東部編 弐章『伝えるべきこと』

其の壱

「まあ何だ。普通こういう時は……皆と別れの挨拶をしながら、涙ながらに出て行くものじゃないのか?」

「夢の見過ぎだクックマン」


 御者席で荷馬車を操っている商人に向かい肩を竦めてみせた。


 行程の安全を少しでも多く確保するために、移動などは日が昇る寸前に開始するのが世の習わしだ。それを確りと守り移動し始めたクックマンの商隊の中に、ミキたちは違和感なく混ざっていた。


 貴重品などが乗せられている馬車を操っているのは商隊を率いるクックマン。

その隣に腰かけているミキと、荷台で丸まりモソモゾと動いているのは彼の最も貴重な"荷物"だ。


 移動の時などクックマンは自分で荷馬車を操る。

 それなりに儲けていても初心を忘れない彼を、ミキは気に入っていた。

 全て他人任せにする者は、いずれ部下たちの裏切りで足元をすくわれる……そんな話は良く聞く話だ。


「はっきり言えば俺の行為は勝ち逃げだ。イルドを慕っていた者たちの中には、甘い蜜を吸えなくなって苦々しく思っている者も少なからず居る。俺を殺したいと思っている者も居ないとも限らない」

「……もしそうされたら?」

「これ以上シュバルの所の戦士を殺すのは流石にな。先代に受けた恩は少なからず返したとしても」


 あれほどの富をもたらし十分に恩を返したと言うのに、それでもまだ恩を返しきれていないと言う謙虚な彼を、クックマンは気に入っていた。


 シュバルはあの一日で、ここ最近ではあり得ないほどの儲けを得た。

 現に『次来る時は初物を……出来たら胸の大きい若い女を』と言って、クックマンに小銭を握らせて来たのだ。それぐらいの贅沢が簡単に出来るほどの儲けだ。


 何よりクックマンもまた儲けさせて貰った。

 シュバルの奴隷たちの中で、そこそこの数の人間がミキの勝利に賭けていたのだ。結果として彼らも遊ぶ金を手に入れ実際に女を買い漁った。そのせいで出発が遅れたのだ。


「仮にイルドを慕う者が来ても返り討ちに出来ると?」

「ああ。ハッサンが打ったこれがある限り、シュバルの所に居る者で俺に勝てるのは居ない」

「強気だな」

「……そう言っておけばクックマンも俺を置いて行く気が湧かないだろう?」

「確かにな」


 苦笑染みた物を顔に浮かべ、クックマンは手綱を操る。

 進行方向は西。奇しくもミキたちが目指す方向と一致していたので、しばらく専属の護衛がてら話し相手を努めることになっている。


 そしてミキが所有する天然少女はと言うと、


「ミキ~。空がとっても高いのですよ~」

「ああそうだな」

「良い感じに揺れて気持ち良いのです~」

「寝すぎるなよ? 夜寝れなくなるからな」

「Zzz……」


 起きては寝てを繰り返し、クックマンが操る荷馬車の上で完全に"荷物"となっていた。

 彼女が食う寝る踊るをしていたとしても誰も文句は言わない。ミキが彼女の所有者である限り……誰もが彼がたった一試合で巨万の富を築いたことを知っているからだ。


「ミキよ」

「何だ」

「このまま一緒に商売をやらんか?」

「小物を買って小銭を得るぐらいはすると思うが……俺はこの世界を全てを見て回りたいんだ」

「何もそんな危ないことをしなくても良いだろうに」

「危なくても行きたいし見たいんだよ」

「そうです。見たいです。Zzz……」


 合いの手を無視して、ミキはそっと視線を先へと向ける。


「諸国を巡って剣の腕を鍛える。そうすれば俺でも少しは近づける気がするんだ」

「……誰に?」

「目標としている人の足元にさ」




 西へと向かい10日ほどが過ぎた。


 道中、特筆すべき問題は無かった。

 人外に襲われもしたが、商隊の護衛も手馴れたものだった。

 何より一番危ないと思われる化け物を、ミキが率先して斬り捨ててしまう。


 その動きは、速く鋭く……何より正確だ。

 全てを一刀で斬り捨ててしまう彼の動きに、護衛の誰もが『勝てない』と認めるほど。

 違った意味で『あの動きはズルいです』と地面を蹴って悔しがる少女も居たが。


 野に放たれたミキは、開き直った様に己の剣を鍛え始めていた。




「も~も~も~」

「牛か?」

「何ですかそれは。も~!」


 簡易型の天幕の中に居るミキとレシアは、体を寄せ合って横になっていた。

 あと数日で街に着く。そうすれば宿のベッドで寝れもするが、現状は野宿だ。


 木の枝に棒を引っ掛けて布で覆った四角いスペースの中で、地面に枯葉を集めて敷いて布をかぶせただけのとても簡素な寝所。

 奴隷生活の長かったミキはずっと地面の上で寝ていたし、シャーマンとしての才能は優れていても人としての何かが優れていないレシアは、ずっと貧乏生活を送っていたので……寝床は地面の上に藁を敷き詰めた馬の寝床の様な場所だった。


 つまり現状は、二人にとって全く苦にならない。


「ミキはいつも綺麗な踊りを見せつけるのです」

「だからあれは踊ってないって」

「踊っているのです。ズルいのです。綺麗なのです」


 軽く握りしめた両手で、彼女はポカポカと殴って来る。

 痛くは無いが煩わしさを感じたミキは、その両手を捕まえた。


「俺からしてみれば、その後踊るお前の鎮魂の舞の方が遥かに綺麗だと思うけどな」

「……そんなことを言っても誤魔化されないのです」


 嬉しさに表情を崩しながらの言葉に説得力は無かった。

 つい笑いそうになるミキの様子に気づいて、彼女はその顔を彼の首元に寄せると軽く噛みついた。


「おいおい。それはやり過ぎだろう?」

「……痛かったですか?」

「痛くは無いが間違ったら大変だ」

「……そうですね。ごめんなさい」


 シュンとして謝る相手の手を離すと、レシアは両手を伸ばした彼に抱き付いた。そしてその顔を大好きな人の胸に押し当てて甘えて来る。


「私はもう少しあれですね」

「何だ」

「あれです。えっと……大人にならないといけないと思います」


 叱られている子供の様な表情で、こちらを見る彼女にミキはそっと額にキスをする。

 はっとした様子で自分の額に手を当てたレシアは、曇っていた表情を明るくさせた。


「気にするな。旅をしながらそれも学んでいけば良い」

「でも……」

「シャーマンって言うのは、喜怒哀楽を素直に表現するのも大切だとか言ってなかったか?」

「言いました」

「ならそれで良いじゃないか」

「良いのですか?」

「良いよ」

「……ミキ。大好きです」


 はむっとキスをして来たの彼女によって……ミキはその晩ほとんど眠れなかった。

 人を抱きしめたまま眠れる彼女は本当に凄いと、場違いな方向で感心をしながら。




(C) 甲斐八雲

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