4.2.12 生き恥

――王国歴 302年 晩夏 主都アニュゴン

――屋内型闘技場


 ザエラ一行はシャーロット公女を見送ると“青雲”に乗り、首都アニュゴンに帰国した。そして、亡命者が収容されている屋内型闘技場を訪れた。


 闘技場は白いカーテンで区分けされ、まるで病院のようだ。亡命者たちの呻き声や魔法の詠唱があちこちから聞こえてくる。


 ロマーニに出迎えられ、ザエラは声をかけた。

「重苦しい雰囲気だな……彼らの様子はどうだ?」


 焦点の合わない瞳をこちらに向け、ロマーニは声を潜めて答えた。

「私の部下が治療していますが、拷問で受けた傷が痛々しく、衰弱も酷くて……救い出された安心感からか意識を失う者が多数います」


「そうか、お前の部下は生命魔法に秀でた者ばかりだ。期待しているぞ。」


ザエラの言葉に少し頬を緩め、ロマーニは頭を下げた。

「ご期待に沿えるよう努めます。それでは、ミハエラ・フォン・リューネブルク中将の部屋までご案内いたします」


――ミハエラの部屋


 ミハエラはザエラを見るなりベッドから身体を起こそうとした。しかし、苦痛の表情を浮かべ、倒れそうになる。傍らに付き添うミーシャが見かねて身体を支えた。


 ザエラはミハエラを見るなり明るい口調で話しかけた。

「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」


「君は相変わらずだね……しかし、まあ、元気だよ。鎖に繋がれ、冷たくて汚物にまみれた石畳に倒れていたときから比べたらね」


 ミハエラは苦笑しながら答える。彼の顔には幾つもの切り傷が見られ、その周りが茶褐色に腫れていた。おそらく、身体にはさらに大きな傷があるのだろう……ザエラはその傷を真剣な眼差しで見つめる。


「帝級の呪いでございます。我らの生命魔法は弾かれてしまいます」

隣にいるロマーニがザエラに説明する。


 ザエラはロマーニにヴェルナを連れて来るよう念話で伝えた。彼女は頷くとミハエラに会釈して部屋を出ていく。


「激しい夫婦喧嘩だな……お前の全身を蝕む呪いを解ける者を呼んだ。俺でもできるが……嫌だろう?」


 シャーロットから下賜された、オズワルト王子の遺品である禁忌の呪術書には帝級の呪術に対する解除方法が記されている。ザエラだけではなく、怨鬼頭であるヴェルナもそれを習得していた。


「……そうだな……君にこれ以上、貸しを作るのは怖くてごめんだ。うっ、ぐふ。」ミハエラは再び苦笑して答えるが、咳で言葉が止まる。


「ねえ、そろそろ、横になりましょう。身体に応えるわよ。ザエラ、貴方の言葉には棘があるわ。どうして素直に優しい言葉をかけられないのかしら」

ミーシャはザエラを睨みつけながら、ミハエラをベッドに横たえる。


 ザエラは二人の関係についてよく知らない。先の戦役で、ミーシャの子供の父親がミハエラだと初めて知った程度である。それ以降は、その話題を出すことさえ避けていたのだ。


 しかし、今の二人の様子から深く愛を育んでいることをザエラは感じた。


「邪魔したな。俺は失礼する。何かあれば、ロマーニに申し伝えてくれ」

ザエラはそう言うと背を向けた。


 ミハエラが、ザエラの背に向かい、声を振り絞る。

「アリエルから俺を引き渡すように要請は届いているか?」


「いや、。どんな見返りを提示されても取引には応じないから安心しろ。義姉ミーシャを悲しませるような真似はしないさ」

ザエラはそう告げると、振り返ることなく部屋を後にした。


――天空の城


 ロイ・フォン・ロレーヌ少将は目を覚ました。

 赤みを帯びた黄色の髪の女性がぼんやりと瞳に映る。


「ようやく目を覚ましたか。衰弱していたから死んだかと思いました」

「我らの回復魔法のおかげで命拾いしたわね」


 ロイ少将は次第に意識を取り戻し、彼の顔を覗き込みながら話しかけてくる二人の女性の顔がはっきりと見えてきた。


「脱獄できたのか……それとも死んで天国にいるのか。二人の女神よ、俺の質問に答えてはくれまいか?」


「私たちは女神ではないわ。貴方は私たちと一度会ってるわよ……でも、変態したから思い出せないのも無理はないわね」


 ロイ少将は目を見開いた。そして、日光に照れされて輝く二人の顔をしばらく見つめながら考えた。


「……そうか、捕虜の部屋で……俺を竜・幼体ドラゴン・ジュベナイルと呼んだ女だな。よく見ると顔の輪郭が似ている」


「よく思い出せたわね。褒美に私たちの名前を教えてあげるわ。ラファエルとルシフェルよ」


 ロイ少将は黙って二人の名前を覚えた。彼女たちは美しく、それでいて強さを感じさせる。理由は分からないが、彼女たちが牢屋から助けてくれたのだろう。


「なるほどな……ところで俺に何用だ。あれから牢獄に囚われて生き恥をさらしていただけだ。お前たちが言っていた強い雄とはかけ離れている」


「“お前たち”……後で礼儀を教え込まないといけないわね。いいこと、貴方は私たちの騎士になってもらうわ。そして、主様と私たちの剣となり、戦うのよ」


 ロイ少将は驚いた。彼女たちに騎士になるよう誘われるなんて、夢にも思わなかったことだ。しかし、今や自分には何もない。彼女たちについていけば、自分にも何か見返りがあるかもしれない。そう思った彼は、うなずいた。


「そうか……騎士か。分かった、俺は貴女たちの騎士になる」

「それでこそだわ。私たちは貴方に期待しているのよ」


 二人は微笑みながらロイを見つめた。そして、ラファエルとルシフェルは交互にロイ少将と唇を重ねて舌を絡ませる。


「うぅ、はあぁ、拷問の後に美女に絡まれるとは……世の中わからないものだな」

「……さあ、儀式を始めるわよ」


 ラファエルがそう言うと床にある魔方陣が輝き始めた。

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