4.2.10 帰路の宿場町
――ガルミット王国 とある宿場町
――宿屋の広間
ザエラ一行は親善試合を終えるとすぐに荷物をまとめ帰路に就いた。
とある宿場町の宿屋に宿泊している。
ジレンは水を一口のみ、ため息をつきながらザエラに話かける。
「血みどろの試合でしたね……親善とは程遠い。俺は見学しかしていませんが、これまで経験したどの戦場よりも生々しい憎しみを相手から感じました」
ザエラは小さく頷いた。
「ああ、俺たちへの憎しみだけでなく、なんだろうな……魔人や魔人と親しい人族に対する嫌悪感を強く感じたな。この国では魔人は基本的に奴隷だからなのかな」
オルガは赤色をした豆のスープを一口飲み、目を細める。
「はぁ、いつ食べても癖になる味だ。ジレンもザエ兄も早く食べようぜ。そんなしけた顔してたら飯が不味くなるぞ。しかし、刃人の攻撃を受けて、観覧席にいた奴はよく生きていたな」
ザエラは視線を遠くに遣り思い出すように喋る。
「ヨーク伯爵のことだな。隣にいた従者が刃人の光線を吸収するのが見えた。黒い霧が出ていたから闇属性か黒属性の魔法だと思う」
オルガは食事の手を止めてザエラを見つめる。
「あれだけの威力の光線を防ぐとは面白い。どんな奴なんだ?」
「ローブを着ていたのでよく分からないが……目元に仮面を付けていたよ」
ジレンが思い出したように口を挟む。
「目元に仮面……ザルトビア街道で
ザエラはしばらく考え、ジレンとオルガに向かい語る。
「そうだな、二人には話しておこう。後でキリルとイゴールにも伝えてくれ。一連の出来事にヨーク伯爵が絡んでいるのは間違いない。親善試合もヨーク伯爵がフランソワ王子と共謀したのだろう。俺たちの実力を見極め、改良した魔道具の性能を試すためだと俺は考えている」
ザエラの話を聞くとジレンは心配そうな表情をする。
「改良した魔道具か……あれを戦場で使われたらやばいな」
ザエラは深くため息を付いた。
「
オルガは黒パンを頬張りながら声を上げる。
「おい、二人ともしけた顔するなよ。スープが冷めちまうぞ。とりあえず、親善試合はザエ兄の反則勝ちを含めて、三勝一敗、一引き分けだ。勝利を祝いながら楽しくやろうぜ」
ザエラとジレンは顔を見合わせて笑う。
「勝敗なんて忘れていた。そうだ、この宿は飯がうまくてな、商人見習いのころ何度も訪れたんだ。勝利の夕餉を楽しもう」
三人は盃を高く上げて飲み干し、食事を始めた。
――その夜 ザエラの部屋
ザエラ一行に遅れること数時間、シャーロットが宿屋へ到着した。
シャーロットはザエラの部屋に入ると椅子に深く腰掛け、目をつぶる。
「ふう、大変な一日でしたわね。部下の容体はいかがかしら?」
キリルは、接合された腕を包帯で固定され、イゴールに見守られながらベットで大人しくしている。
「キリルのことならご安心ください。今日はベットで安静にしていますが、明日になれば起き上がれると思います」
シャーロットは目を閉じたまま頷き、少し微笑む。
「腕を切り落とされた翌日に立ち上がれるなんて信じれないけど、まあ、良いわ。ところで、貴方が引き取りを願い出た魔人はどうしてるの?」
「従者に付き添わせています。話しかけても喋ろうとはしませんが、大人しくしているそうです」
刃人はヨーク伯爵を攻撃した後、
「貴方の行動に最初は驚いたけど……確かに可哀そうよね。いつもは打算が目立つけれど、たまに見せるそういうところ嫌いではないわよ」
ザエラはシャーロットの言葉を聞くと苦笑いを浮かべる。
「褒められていると前向きに受け取ります。しかし、可哀そうという感情より、打算が強いのですが……私の
シャーロットは目を開けてこちらを見つめる。
「ということは、私をここへ呼び出したのも貴方の打算なのね。シュナイト国王に許可を頂き、叔父上の従者に見つからないように抜け出すのは大変でしたのに」
《そんなことはありません。実は……》
ザエラは念話で説明を始めた。
――同刻 刃人の部屋
ドワルゴはベットの上にうずくまる刃人の少女に声を掛ける。
「刃人といえば、魔人連邦国北部における最強種族の一角。人族に奴隷にされるとは信じられないでやんす。何か事情があるんすか?」
「……」
少女は放心したように瞬きをせずに前を見つめている。
先ほどから何度話しかけても反応がない。どうしたものかと口元に手を当て部屋の中を歩きながら思案する。
「そういや、何やら強烈な攻撃魔法を発動させたと
『
ドワルゴは少女の手を取り、額の魔石に触れさせると、魔法を念じた。
少女の身体へとドワルゴの魔力が流れるとビクリと全身を揺らした。そして、次第に息遣いが強くなり、瞳に光が宿る。
「ここはどこ? お母さんとお父さんは……」
少女は部屋を見渡し、ドワルゴに声を掛ける。
武装化を解除した刃人は、白銀の髪の毛と瞳を持つ少女へと外見を変えた。身体を震わせながら、目に涙を浮かべてドワルゴを見つめる姿は、軽装の生体防具を身に着けているが、人族と見分けがつかない。
ドワルゴは腰を落とし、目線を少女に合わせて優しく話かける。
「もう安心だ、怖がることはない。両親はわしが必ず見つけるやんす」
「おじさん、ありがとう……でも、二人とも見つけることはできないわ……私が殺したから……なぜだか……胸が裂けるように痛い」
少女の瞳から血の涙が零れ、胸を搔きむしりながらベットに倒れ込む。
「ど、どうしたんや。す、直ぐに兄やんを呼ぶからな」
ドワルゴはザエラを呼びに部屋を飛び出した。
――数時間前 ガルミット王都 宮殿にある遺体安置所
フランソワ王子はザキムの手を取り彼女の顔を見つめる。
「あら、先客がいるなんて……驚きね」
ヨーク伯爵が小さく呟くと静かに部屋に入り、隣の椅子に座る。
二人は口を開くことなく沈黙の時間が過ぎた――。
「この子の死は役に立ちましたか?」
フランソワ王子はザキムを見たまま口を開く。
「……そうね。彼女の死が私たちを目標へと一歩近づけてくれたわ」
ヨーク伯爵は視線を上げて微笑む。
「魔人連邦国の征服による領土拡張と魔人奴隷による労働力確保ですか。高位魔人との戦闘経験と魔道具の性能評価程度でつり合いが取れるとは思いません。しかも、貴方の大切な傀儡が奪われてしまいました。解析されると困るのではありませんか?」
フランソワ王子は振り向くとヨーク伯爵を見つめる。
「すでに対策済みよ。すぐに魔虫が傀儡の魔石をかみ砕くわ。ふふ、彼らにも魔虫が感染すれば面白いのだけど……さすがに無理かしらね」
ヨーク伯爵の興奮した声が薄暗い部屋に響いた。
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