其の拾玖

 祭りの運営を担う者たちが酔い潰れ、転がっている間を確認しながら歩を進める。


 居ない。連れに来たタハイの姿がどこを探しても無い。


 ミキはもう一度探そうかとも思ったが、ならば聞く方が手っ取り早い。

 比較的酔ってい無さそうな男の頬を軽く叩いて確認すると、タハイは優勝賞金を受け取り随分と前にこの場所を出て行ったことが分かった。

 ただ『随分と前に』の言葉が気になる。


 ミキはその場を離れ、ゆっくりと辺りを見渡した。


『自分ならどこで仕掛ける?』


 自問に対して体が反応する。

 歩き出しゆっくりと辺りを気にかける。


 まず人に見つからないのが最優先だ。次は人家の傍でない方が良い。

 この村に滞在してから自分の足で拾い集めた頭の中の地図に×を付けていく。

 何より確実に通る場所を押さえることが大切だ。


 ならば川に渡る橋だ。


 推理を終えて足を急がせる。

 行きは夜空を見上げながら渡った橋のたもとに降りて辺りを確認する。

 木製の確りと作られた橋脚の影から覗く人の足。


 近づき確認すれば……見覚えのある人物だった。


「兄ちゃんか……ホシュミに頼まれたか?」

「否。旦那の方だ」

「そうか。ラシムか」


 顔をしかめて笑う彼の傍らに膝をついて確認をする。


「足は両方か?」

「ああ」

「右手は……これはもう無理だな」

「だろうな。正直感覚が無い」

「馬鹿をしたな。相手の狙いはそれだろうに?」

「娘の結婚祝いにどうしても必要だからな……死んでも離せんよ」

「結果死んでしまえばホシュミは泣くぞ?」

「そうか……そうだな」


 軽く咳き込むと口元を鮮血が濡らす。

 両足を折られ、右腕は肘より先がズタズタとなっている。唯一無事なのが左腕だ。


「いっぐぅ……」


 ミキが触れて確認すれば、タハイの顔が苦痛に歪む。


「あばらも何本かやられているな?」

「知らんよ」


 会話をしているのが不思議でならない。

 強い精神力で痛みを抑え込んでいるのだろうが……激痛の余り気絶しててもおかしくない。


 ミキは相手を肩に乗せると荷物の様に抱え上げた。


「うぉぉおお! 胸がっ!」

「済まんな」


 肩の上で相手を動かし支点を腹とする。

 あばらにかかる負担は減ったが、どっちにしろ歩く振動でタハイは悲鳴を上げる。


「良く死んでなかったものだな」

「まだ死ねん。娘の結婚式も見とらんしな……」

「そうか」


 出来る限り揺らさないように注意しながら、ミキはその足を急がした。




「オバちゃん!」

「……」


 この村……ソルシーアには医者など居ない。居るのは薬草に詳しい女性くらいだ。

 だがその人物ですら匙を投げた。助ける方法など分からないのだ。


「ミキさん!」

「……」


 ボロボロと涙を溢し必死の形相を向けて来る相手に、彼とて良い返事は出来ない。


「あばらは布を巻いて固定しておくしかない。薬草など貼るのも良い。足は現状固定をして無事に骨が付くのを願うしかない。最悪片方……あるいは両方が動かなくなるかもしれん」

「……」


 ミキとて分かっている。

 この場に居る全員の視線は怪我人の利き腕たる右を見ている。


「無理だ」

「どうにか!」

「無理だ。そのままにしておけば傷口が腐る。そうすれば全身に毒が回って助からん」

「……」

「至る所を骨折している現状ですら良くは無いんだ」


 そう。皆が願うのは、職人としての彼の腕が無事に機能するかだ。

 神仏が気まぐれでも起こさなければ治りようの無い怪我だ。


 ミキに出来ることと言えば決まっている。『腐る前に腕を切り落とせ』だ。


「ぎゃーぎゃー騒ぐな。俺はもう終わりだ」

「父ちゃん!」

「黙って聞いてろ! 俺はもう職人は出来ん。これからはラシム……お前がここを仕切れ」

「っ!」

「心配するな。俺が生きてる間は口出ししてやる……その間に奪える物を全て持っていけ。良いな?」

「……はい」


 深く頷く婿に、周りの仲間たちに……タハイは大きく鼻を啜った。


「兄ちゃん」

「何だ」

「肩だ。肩から綺麗に頼む」

「良いんだな?」

「ああ。何よりこのままだと血が抜け過ぎて拙い」


 ミキの見立ても同じだ。

 じくじくと流れ続ける出血に、彼の顔色は決して良く無い。


「誰か? 焼きごて……鉄の棒を熱しておいてくれ」


 布を搾って縄とし、ミキはそれでタハイの肩をきつく縛った。


「頼むよ」

「ああ」


 必死に右腕を横に伸ばすタハイの背中を見つめて、ミキは腰の物を抜いた。

 鍛冶屋要らずの名刀は……常に研がれた様な刃を見せる。


「さあ! やってくぅぅうおっ!」

「力むと痛むからな」

「……それでも覚悟は要るだろうがっ!」


 トンッと軽く振り下ろされたミキの太刀によって、タハイの右腕は床に落ちていた。

 全身を震わせて忌々し気な目を向けて来る相手に、ミキは苦笑して刀を鞘へと戻す。


「傷口を焼いて止血しろ。後は塩をすり込んでおけ」


 周りの者たちに指示を出し、ミキはその場から離れようと足を動かした。


「……兄ちゃん」

「ん?」


 彼を呼び止めた声はタハイの物だ。

 顔中に脂汗を浮かべ必死に唇を噛み締めてミキを睨む。


「これは流れの悪共にやられたことだ。この村の者の指図じゃねえ」

「……良いのか?」

「ああ。それで良いんだ。それで……」


 カクンと白目を見せ、タハイは燃え尽きた様子で意識を失った。




(C) 甲斐八雲

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