4.2.6 親善試合(ララファ)
――王都 宮殿 室内闘技場
晩餐会の翌日、フランソワ王子から親善試合の申し込みが届いた。シュナイト国王の承認を得ており、至急午後から開催したいそうだ。俺は慌ててオルガたちを呼び、準備を始めだ。
闘技場に入場して全体を見渡す……場内は五十メルク×三十メルク程度と小さい。そして、観客席は薄暗く、中央の貴賓席以外に人はいないようだ。
貴賓席を見ると、両国の国王、シャーロット、そして見知らぬ女性が一人、前列の席に着いている。その女性は紫色のドレスを身に纏い、ベールで顔を隠していた。その他、後ろの席に数名いるようだが、暗くてよく分からない。
相手は場内脇の控え席にすでに集合していた。
そこからフランソワ王子が出てきて、俺に挨拶する。
「アルビオン大佐、急な依頼に応えてくれてありがとう。昨日、話そうとしたんだが……
「フランソワ王子にお呼びいただけるとは光栄に存じます」
俺は丁寧にお辞儀をした――想定内だ。腕利きの部下を数名連れて来るように言われた時から予測していた。しかし、小さな闘技場、限られた参加者……親善試合という名目に隠された意図を感じる。
俺は貴賓席を見ながらフランソワ王子に問いかける。
「あちらの紫色の服を着た女性はヨーク伯爵様でしょうか?」
フランソワ王子は感心したように目を丸くした後、にやりと笑う。
「そのとおりだ……が、試合前にも関わらず、女性に目がいくとは余裕だね。妹の次は彼女を狙うのかな」
なるほど、おそらく裏で糸を引いているのはヨーク伯爵だろう。ザルトビア街道における仮面の男の襲撃、身体の自由を奪う魔道具、新種の魔虫、
特に仮面の男は俺たちの記録を仮面に託して死んだ。主人であるヨーク伯爵は俺たちをすでに把握し、この機会を利用して召集したに違いない……であれば、今回の狙いはなんだ、と俺は考え始めた。
俺が真剣な表情で考え込んでいるとフランソワ王子が声をかけてきた。
「あはは、冗談だよ。そんな怖い顔しないで欲しいな。さて、そろそろ始めよう」
フランソワ王子はオルガたちと挨拶を交わし、名前と種族を聞いていく。
全員に挨拶が終わると満足げにうなずきながら、俺に話しかける。
「とてもいいね。僕の仲間たちが喜ぶに違いない。順番は君に任せるよ」
「畏まりました。よろしくおねがいします」
フランソワ王子に再びお辞儀をして自陣の控え席へと移動した。
◇ ◇ ◇ ◇
オルガは席に着くと足を組み、興奮した様子で大声で話だす。
「なあ、ザエ兄、あたしたちの相手は誰なんだよ? あのへらへらした男……」
俺は慌ててオルガの話を止める。
「おい、仮にも王子だ。言葉に気をつけろ。盗聴されているかもしれない……ばれたらこの場で打ち首にされてしまうぞ」
オルガは俺を見てつまらなそうに呟いた。
「はいはい、まあ、その時は全員殺して逃げてやるさ」
キリルとイゴールもオルガに同調する。
「その時は俺たちもお供します」
オルガたちの過激な発言を聞いて、話を変えるかのようにジレンが口を出す。
「相手はおそらくあの王子の“運命の八英雄”だろうよ」
ジレンの言葉に俺はうなずく。
「相手は未来の国王を支えるために選ばれた精鋭だ。侮ることなく全力を尽くして勝利を掴んでくれ……ララファ、緊張しているようだが大丈夫か? お前が先陣だ」
ララファは俺に声を掛けられるとビクリと身体を震わせた。
「お、お任せください。速攻で片づけてまいりますから」
ララファはそう言うとぎこちない足取りで場内へと入場する。
両者が場内に入ると兵士が来賓席に向かい高らかに対戦者の名を叫ぶ。
――第一試合 ララファ(アルケノイド)vs ハヤテ(神速騎士)
ハヤテと呼ばれた黒髪の男性……見覚えがある。彼が昨年の晩餐会でフランソワ王子を護衛していたことを俺は思い出した。
「はあぁ、やあっ」
試合開始と同時にララファが突進し、槍をハヤテに突き立てた。
しかし、槍はハヤテの残像を捉え空を切る――次の瞬間、ララファの目前にハヤテが現れ、短刀を振り下ろす。
「ガキンッ」
ララファは辛うじて槍の柄で防ぐ。それと同時に、周りに複数の魔方陣が出現し、鉄の矢が一斉にハヤテへと放たれた――来賓席から感嘆の声が漏れる。
隠蔽していた多重魔方陣を出現させ、魔法を同時発動する。ララファの得意技だ。無詠唱よりも発動時間がさらに短く、相手の動揺を誘うことができる。
しかし、またもハヤテは瞬時に姿を消した。そして、背後から再度現れる。ララファは咄嗟に柄を後ろに突き立てた……が、既にハヤテの短刀が彼女の首元に突き付けられていた――。
ララファは肩を落として控え席に現れた。
「申し訳ありません。早々に負けてしまいました……悔しいです」
オルガはララファを抱きしめ背中を叩きながら声を掛ける。
「くよくよするな。後であたしが特別に稽古を付けてやる」
ララファは目に涙を浮かべてオルガを抱き返す。
「オルガさん……嬉しいけど、想像するとなぜか涙が出ます」
《糸を結べたのに惜しいな》
俺はララファに念話を送る。
《さすが、団長、気づいていましたか。糸で相手の足を絡め取ろうとしたんですが……その前にやられてしまいました》
ララファはオルガから離れ、俺の隣に座るとため息をつく。
俺はララファの肩を軽く叩いてねぎらうとイゴールに声を掛けた。
「次は頼んだぞ……しかし、相手が心配だな。あれは4本までにしておけ」
イゴールは頷いて立ち上がり、場内へと進んだ。
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