其の弐拾

「この世界は儂らが元々居た世界とは根元の部分が根本的に違う。儂はそれを解明しようとも考えたが……途方もなく困難で不可能だと気付いた」


 静かに頭を振って老人は息を吐く。


「肉体はこうして維持出来ても……奪われた魂を取り戻せない」


 と、ミキは気付いた。


「ご老人」

「何だ?」

「はい。実は先ほど、たぶんお国殿とお会いしました。あれは一体?」

「……言ったであろう? 奪われていると」


 ジロリと視線を向け老人は言葉を続ける。


「死した者から抜け出た魂は自然が全てを掻っ攫う。結果として自然の中に取り込まれている」

「ですがそれでは少し納得いかないのですが」

「分かっている。お国がまるで亡者共の手伝いをしていたと言いたいのであろう?」

「はい」


 ギュッと抱き付いて来るレシアの温もりを腕に受けながら、ミキはただ静かな目で相手を見た。


「おかしいのだよ。のう娘っ子や」

「はい?」

「自然に還った魂はどうなる?」


 口元に指をあててレシアは虚空に目を向ける。


「……時間を掛けて巡って行くと言ってます」

「そうだ。そう言われている。だが何処へ巡る? 女の腹か? ならば人の魂とは使い回しなのか?」

「……」


 ギュゥッと抱き付いて来る彼女に難しい話を聞くのは責め苦でしかない。


「仮に使い回しだとしたら……自分たちの存在の説明がつかないと言うことですね?」

「そう言うことだ。儂らはあちらで未練を抱きこちらへと渡って来たと考えている。だが決して女の腹から産まれ出でていない。若いの……お主が覚えている最初はどうであった?」

「はい。山の中でうち捨てられた子供かと思われ拾われました」

「そんな感じだ。誰もが子供の頃に人気のない場所で現れる。つまり儂らは死してこちらへ渡り肉体を得て放たれる」


 確かにその通りだとミキも理解した。

 前に出会った家臣の宮田なども似たようなことを言っていた。


「つまり魂を使い回すのであれば、死した儂らの魂はどうなる? その中に加わると言うならこの世は魂ばかり増えて減って行くことが無い」

「そうなりますね」


 難しい話に現実逃避しつつあるレシアが抱き付くことに喜びを見出し、グイグイと抱き付いて来るのをミキは呆れつつも軽くさばいていた。


「そこでお国の話に戻る。自然が還すべき魂を何故捕らえている? そしてあれは亡者たちに手を貸す?」

「不自然にございますね」

「その通りだ。だからこそ儂らは考えねばならんのだ」

「何をでしょうか?」

「自然は本当に儂らの味方なのか?」


 その言葉に流石にレシアが何かを思ったのか、叫びそうになるのをミキはその口を押えた。


「ご老人。今思い出したのですが……我々をこっちに呼んでいるのは聖地の長老と呼ばれている者たちだったはずでは?」

「ああ。だがアイツらは自然の指示を、言葉を受けて実行している。つまりは自然なのだよ」

「もう許せません。自然はモゴモゴモゴ……」

「扱い方をよう理解しているのう」

「付き合いもだいぶ長くなりましたので」


 暴れるレシアの腰に片腕で回し口を押さえて黙らせる。


「ですがご老人の言葉を聞く限り、全て自然が悪いと結び付けるには無理がございます。うちの連れは聖地で巫女と呼ばれるほどの力を持っていますが、悪い者に騙されているとは思えない」

「ミキ~」

「頭が悪いから騙されていても気づかないかもしれませんが……それだったら自分が気づきます」

「ミキー!」


 上げて落されて忙しいレシアを押さえながらも彼は老人を見る。

 ニヤリと笑う年配の様子に……自分の考えが正しいのかもしれないと感じた。


「ご老人は自然に裏表があるとお考えですか?」

「そうであろう? 過去より自然とは人に優しくもあり厳しくもある。それは向こうでもこちらでも変わらない。ならばそう考えれば説明は付く」


 ツルリと頭を撫でて老人は息を吐いた。


「ここまで腹の内を明かせる者はお前が初めてだな。否……もう一人居たが、あの者は出会った時が悪くて直ぐに逝ってしまったからな」

「そうですか」


 軽く頭を振って老人は背筋を伸ばす。

 話している間違和感であった言葉遣いの変化……しかし老人の様子を見てミキは何となく納得した。


「ご老人」

「何だ?」

「気のせいか随分と若返っているように見えますが?」

「うむ。そうか?」

「ええ」


 そっと自分の前に居てふくれっ面のレシアの肩に手を置き、ミキは居る場所を変わるように一歩前へと出る。護る様に前へと出て……彼は腰の物をチラリと確認した。


「それと一つ伺いたい」

「何だ?」

「はい。ご老人の言葉が正しければ……きっと自然には二面の表情があって自分たちには想像の出来ない企みを考えているのかもしれません。が」


 左手飲む指を刀の鍔に指を掛け、ミキはいつでも抜ける様に構えた。


「もう一つの可能性を考慮すべきでした」

「ほう……それは?」

「はい。それは」


 得意の抜きを放つが老人の影を斬って捨てただけで手応えはない。


「ご老人が嘘を申している可能性です。否……貴方が本物の果心居士である可能性を問うべきでした」

「ほっほっほっ……儂が嘘を言っていると?」

「いいえ。試しているのでしょう? 貴方の目に適うかどうか……俺の実力を」

「うむ正解だ」


 パチンッと指を鳴らした音が響く。

 すると地面から湧き出るように黒い亡者共が姿を現した。




(C) 甲斐八雲

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