其の捌
村の朝は早い。日の出の前に活動を始めるからだ。
男は軽く農作業をしてから狩りの支度を始める。
女は煮炊きの準備を進めている。
子供は親の手伝いをしていて……暇を弄んでいる者などほとんど居ない。
自身の現状を慮って苦笑いをし、ミキは立木に背中を預けて空を見上げた。
雲などがほとんど見えない。しばらくは晴れが続きそうだ。
「そんな場所で何をしている?」
「ここまで来てから困っている所だ。レジックは何処に居るのか……と」
「姿を見た者はこの村にも多く居る。だがどれも決まった場所ではない」
「本当に困った話だな」
ミキは呆れつつ視線を軽く動かし相手を見る。
黙々と狩りの支度をしている老人の傍らには、いつでも使用出来るように準備された武器が置かれていた。
「そんなに用心するほど恨まれているのか?」
「ああ」
「何をした?」
「……この村を不幸のどん底に突き落としただけだ」
手を止めて彼は武器に手を伸ばす。
それは弓と火縄銃が合体した様な形をした物……確か大陸の方で"
老人はその武器を手に取り構えると、その先端をミキへと向けた。
「もし儂の命を狙っているなら、この目に入らない距離まで離れることだ」
「俺の命を狙うなら、一撃で仕留めろ。次は無いからな」
そっと刀の鍔に置いた手を退かし、ミキは立木から背中を離した。
老人もまた手にしていた武器を足元に置いて作業へと戻る。
たぶん相手なりの警告と冗談だと分かっているが……その様子からは、僅かながらの悲壮感が漂っている。
また厄介事が向こうから転がって来たのかと、ミキは内心苦笑した。
「好奇心で質問するが良いか?」
「何だ」
「俺の知る狩人は弓が主流だ。なぜそんな物を使っているんだ?」
「……儂は昔からこの"ボウ"を使っている。弓は確かに飛距離があって威力も高いが、木々の間で使うには大きすぎる」
「だがその短い矢では威力も弱いのでは?」
「ボウは弦を巻き上げて使う。手で引く弓とは違い決してその威力は弱くない」
「なら何故他の者は使わない?」
「簡単だ。整備するのが手間なのだ。儂に言わせれば……手間を惜しむなら狩りなどするなと言いたいがな」
「違いない」
ボウを何丁か準備した彼は、それを背負いの籠へと収める。
矢や手斧など狩りに使うのであろう道具を集め、身に付けられる物は全て纏って行く。
その様子を見ながら、ミキは『最後に』と思い口を開いた。
「あの子の両親は?」
「……居らん」
「ならアンタは祖父か?」
「……違う」
「なら引き取った子か?」
「そうなるな」
どこか歯切れが悪いが、それしか返事のしようがない筈だからミキは深く追求しなかった。
自分の血が通っていない子供を引き取り育てるのは、この世界では珍しい。
子供を引き取り育てる場合は、奴隷として売ることを想定している。
だがカロンと紹介されたあの"少女"には、奴隷にする為に育てている気配が全くない。だから疑問に思い質問したに過ぎなかった。
「支度の邪魔をして悪かったな」
これ以上特に話すことも無いと、その場を離れようと歩き出したミキに……老人はその視線を向けた。
「若いの」
「ん?」
「お前から見てあの子は幾つに見える?」
「……」
身長も低く小柄で発育も悪い。食事などを摂らせて居ないからかと思ったが、昨夜食事に誘ったら……彼女は、『もう食べたから大丈夫』と言っていた。
その言葉に嘘は無いとレシアが言っていたから真実だ。
なら普通に考えて、
「六つか七つ」
「あれでも十を超えている」
「……」
その言葉に思わずミキは息を飲んだ。
レシアと四つしか変わらないと言う事実に……本当の意味で絶句する。
発育が悪いにも程がある。
ミキの様子を見やり、老人は深く息を吐き出して言葉を続けた。
「乳飲み子の頃に大怪我を負って体の中がぐちゃぐちゃなんだ」
「なら両親はあの子を捨てたのか?」
「……両親はあの子を庇って殺された」
その言葉にはどこか底冷えする寒気を感じた。
明確な殺意。
深く深く恨んでいるのであろう相手に向けて、老人の静かで深い憎悪を感じた。
「儂が木々の間で死にかけているあれを拾い育てて来た」
「そうか」
「最初に見せた医者は、『長く生きられないから殺してやれ』と言っていた」
「そうだろうな」
「……儂には殺せなかった」
「何故?」
向き直り正面から相手を見つめ、ミキは老人と向き合った。
顔に深く刻まれた皺と傷の間に存在する鋭い眼光は……自分を通して"敵"を睨んで居るかのようだ。
「あれを殺すことは、儂の罪をまた増やすことになる。どれほどの罪がこの両肩に乗っていたとしても……もうこれ以上増やしたくないと、そう思ってしまったんだ」
「そうか」
「……お前の連れはシャーマンであろう? ならせめてあれを少しでも笑わせてやってはくれんか」
「頼む必要はない。あれは勝手に勝手をする」
「そうか」
「でも何故今なんだ?」
疑問に思った。『何故今笑わせるのか?』と。
「医者が言っていた。『もし無事に成長しても、体の中は手の施しようが無い。成長するごとに中の臓物が引っ張られ……やがて血を吐き出す。その時が来たなら諦めろ』と」
「いつからだ?」
「ここ最近だ。最初に吐き出したのが二十日前だ」
「そうか」
息を吐いてミキは軽く頭を振った。
人の生き死には世の常とは言え……やはり子供が死ぬのは見るに忍びない。
「分かった。俺からもあれに言っとくよ」
「頼む」
頭を下げる老人に、ミキはフッと軽く息を吐いた。
「俺の名前はミキ。アンタは?」
「ディッグだ」
軽く手を挙げ別れの挨拶としたミキは、朝から逃げ出したまま逃走したレシアを探しに歩き出した。
名を名乗って貰える程度は信用されたらしい。
ならその信用程度に働こうと思った。
泊まる場所を借りた恩もあるだけに。
(C) 甲斐八雲
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