其の弐

「ミキミキミキ」

「どうした?」

「次はどこに行くんですか?」

「さっきも言ったろうに……とりあえず西だ」

「場所を聞いているんですけど?」

「知らんよ。現在見事なまでに迷子だ」


 木々が多く茂る辺りは過ぎたので、ミキの知識ではここからは立木の数も減っていくはずだ。


 森のシュンルーツの西側……中央草原に至る道筋は、その名の通り草原と湿地で構成されている。

 木々が減っているならば草原に近づいているはずだと短絡的な発想でミキたちは行動していた。


「ん~。でも西ならあっちだから、このまま進めば良いんですけど……」

「誰かが全力で食料を食べたからな」

「……ミキが止めないのが悪いんです!」

「勝手に調理し始めたお前が悪い」


 軽く手刀を構えただけで、彼女は脱兎の如く飛びのいて逃げる。

 少し離れた場所でこちらに向かい舌を出して居たので、ミキは肩に乗っていた七色の球体を掴んで全力で投げつけた。


「いった~」


 羽をバタつかせて回避先に回り込んで来た球体の直撃を受けたレシアは、額を押さえて蹲る。

 ようやく元気を取り戻してきたが……変に空回りしているので、相手をする身としては疲労が溜まる一方だ。


「もうミキ! 酷いです!」

「躾をしたまでだ」

「も~!」


 レシアと激突した球体は、その小さな羽をバタバタと動かし……彼女の頭の上に着地する。

 体全体を左右に動かし『コケー』とひと鳴きして動きを止めた。


(あれはあれで便利だから助かるが……相手を選ばんのも困るな)


 内心ため息を吐いてミキは頭を掻いた。


 シュンルーツの国鳥である"レジック"の知られていないであろう生態の一つがそれだった。

 何故か鳴き声を上げると動物などの生き物が遠ざかってしまう。連れているロバも後ろを向いてどこかに行こうとするから、テイの村から出て以降……ロバの首に縄を結んで引いて歩いている。


 レシアが聞いた限りでは『あっちに行けと言うから』との返事だそうだ。

 お蔭で化け物にも遭わないが、食料となる動物にも遭遇しない。


「今後お前との旅をする上で食糧問題をどうにかして行かないとならんな」

「ん~。たくさん持って行けば良いんです!」

「いや無理だ」

「何で!」

「中央草原が厄介な場所だからだ」

「そうなんですか?」


 初めて聞くことで興味を覚えたのか、彼女はトコトコと近づくと、ミキの腕に抱き付いて彼の頬に唇を這わす。


 二人だけだから相手の行動を気にもしていないが、レシアの甘えがまだ強いままだ。

 きっと寂しさを必死に誤魔化しているのだろうと納得し、彼は言葉を続ける。


「あそこは『大トカゲの狩場』と呼ばれる場所の袂に広がる草原と湿地がある。そこに生きる生き物はどれも四つ足で地面を這うように動き回るトカゲの様な物と、後は大型の昆虫なんだ」

「トカゲと虫ですか?」

「ああ。トカゲはそいつが鳴けば寄って来ないだろうが、昆虫は寄って来る」

「ですね。虫よけは無理みたいです」

「で、その草原や湿地に居る昆虫は……人を襲って食べるほど大きくて凶暴だ」

「虫が人を食べるんですか?」

「過去に何度も食われているよ。比較的有名な話だ」

「全く知りませんでした」


 彼女の場合知っている方が少ないから有名な話でも知らないことが多々ある。でもそれを教えるのが楽しくもあるミキとしては、素直に学んで無駄に興奮する相手を見るのが好きだ。

 今も見たことの無い昆虫を思い描いて気分を高ぶらせている。


「昆虫には襲われるから今までみたいに二人だけで旅をするのは無理だ。どこかの街で隊商の護衛の仕事を受けて同行しないと俺たちも食われてしまう」

「それは嫌ですね」

「だからまず街道を見つけて街に向かう」


 とりあえずの目的は現状それだった。


「む~」

「どうした?」

「嘘はダメです」

「何だよ?」

「ミキは"長剣使いの人"を探しているんですよね?」

「そうだな」

「ならその人を探してからです」


 怒った様子でギュッと腕に抱き付いて来る。


 お腹いっぱい食べて好きなだけ踊る生活をしているせいか、最近の彼女は発育が増している気がする。年齢を考慮すれば成長期なのかもしれない。


 本人は何処か気にしている素振りを見せているが、また胸が膨らんでいる。

 人並みに性欲を持つ若い肉体を所持するミキとしてはそれは新しい悩みの種であった。


「違うことを考えて誤魔化してますか?」

「お前……また太ったか?」

「にゃ~ん! ……でも負けません!」

「何がだよ」


 気にしているのかショックを受けている様子だが、彼女はジッと顔を向けたまま言葉を促して来る。

 やれやれと思いつつミキは息を吐いた。


「会えるなら会いたいとは思うが……」

「なら会いに行きましょう」

「場合によっては殺し合いになりかねん」

「……どうしてですか?」

「相手が俺の思う人物だとしたら多少恨まれるかもしれん」

「何かしたんですか?」

「俺はしてないよ。ただ良く知る者が……な」


 苦笑してミキはそれ以上言葉を発しなかった。


 思い通りの人物であれば、相手は義父が木刀で殴り倒した人物だ。

 そして隠れていた弟子たちがトドメを刺した。


 恨んでいるかもしれないが……会って話を聞いてみたいとも思う。

 宍戸とは会話が成立しなかったが、もし出来るのならば聞きたい。そして知りたい。


 なぜ自分たちがこんな場所に居るのかを。




(C) 甲斐八雲

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