其の伍
砂漠を歩いて約二十日。
ミキたちが居る隊商は目的地である南部最大の交易都市ダンザムに着いた。
南部最大のオアシスを中心に発展する都市は、人と物とラクダがごった返すとても賑やかな場所であった。
「ミキ~」
「……お前にしては静かだな?」
「無理です。まず水浴びがしたいです。体を綺麗にさせてください」
「だから南部だと水は贅沢品なんだがな」
隊商護衛の仕事を終えて確り満額の給金を受け取ったミキは、手の中の小袋を複雑な思いで見ていた。商人たちは『若いの。本当にツイていたな』と言ってくれたが、動物などの襲撃に合わなかったカラクリを知る身としては複雑な心境だった。
そんな彼の隣でレシアが憤慨する。
「あそこにあんな大きな水たまりがあるじゃ無いですかっ! ぴょ~んと飛び込んで体を洗うくらい良いでしょうっ! いたっ!」
「良くない。お前また人の話を聞いてなかったな?」
叩かれた頭を押さえ、恨めしそうに見て来る相手にミキは肩を竦める。
「あの場所はこの街では神聖な場所なんだ。飛び込みでもしたら捕まって縛り首だぞ?」
「ふぇ?」
「やっぱり聞いていなかったな」
初めて聞きましたと言わんばかりの態度に、ミキはその目を座らせて相手を睨む。
「……ごめんなさい」
素直に自分の非を認めたレシアの首根っこを掴まえると、一先ず休める場所を求めて二人は食堂へと入った。
いつも通りの『この店で人気になっている物を五人前』と注文し、彼らは日の当たらない奥まった場所に腰を据える。
「そもそもあのオアシスは国の管轄で、この街に住む人でも容易に近づけないらしい」
「どうしてですか?」
「仮にあれに毒でも入れられてみろ……まあそんな大量の毒なんて難しいがな」
「ぶ~」
どうやら話はレシアが苦手としている頭を使うことのようなので、増々彼女は拗ね始める。
「あのオアシスに入ることが難しいなら、この街に住む人たちはどうやって水を得ているんですか?」
「井戸だな」
「……」
あっさりとした答えにレシアが一瞬間抜け面を見せる。
「おかしくないですかっ! あそこにあんな水があるのに井戸なんてっ!」
「別におかしくないぞ? あれだけ大量の水があるってことは、この辺りの地下には水があるって証拠だ。つまり掘れば出る。だから掘って使う分の水を集めるんだ」
「納得いかないです~」
運ばれてきた食事に八つ当たりを開始し、レシアは終始膨れたままだ。
ミキも食事を済ませると、店員に宿の交渉を持ち掛け……本日の宿を決めた。
「ぶ~です」
「なに膨れてる?」
「水浴びがしたいです」
「我が儘だな」
「ん~」
ベッドの上で頬をパンパンに膨らませて拗ねるレシアを他所に、ミキは七色の球体から荷物を引き抜く。
コンコンッ
「お客さん。頼まれた物だけど?」
「ああ済まんな」
部屋の鍵を開け外に出た彼は、荷物を引き取り戻って来る。
彼が押して来るのは大きな……人が入れるほどの木製のタライだった。
「洗い物は良いけど使う水には気をつけな。軽く汲んでもとんでもなく高額になるからね」
「らしいな。他所の国から来た者が最初に驚くのが水の値段だとか?」
「ああ。それで破産した者なんてたくさん居るんだよ」
店員と協力して部屋にタライを設置したミキは、彼に駄賃として小銭を握らせた。
「若いのに気前が良いな」
「そうか?」
「……水の融通は難しいけど水を汲む時は声を掛けな。地元の者にしか出来ない方法で少し誤魔化してやるよ」
「ああ。その時は頼む」
相手を見送り鍵を掛けると、期待を込めるランランとした目で彼女がミキを見ていた。
「お水は?」
「流石に高くてそのタライ一杯は難しい」
だからと言いたげにミキは、机の上に座っている鳥を掴みタライの上に運んだ。
口から手を入れてそれを引っ張り出す。ゴロンと転がり出て来たのは大きな袋だった。
「あ~。これって」
それを見たレシアには身に覚えがあった。
狼が捕まえて来た獲物の皮らしい部分を集めて作らされた袋だ。
何に使うのか彼は最後まで説明してくれなかったが、ことあるごとに縫い仕事をさせられて何度も何度もダメだしされた。
彼はその袋の口を結んでいる革紐を解く。すると中から大量の水が出て来た。
「ふえ? 水……どうしてですか?」
「これだよ」
「わっとと」
投げられた物を受け取りレシアはそれを見る。
手の平の上に置かれる大きくて綺麗な宝石のような石。
それは北で岩のような亀に貰った物だった。
「私の服を濡らす憎き石ですよね?」
「……マガミが言うにはとても貴重な物らしいがな」
こんな事もあろうかと、ミキは人狼から色々と話を聞いておいた。
その中には双頭の蛇から貰った紐や亀から貰った石なども含まれている。それぞれ使い方があるらしく……石の方は『水を生む』ことと『水を綺麗にする』ことが出来るらしい。
つまり空の水筒に入れておけば、決して汚れていない水を延々と得ることが出来るのだ。
「お前が作った水筒がこの大きさだったからな。水浴びするには少し足らないが我慢しろ」
「はい。……えへへ。やっぱりミキです。大好きです」
抱き付いて嬉しさをキスで表現したレシアは、隅々まで体を洗い満足した。
その夜徹底的に彼に愛された彼女は、翌日残った水で体を洗いながらまた拗ねたのだった。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます