其の弐拾

 レシアを彼女に預けて先に帰った理由がミキにはあった。

 夕方に御者と会話をして確認を取ったのだ。

『もし街で盗みを働いた者がこの馬車に居ると知られたらどうなるのか?』と。


 御者は『そんな物騒な話は勘弁して下さいよ』と笑いながら、掻い摘んで説明してくれた。

 この国の兵は乗馬技術に優れた者が多い。

 乗り合い馬車程度なら数人で追い駆けてくるなど容易らしい。


 なら大丈夫だろうと、彼は今回迷うことなく刀を振るったのだ。


 のんびりと歩いて来た彼を待って居たのは、数人の兵士と何やら困り顔で話をする御者だった。

 兵士の一人が老婆と話をしているが、どうもうまく会話が成立していない様子だ。


 と、兵の一人がミキに気づいた。


「お前は何者だ?」

「済まん。連れと水浴びをしに行っていたのだが……どうした?」

「兵士さん。その人はこの馬車のお客さんに間違いないです」

「そうか。実は街からこの老婆が居なくなったと言う申し出があり、似た者がこの馬車に乗ったと言うので追って来た」


『そうですか』と気軽に応え、ミキは自分の荷物へと向かう。

 適当に着替えを取り出す振りをしていると、


「連れはどうした?」

「若い男女が離れた場所ですることなど説明する必要も無いだろう? ただ終わった後に火照った体を冷ますんだと着替えを忘れて小川に飛び込んでな……今はあっちで水浴び中だ」

「……そうか」


 苦々しく笑った兵は荷物を漁るミキから視線を外す。

 何より老婆を連れていたのは中年の女性だと皆の証言が集まっている。


 それと幼子を連れた親子が居なくなっていることも話題に上がっていた。

 当然ミキにも話を振られるが、レシアの下着を持ちながら『見ていない』と答えておく。


「その三人がどう繋がっているのかは分からないし、別の案件なのかもしれないが……我々は老婆を連れて街へと戻る。もし何かあったら次の街で申し出てくれ」

「はい」


 兵士とのやり取りは御者に任せて、ミキはとりあえず荷を持って小川へと戻る振りをする。


「行っても良いか?」

「ああ構わんよ。もし何かあったら報告してくれ」

「分かった」


 フラッと歩き出してしばらくしてから立ち止まり待つ。


 焚火の方では兵士たちが馬に乗って走って行く姿が見える。

 月が眩しいほど明るい夜だから走って行くことは無理では無いだろうが……付き合わされる老婆も気の毒だ。


 やれやれと肩を竦めていると、レシアを抱えて歩いて来る女性に気づいた。


 明るい笑みを浮かべて、時折抱え直しては少女の顔に頬ずりする。

 まるで自分の匂いを擦り付けている様な動きだ。


「その匂いのお蔭で今回は相手が絞れたからな」

「あらそうなの?」

「……分かってやってたくせに」


 クスクスと笑う女性はそのままレシアを彼に渡す。

 全身をヒクヒクと痙攣させて締りの無い表情を見せているレシアだが、抱く相手が最愛の人だと気付くと……弱々しく体を動かしすがり付いて来た。


「ミキ……」

「どうした?」

「水浴びは……一人が良いです」

「そうか? 綺麗に磨かれているぞ?」

「……でももう嫌です」

「だ、そうだが?」

「あら残念ね。でもそれだけ私の匂いを擦り付けたから、この場所に近づけば仲間たちが気づいてくれる」


 笑いながら寄って来た女性はレシアの頭を撫でようと手を伸ばすが、ヒッと悲鳴を上げる少女の様子に悲しい顔を見せる。

 やり過ぎが悪いのだからとミキも助け船を送らない。


 そんな彼の態度に気づいたのか、女性はクスッと笑うと軽く舌なめずりをした。


「出来たら……時が来るまでこの場所には近づかないで」

「ああ。でもいずれ南部にも行く予定なのだが?」

「聞いた話だと北部から西部には渡れないから……」


 ムムムと悩んだ彼女はしばらく悩むと、ポンと手を打った。


「なら南部に向かう時はマルトーロの西の街に向かいなさい」

「そこからなら問題無いのか?」

「ええ無いわ。ただ」

「ただ?」


 クスクス笑う女性がその顔を寄せて来る。


「貴方が弱ければその時この子を奪われるわ。奪われたこの子は……どんな目に遭うか分からない」

「お前たちがそれを許すのか?」

「許さないわね。でも"彼"はこの大陸屈指の強者。きっと三本の指に入るほどよ」

「それは怖いな」

「そう。とても怖いわ。私たちでも退けられるかもしれない」

「それでも向かうならその場所を通れと?」

「ええ」


 クスクスと笑い女性は、ミキの頬に手を当てると唇を寄せた。


「にゃぁ~っ!」


 突然のことに反応したのはレシアだった。

 彼女のひっかき攻撃を笑顔で後退して回避した女性は、そのまま軽い足取りで後退していく。


「また会いましょうね。それまでどうかその子をお願い」

「ああ」

「出来たら次に会う時までに私の"名前"を考えておいてくれると嬉しいわ」

「人に頼みをする態度がこれか?」


 癇癪を起して暴れるレシアをどうにか抱えつつ、四苦八苦するミキを見つめ……女性は静かに姿を消した。


「にゃぁぁぁぁあああああっ!」

「暴れるな」

「ふにゃぁぁぁぁああああっ!」

「全く」


 相手を地面へと降ろし、ミキは力づくで抱きしめると騒ぐ口を塞いだ。


「だったらこの場所をお前の匂いで染めれば良い」


 一度離してそう告げると、レシアの怒った顔が柔らんだ。そして、


「ん~っ」


 それからしばらくキスして来る彼女の熱が冷めるまで……付き合い続けることとなった。




~あとがき~


 これにて北部編壱章の終わりとなります。

 とは言っても舞台の大半は中央草原なんですけどねw


 狼お姉さんは当初もう少し後で出て来る予定でした。

 後に出て来るある人物への道案内係として急遽登板です。

 問題は…登板予定にだいぶ致命的な混乱が…。


 次は、何となく時代劇っぽい感じの話です。

 ただ書いてて思うんですけど、一時間ドラマの脚本書く人…マジ尊敬です。




(C) 甲斐八雲

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