其の参

「酒はまだか! 早く持って来い!」

「はっはい」


 男の怒声にウェイトレスの少女が急いで厨房へ消える。


 店の奥にはガラの悪い男たちが三人ほど椅子に座っていた。

 無駄に大きな両手剣を机に立てかけ誇示している様子が滑稽にすら見えるが、当事者たる彼らはそんな視線など気にしていない。力を誇示するのが彼らの役目だからだ。


 だから彼らは店の中を見渡しそれを見た瞬間……一度視線を動かしてまた戻した。


 窓際に席に座って居るその人物は見目麗しい。

 不思議な形の服を着ているが、その様子からは神秘的な雰囲気すら漂わせる。

 普通に考えれば世の男性なら声を掛けたくなる様な女性だ。


 そんな女性が……机の上に山と積まれて骨付き肉を満面の笑みでかぶり付いているのだ。


 もう一度確認するが、間違いなく彼女は両手に骨付き肉を持って掲げている。

 台無しと言う言葉がピッタリと当てはまる。本当に台無しだ。


 だが見た目は間違いなく一級品だ。

 彼らは互いに肘で突き合い、誰が声を掛けるのかを押し付け合った。


 あんな美人が住んでいるなら噂話になっているはずだから、間違いなく旅人だと理解出来る。

 女性一人で旅をしているとは考えられないから誰かしら付き添う人が居るはずだ。それがどんな人物か分からないから席を立つに立てない。


「お待ちどう様です」

「おっおい」

「はい?」

「あの窓際の女は……一人か?」

「えっ? いいえ違います。お連れの方が居ますが」

「そいつはどんな人物だった?」

「物腰の柔らかな男性ですよ」

「そうか。一人だったか?」

「はい」


 ウエイトレスは男の問いを不思議に思いながら小首を傾げて全てに答える。

 仕事に戻る彼女を見送り……男たちは小声で話し合った。


『どうする?』『普通……声を掛けるよな?』『でもヤバい相手だったらどうする?』


 ゴクリと唾を飲み込んで三人の中で一番年長の男が意を決して立った。


 農作業の手伝いを続けてようやく手に入れた中古の両手剣を掴む。

 持っているだけで一度も使っていない剣だ。抜いて何かを斬ったことも無い。

 ただ立ち上がって女性に声を掛けるだけだというのに、心臓がバクバクと言って煩いぐらいだ。


 落ち着いて考えれば女性に声を掛ける行為自体初めてだった。

 村を出てから初めて尽くしだが、自分が農夫の子だと気付かれない様に護衛の仕事を求めてこの街に来た戦士を演じなければいけない。

 舐められれば馬鹿にされてしまう。


「おっおい」

「ふぇ?」

「……」


 骨を咥えて上下に動かす相手が、可愛らしくその首を小さく傾げる。

 改めて見ると本当に美人だ。その整った顔は小さく、美人なのにどこか可愛らしい。

 ただ何故かその頭の上には七色の不思議な球体が乗っかっている。


「何か用ですか?」

「えっいや……その……」

「ん~。でももう少し待ってて下さい。あとこれで終わるので」


 凄い勢いで食べている肉が冗談な様な速さで消えていく。

 その食べ方は下品では無くて上品……と言うより愛嬌たっぷりで見てて不快に思わない。

 顎が強靭なのか、咀嚼のスピードは物凄く速い。


 残り二つとなった肉を両手に装備して女性……レシアは自分を見ている男性に目を向けた。

『たぶん気づいていないのかな?』と理解し、軽く足を伸ばして彼の脛を蹴る。

 不意の痛みに身を屈めて脛を見た彼の頭上を、ブンッと空気を押し払う様な音が響いた。


「なっ……はぁ?」


 その音で自分の背後に何か居ることに気づいた彼は振り返って硬直した。

 自分より頭一つ分大きな男がその肩を怒らせて硬く拳を握っていた。


「邪魔だ退け!」

「はっはひぃ~」


 必死の声を上げて彼は逃げ出す。

 レシアとしては巻き添えにしないで済んだことを自然に感謝した。


「あの男は何処だ!」

「ミキですか? たぶんそろそろ来ますよ」

「あんっ?」

「だから来ますって。商人さんの建物に行ってからこっちに戻って来てます。あと五歩」

「はぁっ?」

「四、三、二、一」


 扉が開いて客が入って来た。

 レシアを見下ろしていた彼は、店の入り口に目を向けて……目を剥いた。

 普通に考えて抜き身の武器を持って食堂に入って来る客など居ない。それはただの強盗だ。


 店に居合わせた客たちは、普通の様子で店に入って来た彼に視線を向けたが『ああ客か』と視線を戻す。

 違和感を抱かせないほど、彼は堂々と十手を握ったまま店に入って来たのだ。


「で、またお前か?」

「いや待てっ! 普通抜いて来るか!」

「お前の常識など知らん」

「いや待てって!」

「煩いぞ。他の客に迷惑だ」

「分かった。黙る。黙るから……」

「ついでにそのまま店を出ていけ」

「だからこっちにも」

「黙らん気か?」

「……」


 自分よりも年若い男にこんな風に扱われるのは普段なら耐えられるはずも無いが、彼はグッと我慢してその顔を茹でたタコの様に真っ赤にさせて堪えた。

 逆らえばこっちの身が危ないことぐらい理解している。だから逆らえないのだ。


「ぐぐぐぐぐっ」

「出口はこっちだ。さっさと行け」

「……」


 歯茎を見せて悔しがる大男は、渋々とその言葉に従い店の戸に八つ当たりとばかりに蹴りを入れて出て行った。

 それを見送った男性……ミキは、深く息を吐いて十手を腰に戻す。


 何がどうしたらこんなことになったのか、とりあえず両手の肉を食べる騒ぎの元凶を睨んだ。




(C) 甲斐八雲

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