其の拾肆
「大丈夫です。今のはあれです。冗談です」
「はぁ」
「あれですよあれ。あれなんです」
「はぁ」
相手から感じた気配が普段のミキと同じ物だったので、条件反射的にレシアは言い訳をした。
いつもならこの後……頭を叩かれるか、両頬を引っ張られるかする。
それだけに必死に記憶を探って思い出そうとした。
自分がなぜここに来たのかを……ミキが悩んで困っていた様に見えたからだ。
さあ困った。どうして相手が悩んで困っているのかが分からない。
『ミキはもう少し私に説明するべきです!』と心の中で悪態をついて、気を紛らわせた。
「貴女はここで、この子たちを操っているんですよね」
「はい」
「それはどうしてですか?」
「……人質を取られています」
「人質?」
「はい」
ラーニャは今までの経緯を掻い摘んで説明した。
そして大切な人が"人質"に取られていること、それで逆らえないと告げ……言葉を結んだ。
うんうんと頷き続けたレシアは、一瞬困って辺りを見渡す。
いつも側に居てくれる大切な人は今は居ないのだ。
「だから私はここから逃げられないのです」
「分かりました。でも……」
言って良いのか悩んでしまう。
流石のレシアとて、事の顛末ぐらいには気づいている。
あの日、あの街道脇で殺された男性が誰なのかぐらい。
「……私にも大切な人が居ます。今一緒に旅をしている人です。ミキって言います。本当の名前は凄く長いんですけど、覚えられないから"ミキ"と呼んでます」
「……」
「私のに対して口煩くて、何かにつけて怒る人ですが……凄く優しくて大切にしてくれる良い人です」
「ええ」
突然のことでラーニャは理解出来なかった。
理解は出来ないが……こんなレシアの相手をする人物が純粋に凄いと思った。
シャーマンと一緒に行動すること自体異質なのに、この性格と言うか何と言うか……良い意味で自由な人の相手をしているのだから。
自分なら数日としないで音を上げるかもしれない。
「ミキと一緒の旅の途中である人に出会いました。イットーンを出て数日したぐらいの場所、街道脇でです。その人は酷い拷問を受けたみたいで、ミキが言うには『殺す為に痛めつけた酷いやり方』だったそうです」
「……」
言っている意味が分からない。
レシアの言葉の内容が分からないのに……分からないはずなのに、心の中かが騒めいて止まらない。
ラーニャは無意識に自分の胸を手で押さえていた。激しい鼓動に胸が破裂してしまいそうだ。
「ミキは死にかけていた彼から言葉と赤い宝石を受け取りました。そしてそれを届ける相手の名前も」
「……」
言葉が喉に張り付き出てこない。
何度も唾を飲み込み……それでも口の中の渇きは癒えない。
相手の様子をジッと見つめ、纏う空気を見つめ、レシアはゆっくりと告げた。
「相手の名前はラーニャ。たぶん貴女です」
「……ぁぁああ!」
両手で顔を覆い彼女は地面へと崩れ落ちた。
纏う空気は悲しみと苦しみ……そして絶望だ。
人の感情が見て取れるだけにレシアは相手の辛さが、心の痛みが嫌でも解る。
自分が生来……人の中で暮らすには適していない人間なのだと言うことを嫌でも思い出す。
泣き崩れた相手を見つめ、その纏う空気が絶望から死の渇望へと変化し始めた所で、ゆっくりと歩き彼女の肩に手を置いた。
「ダメですよ。死んじゃ」
「でも……」
「今の貴女は死んではダメなんです」
「どうして? 私にはもう何もない。仲間たちをたくさん殺し、そしてカンレを失った今」
「貴女が死ねばもう一人死んでしまうから」
「……えっ?」
「ここに居る命が消えてしまうから」
そっと手を伸ばしレシアは触れた。
彼女のお腹……まだ小さいがとても強く輝く命の光を。
「この命は貴女が居なければ直ぐに消えてしまう物です。私はその光を消すことを許しません」
「ここに? 命が?」
「はい。小さいけれど凄く強いですよ。きっと元気で丈夫な子に育つでしょう」
「ここに……」
ラーニャは自分の腹部を愛おし気に押さえ……身を折り全身を震わせる。
その母親の気持ちに慰めるかのように、お腹の中の命は柔らかく暖かな気配を漂わせる。
それを見つめレシアは本当に凄いと思った。
産まれていなくても、その命は母親の気持ちを察して慰めようとしているのだから。
だけに見てて思う。毎晩頑張っているのにどうして自分はまだ命を宿せないのかと。
帰ったらいっぱい彼とキスしようとレシアは心の中に誓った。
「だから貴女は生きるのです」
「でも……私も用が済めば殺されてしまいます」
「……そうなんですか?」
「はい」
「それもダメです。酷い話です」
久しぶりにミキ以外のことで、レシアが怒りの感情を身に纏った。
その様子に、周りに居た化け物達が全て服従の姿勢を取る。
「何かこう……イライラします。私は怒りました。用が済んだら殺すのはダメです。何より新しい命を何だと思っているですか!」
「私に言われましても」
「あれです。ミキに言って怒って貰います。誰を怒れば良いんですか?」
「……ここを支配しているのはクーゼラと言う騎士です」
「あの人ですか。あの人ですね。分かりました。私に代わってミキに怒って貰いましょう」
「あの……そのミキって人はどういう人なんですか?」
白の飾り布を持つシャーマンがここまで信を置く相手に興味を覚えた。
何より色々と尊敬したくなる相手であるのは間違いない。
レシアはその言葉を受けて……これでもかと表情を崩した。
「ミキは私と結婚する人です。とても優しくて強くて……今までに見たことの無い空気を纏っている人です」
「空気を纏う?」
言っている言葉の意味をラーニャは理解出来ない。
これもやはり相手が自分とは違う力量の持ち主だからだろうか?
「はい。それはそれはとても綺麗な……七色の光を纏っているんですよ」
(C) 甲斐八雲
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