其の弐拾陸

 三人のシャーマンが奏でる音に乗ってレシアの踊りは止まらない。

 まるで彼女の為に作られたのかと思うほど、敷地内の中心にある庭の一部分に生じた空間で、月光を浴びて優雅に舞う。


 本来深夜の襲撃などは月明りを避けるべきなのだが、指揮したミキはその点を全く考慮しなかった。

 自分の実力や火薬、何よりレシアと言う存在がある。下手をすれば彼女は、雲を呼んで月の存在を覆い隠すぐらいことをやってのけてしまいそうだからだ。


 そんな紙一重な存在である天才シャーマンは絶好調で踊っていた。

 ここ最近ずっと隠れてこっそりと、部屋の隅でこっそりと……そのような場所でしか踊れなかった不満を大いに発散するべく全力だ。


 白の色を持つシャーマンであり、聖地では"巫女"として崇められる存在は……信仰の対象となる自然すらその手を差し伸べてくる。

 夜空に浮かぶ月を避けるように雲は行き交い終始彼女を照らし続け、ステージの上でスポットライトの明かりを独占するかのように舞い続ける。


 その華麗で優雅な舞に全ての人たちの視線を集め動かさない。

 精神支配にすら準ずる力を発揮する彼女は、楽し気に踊りながら内心ではプリプリと怒っていた。


(毎回毎回毎回……も~っ! ミキは私に厳しいんですっ! ここで踊ってずっとみんなの視線を集めておけだなんてっ!)


 捕らわれていた女性たちを七色の鳥さんの力を用いてその傷や怪我、病気までもを誤魔化し全員で建物を出て彼と合流した。

 相変わらず一人で全てを片付けていた彼は、抱き付いて来たレシアの頭を優しく撫でるとそっと耳元に口を寄せた。


『いつものを頼む。それで少し出て来るからここで踊っててくれ……見る者全てがお前の踊りから目を離せなくなるようなほどの奴をな』


 そっと覗きこまれた彼の目からは、『出来るだろう?』と言う強い問いかけを向けられた。


(むきぃ~! やれますって! やれますとも! 見てなさいミキっ!)


 挑まれれば全力でその喧嘩を買うのがレシアだ。

 だから彼女は自分の限界を発揮して見る者全ての視線を虜にしていた。


 喧嘩相手の彼がこの場に居ないことを忘れて。




「ブジムバの屋敷が襲われた。あそこは西からの怪しげな薬と富が流れて来ている」


 黒装束に身を包み部下たちに対して彼は言葉を続ける。


「薬は中毒性の強い物だ。たばこの葉にも似ている草だが、吸い続ければその無しでは生きられなくなる。我々はそれらの証拠を集め、西からの密輸である証拠を集めなければならない」


 砂の国アフリズムの王都より派遣されたその者たちは、強い意志を宿した目で上司の言葉に頷き返す。

 怪しげな薬などで自国が汚染されて行く様を黙って見ていることなど出来ないからだ。


「お前たちは屋敷に入った後に薬を集め確保せよ」

「……隊長は?」

「俺には別の使命がある」


 そう。彼だけは部下たちと違い別の仕事がある。それは、


「生憎だがシャーマンたちなら俺の仲間が救い出した。薬などに興味は無いから勝手に家探しして持って行け」


 突然投げかけられた言葉に男たちは一斉に振り返ると武器を手にした。


 軽く首を鳴らしながら近づく相手に……腕に自信のある者ははっきりとその力量差を痛感した。

 強すぎる。それが分かってしまうほど彼の纏う気配には隙が無かった。


「色々と面倒臭くなって来たからな……いい加減アフリズムの王族が何を考えてシャーマンを集めているのか言うと良い」


 スラリと剣を抜き、彼……ミキは情け容赦ない目で相手を睨みつける。


「言わずに死を選ぶならそれでも構わん。ただし正直に色々と語った方が国に対する忠誠に繋がると俺は思うぞ?」

「何を……」


 腰を落とし武器を握り締める隊長は、全身に嫌な汗をかきながらもミキを睨んだ。

 だが目の前の若者は、恐ろしいほど悠然と歩いて来る。


「お前らが言わなければ……言う者が現れるまで狩り続けるだけだ。結果として王族の首を全て狩ることになったとしても俺は止まらない」


 本当にやりかねない言葉に思えた。

 目の前の若者の気配は王都の近衛隊長ほどの物だ。

 あの千人斬りをやった隊長と同等と言うことは、この化け物が王都に向かい牙をむけば……その被害はとんでもない物になり得る。


 隊長は静かに自分の頭の中でそう結論を下し、自らの命と引き換えに自国民の命を守れるのならばと考えに至った。


「お前たちは屋敷に向かえ」

「ですが隊長?」

「俺はこの者と話をしなければならん。それにこの話はお前たちには聞かせられん」


 覚悟を決めた隊長の様子に部下たちは渋々従う素振りを見せる。


「行くのは構わんが、敷地の中に入ったら庭の方を見るな。真っ直ぐ建物の方を見て突き進めば捕らわれることは無いだろう」

「あそこには……お前以外にも化け物が居るのか?」


 隊を率いている者らしき人物の言葉にミキは苦笑する。


「その言葉は間違っている。あそこに居るのは俺以上の化け物だ。本気のアイツを見てその視線や魂を捕らわれないのはこの世界に数人と居ないだろうな」


 だからこそミキは彼女に全力を命じて踊り出す前に逃げて来たのだ。


 正直本気の彼女の踊りを見て魅入られない保証が無い。

 誰よりも愛している相手の踊りも加味すると……自分は間違いなく捕らわれるだろうと逆の意味での自信があった。




(C) 甲斐八雲

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