其の漆

「どこ歩いて回っていた。カロン」

「っ……」


 ビクッと震える"少女"の様子から、余程相手のことを恐れているのが分かる。

 身長は低いが傍から見ても分かるほど、ガッシリ体型をした初老の男性だ。その移動の足取り様子から熟練した技術の持ち主だと察する。


 自然と左手を刀の鍔に置き、ミキはいつでも抜けるように構えた。


「誰だ?」

「この村に来ようとしてて迷子になってた人たちです」


 怯えながらも口を開く少女の様子に、どうやら保護者か何かなのかと思わせる。

 恐怖を感じているが、相手を嫌っている様には見えないからだ。


 ジロリと鋭い視線を飛ばして来る男性に、ミキはふと懐かしさを感じた。

 どこか義父に似た雰囲気がある。


「レジックを一目見ようと思ってこの村に来た。特に騒ぐ趣味も持ち合わせていないので、出来たら泊れる場所を教えて欲しい」

「……そうか。だがこの村には宿泊所なんてもんはねえよ」

「そうか」


 厳しい視線に何処か怯えた様子のレシアが背中に張り付いて来た。

 軽く頭を撫でてやりたくもなるが、相手の気配が殺気立っている以上……ミキは視線を離せない。


 肩を回して視線を外した初老の男性は、軽く顎をしゃくった。


「道具置き場で良ければ使うと良い」

「助かります」

「で……若いの」

「はい」

「俺でも殺しに来たのか?」

「そんな仕事は受けていない。誰から恨みでも?」

「……俺を恨んでる奴はこの村中に居る」

「ならいずれそんな仕事を頼まれるかもしれないな」

「そうだな」


 軽く睨んで来て、彼は小屋の方へと入って行く。

 カロンはミキと相手の間に何度も視線を巡らせ……とりあえず客の相手をする方を選んだ。


「道具置き場はこっちだ」

「助かる」

「ロバはどうする?」

「その辺で好き勝手にさせるさ。水飲み用に桶でも貸してくれ」

「分かった。井戸は小屋の裏にある」


 簡単な説明を終え、彼女の案内で道具置き場へと向かう。


 そこは屋根と外壁があるだけの建物だった。

 強い風か大雪でもあれば崩れてしまいそうだが、短期間で夜露を凌ぐくらいなら十分だ。

 何より奴隷出の二人からすれば屋根と壁があれば本来十分過ぎる。


「贅沢って怖いな」

「ですね」


 カロンは、中に入って様子を見ながら会話する二人の話に訝しむような目を向けた。


「何も無い場所だけど好きに使ったら良い。煮炊きは外でしてくれ」

「分かった」

「……こんな場所で本当に大丈夫か?」

「ああ。十分だ」

「……王都や栄えた街の者は、こんな場所では暮らせないと聞く」

「確かにな。でも俺とこいつは奴隷の出なんだ。それに旅をしているとこれよりも酷い状況とかもあるしな」

「これより酷い?」

「ああ。一晩中……木の上で寝たこともあったよな?」

「ですね。雨が一番の強敵です」

「木の上か……」


 表情を引きつらせ、カロンはどうにかその言葉を吐き出していた。


 野宿をする以上、地面の上で寝られない場合などはこれから先も十分起こりえる。

 それをいかに楽しめるかが旅をする上で大切なことだろうとミキは思う。


 それにレシアが居れば何だって常に楽し気な催しとなる。

 その部分に関しては素直に彼女へ感謝の念を抱いている。


 視線を巡らせれば……早速荷物の中から色々と取り出しているレシアが寝床作りを開始していた。寝る場所を作るのは大切だが、まあ相手が『好きに使って良い』と言っているんだから問題ないはずだ。


 手当たり次第に地面の土の上に物を並べては、背中が痛くならないか確認しているレシアの様子に遠慮など見られない。それが彼女の性格と言うか、持ち味であるのだからある意味仕方ない。

 本当に何事も前向きにとらえられるこの能力は凄いとしか言い様がない。


「こっちは好きにさせて貰う。お前こそ戻った方が良いんじゃないか?」

「……そうする」

「あ~!」


 出て行こうとしたカロンはその声に足を止めた。

 可愛らしいが良く通る声だと変な方向に感心しつつ……視線を向けてみれば、地面に座って居るレシアが悲しげな表情を向けて来ていた。


「……お肉が食べたいです」

「この馬鹿はこっちで教育しておくから。済まんな」

「お肉が食べたいです! もう干した魚は飽きました!」

「駄々をこねるな」

「ミキはお魚が良いんですか?」

「嫌いでは無い」

「……お肉と魚なら?」

「魚の方かな」


 全てに絶望した様な表情を浮かべ崩れ落ちる彼女を見ていると、間違いなく年上なのに本当に可愛く思えてしまう。


 もし自分がこんな風に立ち振る舞えるなら……と一瞬考え、その思考を頭の外へと追い出した。


「親方に聞いてみる。でも最近は獲物が余り取れないから、分けられても干し肉程度かも」

「お肉だったら何でも良いです。私はとにかく魚以外を口にしたいです」

「分かった」


 改めて出ていったカロンを見送り……レシアはようやく安堵の笑みを浮かべた。


「これでお肉が食べられます。嬉しいです」

「そうか」

「あれ? ミキ? どうしてそんなに震えてるんですか?」

「ちょっと怒りを我慢しているだけだ」

「えっと……怒られますか?」

「それか無言で頭をグリグリかだな」

「嫌です~。どっちも嫌です~」


 逃げ出そうとしたが、座って居たのがあざとなってレシアは呆気無く彼に捕まった。


 そして頭をグリグリされてから、コンコンと説教を受ける羽目になる。

 彼女の意地汚さが酷くなる前に直さなければいけない時が来たのかもしれない……そうミキは痛感していた。




(C) 甲斐八雲

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