する存在なのだから。


『我は質問をするに値する存在である』


 だから迷わずそう返事をする。

 しかしクルクルと回るレシアは、軽く肩を竦める器用さを見せる。


「どうして質問出来るんですか?」

『我はこの世界を、星を作りし存在だ。全ての母であり父である。その子等に対して質問をする資格を有している』

「ふ~ん」


 気乗りのしない様子で返事をし、レシアはその顔に呆れた様子の笑みを見せた。


「あれですね。一度ミキに頭をグリグリして貰った方が良いですね」

『なに?』


 また一度踊りを止めてレシアは光球に指を向けた。


「馬鹿ですか? 自分の子供だったら何を聞いても、何をしても良いとか思っているような存在にそんな質問をする資格なんて無いんです!」

『資格が無いと?』

「無いです。そもそも親を名乗るのも止めて欲しいぐらいです」

『……』

「産んだから? 作ったから? だからどうしました。親と言う存在は、産んだだけの存在を言いません。私は両親の間に生まれ、そして私を育てる為に一生懸命に頑張ってくれた育ての親が居ます。だから私は今ここで踊っているのです」


 止まっていたことを思い出し、レシアはまた踊り始める。


「産んで育てもしないで親と名乗るなら、まず子供に頭の一つでも下げて謝罪するべきです。お父さんは無理でしたが、お母さんは泣きながら私に謝ってくれました。『育ててあげられなくてごめんなさい』って泣きながらです。それが親です。私もそんな親になりたいです」


 クルクルと回りレシアは言葉を続ける。


「生み捨てた子供に対して親であると言うなら、まず親であるという証拠を見せて下さい。それも無いのに親とか言うなら貴方はただの嘘吐きです。嘘吐きが偉そうに質問なんてしないで下さい」


 プリプリと怒ってレシアはそれに対してそう告げた。

 舞台の下では……他のシャーマンと若き狼たちが声に出せない心の声で、『もう止めて~』と全員が訴えていたが。




「ワハラよ」

「はい」

「これはちょっと拙いな」

「ですね」


 立て直したファーズン軍は組織だって行動を再開しだした。

 軍の一部を下げて再編し動き出した敵に対し、イマームが指揮するアフリズム軍は防戦の一途を辿っていた。

 盾を前に掲げ間合いを詰めてくる敵に、最初の『剣で敵を仕留める』という意志は感じられない。だからこそ厄介であり恐ろしくもある。


「あれだな。たぶんミキたちが指揮官を殺し過ぎたんだろうな」


 困ったと言いたげにイマームは頭を掻いた。


「お蔭で古参の兵たちが今までの経験から学んで来た血肉を元に行動している。これは正直あれだな……ヤバいな」

「でもそんな敵を斬り裂いて突き進むのが貴方の仕事でしょう」

「……」


 副官の言葉に将軍はやれやれと肩を竦めた。


「なら戦い方を変えるぞ」

「どうぞ」

「……このまま突破して、一度敵の外に逃げる」


 迷うことなくイマームはそう告げた。


「全員全力で逃げろ!」


 指揮官としては最悪に等しい掛け声を発し……イマームは握った剣を振るってとりあえず逃げ出すことにした。




(C) 甲斐八雲

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