其の弐拾壱
「ミキミキミキ!」
襲いかかって来る亡者共を掻い潜りレシアが騒ぐ。
だがどんなに亡者が手を伸ばして来ても、指一本触れさせないのは流石だとしか言いようがない。
密集された状況で、ミキは打刀を大きく振るってまとめて斬る。
隙をぬって手を伸ばして来る亡者たちに触れられるたびに、体が冷たくなる感じを覚えながらもミキは刀を振る。
「レシア!」
「にゃんですか!」
「寒い! どうにかならんか!」
触れられる度に体温を失い続け、ミキは吐く息を白くしながら吠えていた。
ワタワタと慌てながら、レシアは辺りを見渡して金色の鳥を捕まえた。
「鳥さん鳥さんどうにかして下さい!」
「こけ?」
「……それは嫌です! この胸はミキのです!」
「こけぇ~」
「…………分かりました! ミキに頼みます! 今夜はお肉です!」
何かしらの取引を終え、鳥を頭の上に乗せたレシアが舞うようにミキの元へと来る。
「さあミキ……一緒に踊りましょう!」
「お前っ」
抱き付いて来た彼女を庇うように片腕で抱き締めミキは辺りを見渡す。
だがその視界を彼女の顔が支配した。
唇が触れ合い……彼女の口から燃え滾るような何かが注がれる。
「ぷはぁ~。頭が熱いです」
「上のが燃えてるぞ」
「うにゃ~。鳥さんそんな話は聞いてませ~ん!」
燃えた鳥を頭の上に乗せ、レシアがクルクル回りながら離れて行く。
だがその舞い散る火の粉に亡者共が慌てて逃げ出した。
「ほっほっほっ……邪魔をするでない」
「にゃ~! 鳥さ~ん!」
ふわりと現れた老人が彼女の頭の上の鳥を抓んで姿を消した。
「……途中で逃げたら約束は無しですよ~!」
「こぉけぇ~!」
『酷くない?』と言いたげな声が響いたが鳥の姿は見えない。
レシアはまた手を伸ばして来る亡者たちから逃げ出し、彼の見える範囲から決して離れない。
相手が見えていれば心配はない。
ミキは一度呼吸を整えると、打刀を正眼に構えて振るい出す。
基本は上段からの振り下ろしだ。
義父である武蔵ばりの剛剣を振るえるのは、相手に実体が無いからだ。
「拙いな」
「どうしましたか?」
「斬っても斬っても限が無い」
大きく息を吐いてミキは脇差を抜いた。
「レシア。悪いがもう一度頼む」
「ん~。今日はもう十分に踊ったので」
「踊ってくれたら後でお前の好きなようにして良いぞ」
ピタッと止まったレシアが彼を見る。
「……好きにして良いんですね?」
「好きで良い」
「本当ですね」
「約束して良い」
「わっかりましたミキ! さあそれを投げて下さい!」
今までの倍の速度で動き出したレシアに向けて、ミキは脇差を放り投げる。
それを優しく掴んで彼女はまた舞い始める。
するとミキは迷うことなくレシアに駆け寄りその背後に向けて打刀を振るう。
ブンッと空を斬った打刀から逃れるように、老人の影が笑いながら離れて行った。
「ほっほっほっ……気づいたか?」
「いいえ。ただの勘です」
「勘で自分の最愛の者に刀を振るうか?」
「ええ」
ミキは笑ってレシアの傍に立つ。
だが彼女はそんな彼を自然と避けるように、目も向けず脇差を振るって踊り続ける。
「俺の一撃などこれに当たる訳がない。それにレシアが俺を斬る訳がない」
「絶対の信頼と言う訳か?」
「はい。彼女は絶対に俺を傷つけないので」
そして迷うことなくミキは刀を振るう。
レシアごと斬る勢いで振るわれた刀を、彼女は目も向けずにクルリと回避する。
だがその背後に居た老人の影は、亡者共々二つに斬られる。
「それは本当に信頼か?」
「……だったら愛情でも何とでもお呼びください」
「もうミキったら~」
「しっかり踊れ。あとでの楽しみはどうでも良いのか?」
「にゃは~! 今からの私は止まらないですよ~!」
ノリにノッてレシアの踊りは加速する。
刀を握って舞い続けるレシアの圧に押されて亡者共は後退した。
老人はまた彼女に手を伸ばすが、ミキは迷うことなく刀を振るい亡者ごと老人を斬る。
「ほっほっほっ……知恵だけかと思ったら中々どうして動けるのう」
「はい。これぐらい出来ないと、我が一門では殺されるほどの罰を受けますので」
「流石は武蔵か……我が子にも厳しい」
不意に亡者が消えて影だけが残る。
すると老人の体を伝うように……まるで墨が流れるように老人の体を伝って地面へと消えた。
「ふむ。心技体は合格で良いのう」
「それはどうも」
「何より巫女とこれを連れていたらやりたい放題だがな」
言って老人は、取り出した金色の鳥をレシアに向かい放り投げた。
終わったことに気づかず、まだ踊っているレシアが持つ刀の先端に鳥の尻がプスッと刺さる。
「こけこっこ~!」
大絶叫が響き、流石のレシアも足を止めた。
手にしている物を見つめ……先端の惨劇を知る。
「みっミキ!」
「おう」
「今夜は丸焼きですか!」
「くぅおけぇ~!」
「あたた。いたっ」
尻から剣先を抜いて怒った鳥がレシアに襲いかかる。
しばらく低次元な争いを繰り広げる馬鹿たちを無視して……ミキは刀を鞘に戻して老人を見た。
「ほっほっほっ……愉快愉快」
本当に愉快そうに笑う存在に、ミキは腹の底から息を吐いた。
「ご老人」
「何じゃ?」
「自分は……老人と言う存在がどうも嫌いになりそうです」
「苦労をしていると見えるな」
苦労させていることを忘れた相手の言葉に、ミキは軽く殺意を覚えた。
(C) 甲斐八雲
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