其の拾陸
勢い良く振るわれる鍬に、周りで作業をしている狼たちが手を止めて見入る。
恵まれた体格と分厚い筋肉。上半身裸の巨躯の男が鍬を手に、穴を掘り進めているのだ。
彼は潰えた国でショーグンと呼ばれていた人物だ。誰もその詳しい素性を知らない。
そんなショーグンの近くに幼い少年がやって来て、掘り返された土を見つめている。
しばらく気にもしなかった彼だが、余りにも熱心に探す様子に興味を覚えて手を止めた。
「何を探している?」
「こんな綺麗な石」
「石か」
少年の手の中には小指の先ほどの石が何個か握られていた。
どれもが濁ってはいるが透き通った石だ。
「何に使う?」
「うん。あの子にあげようかと」
「……」
誰の入れ知恵だかは知らないが、この齢の少年に教えるべき知識ではない気がする。
自分とて妻を得て家族を持っていた身だ。女性の扱い方など……花束ぐらいしか渡していなかったことを思い出し苦笑した。
「坊主」
「なに?」
「気になるなら傍から離れるな」
「どうして?」
不思議そうな目を向けて来る少年に、彼は珍しく笑いかける。
「他の男に取られるぞ?」
「大丈夫だよ。ここには男の人が少ないし」
「そう思っている方が危ない。彼女らはミキの指示であっちこっちに行くからな」
「……」
何か思い当たることでもあったのか、ソワソワし始めた少年が浮足立つ。
「まああれだ。男だったら物に頼らず自分の言葉を確りと伝えろ」
「……分かった」
見つけた石を握り締め、少年タインは駆けて行く。その背を見送りショーグンは笑った。
「カカカ。闘技場で恐れられていた男が少年に愛を説くか。世も末よのう」
「居たのか。老人」
「カカカ」
不意に湧いて出た老人にショーグンは渋面を作る。余り人に見られたくはない所を見られた。
「気にするな。愛を説くことは大事ぞ?」
「……自分はそれほど説いてませんがね」
鍬を握り直しまた振るい始める。
面白いように掘り進めるのは、彼の怪力があるからだ。
「何の何の……少しその胸の内を語るが良い。儂とて昔は人々の苦しい胸の内を聞いて道を示すようなこともしていた」
「戯れを」
あのミキが最も警戒する老人だ。その理由が何となく分かる。
スルリとこちらの懐に入り込んで来るのだ。
「意外と本気ぞ? 迷いがあると人は本気を出せん」
「自分に迷いがあると言うか?」
「ああ迷っておる。だから次は石に当たる」
ガツッとした衝撃が鍬に走る。先端が埋まっている石に当たったのだ。
「何気なく石を避けていたようだが、迷っているから石と当たる」
「迷いか」
先端の刃を確認し、ショーグンは老人に顔を向けた。
「なら一つ問おうか」
「言うてみよ」
「俺はセイジュの元までたどり着けるだろうか?」
それがショーグンが抱える悩みであり迷いだった。
「敵はの数は万にも達する。だがこちらは少数だ。どう足掻いても敵の壁を貫いて喉元深くまで行けるとは思えない」
「だろうとも」
グッと鍬を握り彼は息を吐いた。
「セイジュのこの手が届く場所までたどり着けるのか……正直分らん。だからこそ怖い。力尽きた先にあれが居たら? 家族の仇も取れないとなると……何故あれほど人を殺して生きて来たのか」
「カカカ。深い深い」
笑い老人はツルッと頭を撫でる。
「お前さんはたどり着けるさ」
「……本当に?」
「ああ。だがあれを討ち取ることは出来んだろうな。さてどうする?」
問われて悩む。辿り着いても殺せない。自分の手では殺せない。
「……誰でも良い。あれを殺してくれるならば」
「うむうむ。その覚悟ぞ。それがあればセイジュは死ぬだろう。そしてお主もな」
「構わない。俺は復讐さえ遂げられれば十分だ」
「ふむ。その復讐に胸を滾らせるのは自身の育った環境が関係しているのか?」
「どうだろうな」
改めて鍬を握り、ショーグンは穴を掘りだす。
「俺は子供の頃から奴隷だった。こうして鍬を手に畑を耕すか、薪を割るか……そんな生活を送った。だが育つにつれてこの体だ。闘技場に売られてそこで育った」
道具を振り下ろす先が、畑や薪から人になっただけだ。
「闘技場で言葉や文字を覚えた。本を読めるようになった。戦うことに虚しさを覚えた頃……王に見いだされた」
そして直属の傭兵部隊へと加わり活躍した。
「結果として俺は血に汚した手で得られなかった物を得た。一番欲した家族を得た」
「だからの復讐か?」
「ああ。だからの復讐だ」
生まれてから焦がれた家族を踏みにじったあの女だけは決して許せない。
脳天に斧を振り下ろし真っ二つにしたいが……出来ないなら喉にでも噛みついてやる。
ショーグンと呼ばれた男は自身の覚悟を決めて鍬を振り下ろし続ける。
その様子に老人は笑い……姿を消した。
「器用なもんだな」
「そうか」
「ああ。剣を振るうよりこっちの方が才能がある」
ゲラゲラと笑う狩人にミキは苦笑し矢を番える。
引いて定めて放てば……矢は飛んで行き、的の中央に当たった。
「またか。恐ろしいな」
「教えているのが良いんだろう」
「それを加味しても上出来だ」
カロンの調子が良いことで機嫌の良い老人はまた矢を投げて来る。
ミキはここ最近矢を撃つ練習ばかりしていた。
フラッと来た果心居士に言われたのだ。『矢を射ることを学んでおけ』と。
お陰でディックに弟子入りし、指の皮がむけるほど矢を撃ち続けている。
「俺は剣で生きたいんだがな」
「諦めろ。生き残るなら何でもすることだ」
「そうだな」
苦笑し矢を放つ。また的の中心に当たった。
(C) 甲斐八雲
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