西部編 参章『辿り着いたその場所で』
其の壱
「ここが川のトイルトか」
「ええ。貴方たちの話が……まあ本当なのでしょうね」
レシアと言う存在を知ったマリルは呆れた様子で笑った。
「本来なら南部との交流はこの地で行われるの。西部に残る唯一ファーズン以外が支配している場所よ」
「でもファーズンの兵らしき姿が見えるが?」
「それがこの国の現状よ」
支配しているのはトイルト王国のはずだが、敵対しているファーズンの商人が訪れる関係で色々とグレーな部分が生じている。
港町の権力者は、ファーズン商人の金銭で目を曇らされなあなあで色々と許している。
衛兵の見回りなどの軍事情報すら伝えてしまうほどにだ。
「港に居る人たちはぶっちゃけてしまうと、この場所が戦場にならなければどうでも良いのよ」
「ある意味で潔いな」
「ええ。でもそうなったのにも理由はあるの」
港町の食堂の一画……店先に置かれている机の一つを占領し、ミキたちは話をしながら食事を楽しんでいた。
また海の傍と言うことで出てくる料理は海産物が多い。
ミキとしては西部と言う地に色々と思うこともあるが、食事に関して言えば大陸で最も好きな場所であると言える。
ただ食事を楽しんでいるのはレシアだけで、ミキとマリルは話ばかりだが。
「ファーズンがまだ鉄のファーズンと呼ばれていた頃から、剣のコロルタとずっと争っていた。お互い戦うことが好きな国であり、闘技場の数が多いのもこの二つの国だったのよ。でもある日を境にファーズンに宗教と呼ばれる物が広がりあの国は強くなりだした」
グラスに注がれたワインを口にし、マリルは息を吐く。
「最強の傭兵部隊をヨシオカの一族に倒され、コロルタは一方的な暴力に曝された。その様子は本当に酷くて……それを知る西部の者はあの国に対して逆らう気持ちを失った。心を折られたのよ」
静かに頭を振って美人は改めてフードを被り直す。
この港町に来てから彼女は顔を隠すようになった。
理由は聞く必要など無い。たぶん色々とやりすぎたのだろう。
「トイルトも王国と言う体裁を保っているけれど、実質は崩壊状態よ。半ばファーズンの属国と言っても過言ではないのよ」
やれやれと肩を竦めてマリルは口を閉じた。
レシアは魚の揚げ物を口いっぱいに放り込んで口を閉じたままだ。
腕を組んでミキは少し考え始めた。
大陸の西には元々五つの国が存在していた。
南部との交易を持つ川のトイルト。
白虎が住んでいる沼のクローシッド。
大陸の最西端である海のアガンボ。
大陸最強の武装国家と謳われた剣のコロルタ。
そして……宗教を広め支えとする鉄のファーズンことファーズン王国だ。
大陸西は中央と区切るように川と岩山が存在する。
北部との間に存在する岩山には凶悪な化け物たちが跋扈し人を寄せ付けない。
南部との間に存在する川は、過去何度も争ったせいで複数の罠が存在し安全に渡れない。
結果として大陸西部は大陸から孤立し、互いの国を食い物とする争いだけが繰り広げられた。
「なあマリル」
「ここではマリーよ。マリーと呼んで」
「ああ。マリー」
「何かしら?」
「大陸中央に行く方法は海しかないのか?」
その問いに美女はうっすらと笑い目を細めた。
「何処で聞いたの?」
「まあ色々だ」
「本当に……貴方たちには驚かされるわね」
クスクスと笑い彼女は口を開いた。
「実はある場所から大陸の中央に渡れる場所が存在しているの。でもそこにはファーズンを裏切った男が作った国が存在しているのよ」
ゆっくりと机の上に肘を乗せ、組んだ手の上に顎を乗せる。
美人は何をしても絵になるな……とミキが思っていると、妻の爪先が足を狙うように動いて来たので回避しておく。
「ファーズンではその場所を、『壁のセキショ』と呼んでるわ」
ファーズンに宗教が広まり始めた頃……一人の天才がその地に現れた。
文武に優れた彼はたちまち国の中核をなす存在となり、コロルタ攻めで大きな功績を得た。
しかし彼がやった最大の功績は、川の一部に橋をかけて大陸中央に進む道を作ったことだ。
大陸の西を支配下に置き、それを足掛かりに大陸全土を支配下に収める。
ファーズンの者たちは大陸の覇者になるという夢に酔いしれた。
天才の彼が裏切るその時まで。
橋の対岸に作られた砦は、他国からの攻撃を塞ぐ存在であった。
だが対岸側に小規模な街が作られ、その街を護るように壁が作られた。
結果として橋に蓋をするように壁が作られることとなり……そして壁に住まう住人が一斉に蜂起した。
ファーズンと敵対することを選んだその場所に兵が向けられる。
何度も攻めて何度も負ける。
無敗を誇る天才の攻めが余りにも単調で……そこで誰かが気づいた。
あの場所を誰が主導して作ったのかを。
囚われた彼はあっさりと自分の行いを認めた。
『ファーズンの魔の手を大陸中央に向ける訳にはいかない』と。
『単調な攻めも国から兵を失わせる為の策である』と。
全てを認め……彼は罪人として処刑された。
だが身重な妻は事前に逃げ出し捕らわれることは無かったと言う。
(C) 甲斐八雲
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