其の弐拾伍
息を吸い、それを吐く。
そんな簡単なことすら難しくさせる状況の中で、ミキは自身の神経を研ぎ澄ましていた。
右手で握るのはハッサンが打ってくれたミスリル製の打刀。
左手に持つのは投げナイフ。
跳びかかって来たグリラの振り下ろして来る棍棒の様な両腕をバックステップで回避して、彼は左腕を振るった。
顔を振って避けたグリラは、攻撃を回避したことを歯茎を見せて笑い悦ぶ。
その表情は猿……よりもっと人間に近い感じで見える。だが中身は所詮獣だ。
「ぴぃぎゃあっ!」
回避したグリラの後ろに居た別の個体が喉に突き刺さったナイフを引き抜き、鮮血をまき散らして地面を転がる。
避けることを前提に、回避したグリラを目隠しに使っての攻撃。
ミキの狙いは最初から奥に居る方だった。
「相手の知能が低いから助かるがな」
思わず口に出た言葉を彼は止めることが出来なかった。
手持ちの投げナイフは二本とも投げ、それぞれグリラを仕留めた。
ただ相手はこちらの投げナイフの数など知らない。これからは投げる振りを見せるだけでも十分に騙すことに使えるはずだ。
それだけに場が混沌とする前に飛び道具を使い切ったのだ。
後は自分の腕を信じてグリラと殺し合いをする。
改めて握り締めた右手に力を宿し、ミキはそっと左手で額を濡らす血を拭った。
ズキリと傷んだのは、グリラの攻撃で軽く削られた左肩からの痛みだ。
全身全てが武器となる獣は相手に対してどこかぶつければ良いだけ有利だ。
軽く左手を握りまだ十分動くことを確認する。
「全く……少しはこっちの都合を考えて襲って来いよな」
次いで愚痴の一つがこぼれ出た。
ディッグを送り出してからというもの、グリラの攻撃が止むことは無く……ミキは延々と刀を振るっていた。
斬った数も十を越えた所で数えるのを止めた。気が滅入りそうになったからだ。
また一匹踊りかかる様に飛び出して来た。
自分の胸を叩き、威嚇しているのか鼓舞しているのか……グリラは興奮状態になって襲いかかって来る。
相手の攻撃はその太くて逞しい両腕と両足だ。それを棍棒の様に唸らせて振るって来る。
ミキは容赦なく刃を向け相手の攻撃を刀で受ける。
と、間髪入れずに別の個体が動いた。
仲間を巻き込まない様に横合いから大きく振りかぶった腕をゴウッと言わせて殴って来る。
静かに体の位置を後ろへと流し拳を見送ったミキは、威嚇がてらに刀を振るう。
驚き飛び退ったグリラは、掠り出来た胸の傷に気づき、歯を剥いて彼に怒りをぶつける。
「悪いな。もう半歩踏み込んでおけば首を取れたんだがな」
人語を理解していない相手がその言葉に反応することは無い。
だが目の前に居る人間の雰囲気から小馬鹿にされたことくらいは理解したらしい。
「ウホッ!」
怒りに任せて踏み込み腕を振るって来た所を、ミキは相手の呼吸に合わせて刀を振るう。
相手の両腕が吹き飛び……直後首も飛んだ。
(団体相手には一対一を繰り返せと義父は言っていたが……正直きついな)
ミキは相手の隙を伺って大きく後退する。
たぶん天狗の類であるとしか思えない義父の様な力も体力も無い自分は、獣である化け物を相手してずっと全力を出し続けることなど出来はしない。
様子を見て息を抜かなければ消耗してこっちが先にバテてしまう。そうすればこのグリラたちはここを抜けて村へ押し込むかもしれない。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
(惚れた女に良い所を見せられないが、こんな所を義父に見られたら勘当物の激怒だろうな)
自分を差し置いて楽しみやがってこの馬鹿者が……そんな幻聴が聞こえた気がする。義父ならこの絶望的な状況でも最後は笑って切り抜けるだろう。
なら自分は、歯を食いしばってでも良い。最後まで戦い続けることを目標にする。
「来いよ馬鹿共。まとめて冥途に送ってやる」
言葉など理解出来なくても気配は理解出来るのか、グリラが二匹……歯を剥いて襲いかかって来た。
激しく体を上下左右に動かし相手の攻撃を避けては右手を振るう。途中追いつかなくなると左手で十手を握って相手を打って陽動に見せる。
口から絶えず出る呼吸は乱れても……ミキは刀を握り振るい続ける。
必ず護ると誓いを立てているから。誰でも無いレシアを護ると。
「……キ~」
不意にそれが聞こえた。
幻聴かと思ったが……その考えは早々に頭の外へと追い払う。
あれを自分の物差しで考えるだけ疲れてしまう。
それが自称稀代の天才シャーマンなのだから。
「ミキ~!」
「何しに来た!」
でも彼は怒鳴っておく。
安心した自分の心を一喝意味も含めてだ。
ビクッと震えた彼女は、横から飛びかかって来たグリラをひらりと交わして……胸元で両の拳を握ると顔を真っ赤にさせた。
「心配だから来たんです! 悪いですか!」
「来るな馬鹿!」
「馬鹿って……流石にその言葉はカチンと来ました!」
怒りながら踊る様に襲って来るグリラの攻撃を全てすり抜け彼女は真っ直ぐ彼に駆け寄った。
「良いですかミキ! 私はっ」
咄嗟に伸ばした左腕で彼女の腰を捕まえると一気に引き寄せ唇を重ねる。
ギュッと抱きしめられてキスに……一瞬レシアは気絶してしまいそうなほど強い衝撃を覚えた。
(C) 甲斐八雲
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