其の捌

 街道を逸れ、けもの道のような場所を進む。

 先頭を行くのは……何かしらの獣の後を追うレシア。次いでマリル、そしてミキだ。


 先頭を頭を抱えて半泣き状態の妻が進む。

 まるで道案内されているかのように鬱蒼と茂る雑草が自然と左右に別れる様子を見ていると、彼女の前を何かしらの存在が歩いているのかもしれないと思えて来た。


「ねえミキさん」

「聞くな。頭で考えると疲れるだけだ」

「でも……」


 歩みの速度を落としたマリルが、ミキに背中を預けるようにして声をかけて来る。

 その目は自分の経験からかけ離れすぎている事柄から離せない様子だ。


「これがあれの普通だ」

「普通って」


 信じたくない気持ちは分かる。それでも実際に起きるのだから仕方ない。


「一緒に旅をして来て一つだけ分かったことがある」

「……なに?」

「自然と言う存在は、たぶんきっと純粋な存在を好むのだろうとな」

「……」

「知恵が足らないとか性格が幼いとかはどうでも良いらしい」


 妻の悪口にしかなっていない言葉を聞いて、マリルは引き攣ったような笑みを返すので精いっぱいだった。


「ミキ~?」

「全力で褒めてるぞ」

「なら良いです。こっちですよ~」


 頭の痛みが取れたのか……彼女は軽い足取りで前を行く。


「ただ……あれを見てて常に思うことがある」


 呆れつつもマリルの背を押しミキは破顔した。


「レシアを見ていると本当に楽しいってことだ」

「そうね」


 力無くマリルも頷く。


「見ている分には本当に楽しいわね」


 関わらなければと言う本音を心の奥で蓋をしながら。




 街道を反れてから五日ほど進むと……三人は岩場へとたどり着いた。

 唯一何かしらの存在と意思を通わせられる妻が言うには、剣のコロルタと呼ばれていた国の近くだそうだ。


『何故そんな場所に?』と訝しむミキに、言葉の足らないレシアが必死に説明する。


「あれです。この子が言うには……剣の人たちが毎日のように押しかけて来るのが面倒臭くて……だから死んだことにして逃れようと思ったら本当に死んじゃって……でも役目があるから死体を隠して……みたいな?」


 パシッと妻の頭を叩いて評価とし、ミキは深々と息を吐いた。


 言葉が足らなくても今まで拾い集めた情報から相手の存在は何となく理解している。

 西の守り手と言えば白虎に準ずる存在しか居ない。


 果心居士から伝え聞いた話では、白虎は死んでいるということだった。

 それが事実だっただけだ。


 うるうるとその目に涙をいっぱいに溜め込んだ妻にミキは視線を向けた。


「なら聞け。俺たちをここに連れて来た訳を」

「……はい」


 拗ねながらも命じられたことはちゃんとやる。

 レシアが聞いた限りでは、思った通りの答えだった。『巫女に渡す物がある』と。


 またフラフラと歩き出したレシアの後を続くと、洞窟の入り口が姿を現す。

 入り口には小型の肉食獣を思わせる獣たちが居て、侵入しようとする者を警戒していた。


 マリルなどはその姿に驚きミキにしがみ付くが、『通りますね』と軽い口調で話しかけるレシアに襲いかかる気配もない。あっさりと場所を譲って道を作る。


「面倒臭いからお前一人で取りに行って来い」

「あ~! そろそろ私も怒りますよミキ! ここ数日凄く態度が冷たいですし!」

「馬鹿のお前に少々腹を立てているだけだ」

「む~! 仕方ないです! 私はミキのように頭が良くないんですから!」


 憤慨して声を荒げる彼女に周りの獣たちが呼応した。


 ゆっくりと立ち上がり、牙を剥いてミキとマリルを威嚇する。

 が、刀に手を置いたミキが放つ殺気を感じ取り……彼らは反射的に間合いを取った。


「レシアより獣の方が賢いな」

「むが~!」

「良いから行け」

「嫌です。ミキと一緒が良いです」


 完全に拗ねてしまった様子の彼女に呆れつつ、ミキは仕方ないといった様子で頭を掻く。


「全く。我が儘な奴だ」


 やれやれと歩き出したミキは、マリルが立ち止まっていることに気づき顔を向ける。

 顔面蒼白と言った様子の彼女を見て……無理強いは可哀想だと素直に思った。


「レシア」

「は~い」

「この獣たちに命じてマリルを護ってやれ」

「分かりました」


 引き受けて意思を通わせると、遠巻きに警戒していた獣たちがのんびりと歩いて来てマリルを囲う。

 それはそれで恐ろしい状況なのだが……恐怖の余りに思考停止に陥ったマリルは声も出せない。


「ならちょっと行って来る。たぶんすぐに戻るはずだ」


 フヨフヨと逃げ出そうとしている球体を捕らえ、ミキとレシアは洞窟の中へと入って行った。




「これか」

「です」


 ミキがかざした松明の火にそれが浮かび上がる。


 洞窟の一番奥には朽ちた死体が転がっていた。

 大きいのはその骨からも分かる。


「なぁ~」


 と、猫の鳴き声がし、転がる骨の間から子猫が出て来た。

 うっすらと神々しい光を放つ白い子猫だ。


「……正直に言って東の青龍が一番まともだった気がするな」


 素直な感想が思わずミキの口からこぼれていた。


「こけ~!」

「にゃ~!」


 と、神聖らしい生き物が不満の声を上げるが、正直ミキは自分の判断が間違っているとは思わない。

 今まで出会ったモノの中で一番まともだったのは青龍だ。ある意味何もしなかったのが玄武だが。


 妻の手により抱きかかえられた白虎が、撫でられてゴロゴロと喉を言わせているのを見たら……ミキの口からため息しか出て来なかった。




(C) 甲斐八雲

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