其の肆拾伍
突き付けた二択にオルティナは沈黙しミキを睨みつけていた。
こちらの手の内を全て見透かしているような相手は……自分では御せない化け物だと理解した。
「自死などせん。それではあれに負けを認めることになる」
「ならば捕らわれて罪人として死ね」
相手が女性でもミキは容赦などしない。
手加減することはあっても罪人に対して男女に差など無い。
だから彼にはもうオルティナの存在などどうでもよくなった。
「さて……残りの者たちに問おうか? 自死か処刑か……ここで死ぬか。好きな方を選べ」
何度も言おう。ミキは容赦しない。
迫り来る死への恐怖に耐え切れず剣を抜き襲いかかる者たちは、彼を打ち倒し逃げることで生を繋ごうとしたのだろう。
その選択は間違いであるとも知らずに。
「離れてろよ」
自分の傍に居るような性格では無いと理解していても声は掛ける。
ただ何故か唇に彼女の感触を得たのは……優しくし過ぎたかと一瞬思ってしまった。
「情けはかけてやる。安心して逝け」
一撃死を与えるためにミキは相手の急所のみを狙う。
太刀が煌めく度に鮮血が舞い……数人斬り殺したところで尻込みしてしまった者たちは、床に根でも生えたかのように足を止めた。
「終わるか? ……否、終わりか」
姿を現したレシアが窓を開け放つ。
蹴破って入ろうとしていた先頭の男が勢い余って飛び込んで来て……室内が沈黙に包まれた。
「レシア?」
「あはは~」
笑いながら頭を掻いて彼女は姿を消した。
やれやれと呆れつつも……太刀の血糊を払い鞘に戻して片膝を着く。
臣下の礼を取るミキの様子に周りを囲う者たちは慌て出す。
「ウルラー王の御前であるぞ!」
窓から入って来た者も大声でそう告げると、傍らに控えて片膝を着く。
フードを外しローブを脱いだ男は、どこか呆れた様子で嘆息した。
「正体は告げぬと言ったはずだぞ?」
「王たる者が姿を隠し処刑の場に立ち会うのは宜しく無いと思ったまでです」
「ワハラも同じ考えか?」
「はっ」
どこか同じ空気を纏うミキとワハラの対応に、王も諦めて歩を進める。
突然の乱入に驚き戸惑う者たちも急ぎ臣下の礼を取る。だが王の目は一点を見つめたままだった。
自分に対し憎悪と殺意を含む禍々しい視線を向ける女性……実母であるオルティナを彼は冷めた目で見つめた。
「前王妃オルティナ」
「……」
「貴女とその同士が良からぬ企てをしていると言うことは分かっている。その企みが、このアフリズムの王に対しての反逆であると言うこともな。言い訳はあるか?」
「……」
睨み続けるだけの彼女は何も答えない。
故に王は視線を、体を動かし……自分に対して跪く者たちを見た。
誰もが顔色を蒼くし、隙あらば命乞いをしようとする雰囲気がある。
しかし王たる彼は強い意志でこの場に臨んだ。
「ミキ殿。イマーム」
「はっ」
「おう」
王は視線を母親に向け直した。
「オルティナ以外は処分せよ。慈悲は要らぬ」
「はっ」
「了解だっ」
二人の肉食獣が解き放たれた。
「……ん?」
寝台に差し込む光にゆっくりと体を動かしたイースリーは、光から逃れるように腕を目元に運び日除けにした。
全身を包む疲労感が、少しは剣術の鍛錬を受けているのにそれでも半端無い。
静かに呼吸を整え、昨夜のことを思い出して……顔を赤くしてジタバタと足を振るう。
余りの恥ずかしさに死にたくなった。
自分は自分が思っていたよりも淫らな女だったのではと、そんな気持ちに襲われる。
あんなに声を上げてと思い、誰かに聞かれていないかと不安にもなる。
絶えず王の部屋に使用人が居ることを思い出し……気持ちを暗くして身を起こした。
一糸纏わぬ自分の体を見て湯浴びがしたいと思いながらも、王から得た感触などを洗い流したくないとも思う。
余りの幸せに膝を抱き寄せて顔を隠す。
自分一人が幸せになってしまったことに罪悪感を感じる。
ともに苦楽を過ごした仲間たちは、全員もうこの世には居ない。
故に一人だけの幸せは……胸が苦しくて痛い。
「……王の許可を得たら皆のお墓を作ろう」
自分の心を癒す慰めの墓でしか無いと理解している。
それでも何もせずにこのままと言う訳にはいかない。
彼女たちが生きて自分と共に居た証を……墓と言う物で残したい。
「……王は?」
ようやくイースリーはそのことに気づいた。
自身をあれほど激しくせめ立てた人物は隣りに居ない。
だが忙しい相手だと言うことは理解している。
眠る自分を起さず部屋を出て行くことをする相手だと言うことも、だ。
「湯浴びをしましょう」
王の物となった証を洗い流してしまうことに抵抗はあったが、だがそれもまた今夜上書きされるだけだと思い至った。
ならば綺麗になって王の色に染まりたいと、そう思う自分はやはり幸せなのだろうと……イースリーは苦笑するほか無かった。
「王よ」
「報告を聞こう」
「はっ。反逆に加担せし者の処分を終えました」
「解った」
自分の目で見ていたとしてもウルラーはその報告を聞いた。
眼前に広がる死屍累々の状態でも……それが王としての務めであると理解しているからだ。
ただ予定に無いのは、将軍が彼に襲いかかり小競り合いが続いている程度だ。
「ワハラ」
「はっ」
「あちらは任せた」
「……はっ」
嫌気を滲み出している部下に苦笑しつつも、ウルラーは自身の務めを全うする。
「オルティナよ。残るはお前だけだ」
母親の処刑。それが王の務めだ。
(C) 甲斐八雲
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