其の伍拾
シャーマンたちの舞を見つめていた視線は、舞台から捌けて行く彼女らを追い続ける。
代わりに壇上に現れた男性に対し、残念気味な露骨な視線が向けられた。
内心嘆きたくなる気持ちを堪え、ワハラは腹の底に力を込める。
「今宵は聖地と呼ばれし場所よりシャーマンたちの『巫女』と呼ばれる至高なる存在が王の挙式の為にやって参った! その踊りはまさに最高にして至高! 軽い気持ちで見れば目が離せなくなるぞ!」
場を盛り上げる為にワハラは話しを盛に盛る。
王に対する負の感情を払しょくするには神聖化するのが一番だと言う発想からであるが……彼は自身の言葉に絶対の自信を持っていた。
それほどに巫女の踊りは素晴らしいのだから。
「さあ覚悟を決めよ! 今宵この場に王と王妃を祝福する為に奇跡が起こるのだから!」
喉が潰れそうになりながらもワハラは仕事をやってのけた。
静かに一礼し、壇上から捌けると……静かな笛の音が響き渡る。
とても静かで物悲しい音は、祝いの席には不釣り合いだ。
だが巫女に命じられたシャーマンの一人は、自身の全てを込めて笛を吹く。
と……舞台の中心に白い雪が姿を現した。
誰もが見つめていた舞台に突如として姿を現した彼女は、しっとりとした踊りを披露する。
舞台に上がる時に見せていたおかしな興奮は何処に捨てて来たのかと思うが、巫女の夫は呆れながらも見つめる。
その踊りが鎮魂の舞だとミキには分かっていた。
お祝いの場に踊るものでは無いと思ったが、彼女なりの配慮を感じた。
祝いの場だからこそ全ての悲しみを、負の感情を祓い清めたいのだろうと。
白い衣装を身に纏ったレシアは、場を清めるように踊り続ける。
優雅でありながら静謐染みた雰囲気を発する彼女の踊りは、次第に増える音によって動きを増して行く。
シャーマンたちが各々の音を奏で加わる度に、舞台上のレシアの舞がきらびやかになる。
まるで清らかな草原に舞う蝶のように……軽やかさが加わり、その動きに躍動感が生じる。
こうなるとレシアの踊りは止まらない。
『もっともっと』と音を求め、レシアが四方に求める。
彼女の踊りを見ている者は、彼女が何を求めているのか理解など出来ない。
だが心が揺り動かされ……自然と手拍子を送っていた。
音に手拍子まで乗り、これでもかと舞台上の彼女に音が迫る。
ニコッと見る者を蕩かせてしまいそうな笑みを浮かべレシアは踊る。
夫に宣言した通りに……今ある全力を発揮し、彼女はただただ踊り続けた。
結果として、彼女よりも見ている者たちが力尽きる状態となり、舞台の袖からやって来た夫の手によって強制終了させられ連行されて行った。
それでもウルラー王の挙式は、歴史に残る『最高のものだった』と長く語られることになった。
「ん~! 物凄くいっぱい踊れました!」
「踊りの時だけはお前の体力は無尽蔵だな」
「何ですか? 褒めてますね?」
ウリウリと上機嫌で夫の頬を突いて来る妻は、彼に背負われて運ばれていた。
踊っている時は無尽蔵に湧き出る体力も、動きを止めて少し休むと疲労を思い出す。疲労を思い出すと彼女はパタリと倒れて……動かなくなった。
手早く着替えを済ましてミキは妻を連れて会場を離れた。
巫女の舞で疲れ果てた群衆も、各々休憩を取りながら続く挙式を見ている。
ミキたちも離れた場所に腰を下ろし、二人で舞台の方を見つめる。
「ミキ~」
「ん?」
「あそこに鳥さんが居ます」
「……」
シャーマンでは無い女性たちの踊り子の間に見慣れた球体を発見する。
薄い衣装の女性に吸い寄せられたのか……球体が嬉しそうに羽を動かし続けていた。
「そろそろあれは焼いた方が良いかもしれんな」
「ですね。朱雀さんが居なくなってから酷過ぎます」
腐っても神格を得た鳥の一種のはずだが……見ていると邪な存在にしか見えない。
「まあ今は良い」
「ん~?」
踊り疲れている彼女が眠そうにしているので、ミキはため息を吐いてそっと相手の肩を抱いた。
「何ですかミキ?」
「ん? ……俺たちの夫婦の誓いをしていないと思ってな」
「っ!」
思い出したと言わんばかりにレシアの表情が驚愕に変わる。
「忘れていたのか?」
「……うっかりです!」
「忘れてたんだな?」
「……はい」
素直に認めてレシアは彼に抱き付いた。
「でもでもしたくない訳じゃ無いんです! うっかり忘れていただけでしたいです!」
「……もう要らないだろう?」
「ミキ~っ!」
その目に涙を貯めて必死に甘えて来る彼女の頭を優しく撫でる。
「そう慌てるな。形だけの誓いなんて要らないだろうって話だ」
「形だけ?」
「ああ」
告げてミキはそっと彼女を抱き寄せて体を跨ぐように自分の上に座らせる。
彼の太ももの上に腰を下ろしたレシアは、正面から相手の顔を見つめた。
「俺たちは夫婦だ」
「……はい」
「どちらかが死ぬまでこの誓いは違わない」
「はい」
「一緒に世界を見て回って楽しもう」
「はいっ!」
彼女の満面の笑みを独り占めし、ミキは彼女を抱き寄せる。
「ミキ」
「ん?」
「愛しています……貴方のことを。心の底から」
らしくないほど真面目な口調でそう告げ顔を寄せて来た彼女を、ミキは黙って受け入れた。
~あとがき~
これにて南部編肆章並びに南部編の終わりとなります。
将軍イマームもあっちの世界に居た人物です。
イマーム・クリー・ハンがモデルになっていますが、ほぼ空想の人物像です。ウィキで調べても出て来るか微妙な人物ですからね。
南部の王様との係わりは、エンディングに必要なのです。
よってエンディングの為に50話も費やしたと言っても過言ではない。
それでも収まりきっていない不思議クオリティー。結果として閑話で穴埋めすることに。
次回からは閑話となって、西部に向かう船上でのお話です。
結構重要な事柄を二話ぐらいで収めようかと思っています。
その次からは西部編です。バトル満載になる予定です。
(C) 甲斐八雲
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