其の弐拾弐

「何をそんなに不貞腐れている」

「いいえ。昔に義父に言われた言葉を思い出しておりました」

「ほう。何と?」

「はい。『狸と狐は信じるな。爺と僧侶は同類だ。爺の僧侶は不幸を呼ぶから会ったら直ぐに逃げ出せ』と」


 ウンウンと頷いて老人は頭を撫でる。


「言い得て妙だな。だが儂は破門された存在だから僧侶では無い」

「大差ないかと存じます」

「ほっほっほっ……」


 笑って老人は棺となっている石を叩く。するとそれは脆く崩れて砂地に消えた。


「ミキ! 今の見ましたか!」

「鳥が不意打ちしに来てるぞ」

「こにょ~! 地面から下半身を狙う助平さんめっ!」


 煩いモノ同士を遠ざけ彼はガシガシと頭を掻いた。


「ご老人に問いたい」

「何だね?」

「自分たちはいつから貴方の術に飲まれていたのですか?」

「いつからだと思う?」


 逆に問われて思案する。どこから……と言われると正直困る。

 依頼を受けた時はもう術に嵌っていた気もする。


 その前の砂漠で迷っていた時はどうか?

 あの時も果たして正気だったのか?

 あの井戸の落とし穴はどうだ?

 そもそも人を苗床にする虫など居るのか?


 疑問に次ぐ疑問が湧いて来る。


「ほっほっほっ……分からんか?」

「はい」

「……それではそこの娘っ子には追い付けんぞ?」


 痛い所を突かれてミキは顔を顰めた。


 だが老人はそんな若者の姿を見て笑うと、尻を突っつこうとする鳥を足蹴りしようとしている少女に顔を向けた。


「おうい。娘っ子や」

「はい?」

「儂と最初に出会ったのは何処か分かるか?」

「ん~」


 金色の鳥を踏みつけジッと目を凝らしたレシアはしばらく悩む。

 だが何か気づいたように手を叩くと元気に声を上げた。


「分かりました。いつだか焚火の前で私たちに、消える何たらのお話をしてくれた人です!」

「ほっほっほっ……正解じゃ」


 笑う老人の言葉にミキも合点がいった。

 自分たちを砂漠の何も無い場所に誘い込んだ人物……隊商の護衛だ。その護衛の正体が老人だっのだ。


「分かったか若いの?」

「はい。自分たちはあの時からご老人の術に嵌っていたのですね?」

「そうだともそうだとも」


 やらしい笑みを浮かべて老人は心底楽しそうに頬を緩める。


「術と言っているが……つまりは単なる暗示じゃよ。お主らはただただ儂の暗示に飲まれて夢を見ているだけのこと」

「随分と手の込んだことを」

「そうともそうとも。だからこそ楽しい」


 本当に楽しそうに見えるからミキは何も言えなくなる。


「レシア」

「はい?」


 トコトコと歩いて来た少女の尻をミキは思いっきり叩いてみた。


「にゃぁ~! ……がるる」

「暗示や夢と言うには痛覚はあるみたいですが?」

「あるともあるとも。別に全てが夢である必要は無い」


 言って老人は地面を軽く蹴る。するとそこから水が湧き出て来る。


「これは暗示だ。何も無い場所に水が湧いているとお前たちに見せている」

「レシア?」

「水です水です」


 頭から飛び込んだ馬鹿が踊っている。


「つまりこうすることも出来る」

「うなぁ~!」


 急の旋回から水が渦を巻き始め、レシアはそれに飲まれるように身を回す。

 ミキは相手の手を掴むと一気に引きずり出して抱きしめた。


 暗示だと言われているのにも関わらず、ミキの目には彼女が頭から爪先まで濡れているように見えた。


「ご老人の術はレシアの力まで誤魔化せるのですか?」

「逆だよ若いの。自然の力を用いて騙していると言って良い。だからこそその娘っ子は信じてしまう」

「……」

「全てはお国が"あれ"を相手するために作った物だ」


 笑い老人は腰を下ろした。

 釣られてミキも座り隣にレシアも座る。トコトコと歩いて来た金色の鳥は彼女の足の上に乗って座った。


「聖地より知らせがあってな。内容は『巫女が現れた』と言うことだった」

「その言いよう……何か引っかかりますが?」

「ああ。あそこに住む者たちは巫女と言う存在を常に求めている。結果白の力を持つ者を『巫女』と呼び出し崇めだす。お国が死してから今日の今日まで、どれほどの巫女が生じたか分かるか? 数え切れんほどだ」


 呆れた様子で笑う老人は懐から朱色の盃を取り出した。


「巫女が居るのに巫女を見つけて来ることもあった。だが奴らは分かっていない。巫女と言うモノをな」


 瓢箪の水筒を取り出し老人は盃に酒を注ぐ。


「巫女は白を持つ者なら誰でもなれる訳ではない。たぶん血でもない」

「では何なのでしょうか?」


 ニヤリと笑い酒を煽った老人は、熱い吐息を吐き出した。


「分からんだろう? ならば教えてしんぜよう……巫女を護る存在が生じた場合にのみ巫女は生ずる」

「……」

「お国には儂が居た。それから巫女と呼べる者は現れなかった。それは何故か? 簡単だ。必要が無かったからだ。だが今お主が居る。そしてその娘っ子と恋仲となって一緒に居る。意味は分かるか?」

「……必要になったから?」

「そう言うことじゃ」


 酒を空にして老人は最後の一滴まで喉に流し込む。


「巫女が必要となりお主が呼ばれた。否、どうやら武蔵の替わりに呼ばれたらしいが……儂は正直間違いだと思っている。今回の敵は強いぞ?」


 クククと笑い、老人はつまらなそうに地面に絵を描く。

 それはこの大陸の簡易的な地図であった。


「これより西……ファーズンを支配しているのは吉岡の一党と伴天連バテレンの化身じゃ」

「伴天連の化身?」

「うむ。この地は宗教が流行っておる」

「……つまり南蛮のデウスですか?」

「そうとも呼ばれているらしいな。儂は詳しく知らんが……」


 ニヤッと笑って老人は盃を大陸の西側を覆うように落した。


「その盃の下は奴らの領域。そして崇められている者の名は……天草なる人物じゃよ」




(C) 甲斐八雲

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