4.1.3 蜘蛛の巣
――王国歴 302年 初春 主都アニュゴン
――自治領館 ザエラ執務室
「これはすごい。……まるで蜘蛛の巣のようだ」
秘書から提出された水路設計を見ながら感嘆の声を上げた。
街の南西部に設置された水門から、水路が農地と草原を縦横に走る。その様は、主都を中心として張り巡らされた蜘蛛の巣のように見える。
「南西部だけですが、細かく水路を引きました。こちらの水門から城壁を沿うように四分の一円を描き南西に伸びる支流から細かく道に沿うように水路を引いています。開拓すれば農地は約三倍に拡大できます」
「西部を流れる支流を使えば、北西部の放牧地へ水を運搬する手間を省ける。また、城壁近くの支流は、都市の生活用水として使えるな。早速、取り掛かろう」
俺は思わず身を乗り出し、秘書と隣にいるカロルを見つめる。
秘書の助手はカロルに任せた。信頼できる仲間を傍に置くだけでなく、忙しい彼に休暇を与える意味も込めいた。それに、カロルは、物腰が柔らかく、年上の女性から受けがよい。秘書ももれなく彼を気に入り、二人でいる姿をよく見かける。
「ザエラ兄さん、今年は間に合わないよ」
カロルは秘書と目を合わせた後、残念そうに答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
秘書は、カロルに促され、説明を始めた。地図に記載された水路は総距離百数十ケルクにとなり、工期は一年を下らないそうだ。
「私はスモールスタートであれば可能と考えていました。しかし、支流の整備と西部の草原違いの開拓だけに絞るだけでも約三ヵ月、完了は初夏となります。食料の確保が課題でしたら他の取り組みを考えたほうが良いかと考えます」
「工期の見積もり根拠は?」
「カロルさんから詳細を聞いて算出しました。領主代行様のお話された通り、水路の掘削は短期間で可能ですが、地図に従い水路を引く測量が難点です」
「……」
俺は目を閉じてしばらく思案する。過去の都市拡張計画の工期短縮ため、俺は何個か固有魔法を発案していた。それらを組み合わせて何かできないだろうか。
「カロル、ロマーニは到着したか?」
目を閉じたままカロル問う。
「ロマーニ中佐率いる魔術士部隊五百名は、昨日予定通り到着しています」
「では、明日から水路の測量を開始する」
目を開けて二人へ伝える。
「領主代行様、私の話を聞いておられましたか? 絶対に無理で……」
「大丈夫だよ。ザエラ兄さんの考えに従おう」
秘書が苛立ち語気を強めようとするのをカロルが制す。
俺は二人に具体的な作業について説明を始めた。
――翌日 主都アニュゴン南西
「……今から何をされるのですか?」
「水路の測量だ。見学したいと希望したのは君のはずだが」
「こ、こんな上空から、しかも
秘書は黒髪をたなびかせ蒼白の顔を引きつらせて叫ぶ。俺と秘書そしてカロルが、ベロニカが操る‟吹雪”に騎乗し、主都アニュゴンの南西部の上空を旋回する。
「カロルさん、怖い」
「目標地点に到着するまでもうしばらくの辛抱です」
カロルは、自分の腰に手を回して抱き着く秘書に優しく声をかける。
「ベロニカ、この辺りでいいから停止してくれ」
ベロニカが頷くと‟吹雪”は空中で羽を広げて制止する。
《ロマーニ、部隊の展開は完了したか?》
《主様、既に配置についております。いつでもお始めください》
《ララファ、フィーナ隊、シルバ隊もよろしく頼む》
《大佐、了解です》
《兄貴、任せてくれ》
「顔を上げろ、‟都市設計家”。今後の見積の参考に目に焼き付けてくれ」
《それでは始める》
秘書が顔を上げたのを確認し、開始を合図する。
「‟
水路が書き込まれた地図に現在の位置と地形が赤色の光を放ち投影される。
「‟
赤色の地形表示が地図と一致したことを確認し、水路の相対座標を算出する。
「‟
地面に赤色の線が現れ、地図に書き込まれた水路を描く。
これは、地図に書かれた水路の相対位置と縮尺から実際の水路の位置を計算し、地面に投影したものだ。ロマーニ率いる魔導士の人数を考慮して、五十の区域に分割して表示する。一区画当たり、二.五平方ケルクに相当する。
「……すごいわ、まるで地面に絵が描かれているみたい」
秘書が身を乗り出して地面を見つめるのをカロルが支える。
《ロマーニ、魔導士を配置につかせろ》
《了解》
ロマーニの合図で馬に騎乗した魔導士が赤く引かれた水路に等間隔に並ぶ。
「ここからが本番だ。
魔導士から約十メルク上空に多重魔法を発動し、鉄杭を出現させる。約五百本の鉄杭が上空に並び、まるで空中に水路ができたかのようだ。
《
水路沿いに鉄杭を打つ場所に印をつけ、鉄杭の制御を魔導士に渡す。
《
魔導士は印目掛けて鉄杭を打ち込む。戦略魔法の応用だ。
“魔力投影”を解除すると地上には等間隔に埋め込まれた鉄杭が水路を描く。すると、ララファ、フィーナ隊が土魔法により、水路の地面を砕き始めた。続いて、シルバ隊が、砕いた土を掘り起こす。
「……これなら一週間あれば水路は整備できそうですね。ところで、水路の深さは場所により異なりますが、彼らは考慮して掘り進んでいますか?」
「鉄杭の長さを水路の深さに合わせたから問題ないさ。ただ、魔法で生成した鉄杭は脆く、水路の内壁は土魔法による硬化だけでは不十分だ。最終的には煉瓦、もしくは石垣で内壁を整える必要がある……が、数か月かかる。まずは、この暫定対処で今年は乗り切りたい」
「私の常識が通じないことが良く理解できました。この世界は貴方みたいな魔導士が数多く存在するのですか?」
秘書はため息交じりに俺に問い掛ける。
「いや、ザエラ兄さんは特別だ。こんな芸当ができる人を僕は他に知らないよ」
カロルが笑いながら話に割り込む。
「今日中に十区画は済ませたい。ベロニカ、次の区画に移動してくれ」
ベロニカは頷くと手綱を引く。飛竜がゆっくりと移動し始めた。
「ザエラ! カロル! 久しぶり。楽しそうなことしているじゃない」
突然、背後から声を掛けられ振り帰る。そこには、もう一人のベロニカが操る‟茜”に騎乗し、手を振るシャーロット公女の姿が見えた。
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