4.1.2 本当に必要なもの

――王国歴 302年 初春 主都アニュゴン

――自治領館 ザエラ執務室


「俺は水路の整備から取り掛かろうと思う」

プロジェクトの話を聞いて俺なりに考えた結果を黒板に書きだした。


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■組織の戦略目標

大陸で一番繁栄した都市を造る。


■ポートフォリオ

★治安, ★健康, ★交通, 娯楽, ★交易, ★防衛


■プログラム

水路の整備

★治安:火事の鎮火

★健康:食料の収穫量増加

★健康:生活用水の確保(飲料水不可)

★交通:物資輸送

★交易:水上交易

★防衛:敵軍の侵入阻止


■プロジェクト

・水路設計

・水門の設置

・水路工事

・波止場の設営

・造船

・開墾

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 水路を整備すれば都市のポートフォリオ全般に効果が期待できる。一石二鳥ならぬ一石六鳥。さらに、アルケノイドは土魔法を得意とし、力仕事なら鬼人、神巨人と巨碧人がいる。優先して取り組むプログラムとして最適だ。


 秘書は黒板をしばらく見つめて口を開いた。


「東に面した川から水を引いて城壁の周囲と都市の内部、そして外部の農地に水路を張り巡らせるということですね。波止場の設営というの水路ではなく川による物資の輸送を意味するのでしたら無関係ではありませんか?」


「波止場の設営は水路に関係するんだ。水路から船で物資を波止場に運び込んだり、運び出すには、水路設計に波止場の位置を決めておく必要があるからな。今はまだ水上交易ができる程、交易量は多くはないが、将来に備えておきたい」


「それでしたら波止場の設営は外すことを勧めます。波止場の位置をきめて水路設計を行えば十分です。あと、船は購入できますので造船も不要かと思います。それでもプロジェクト数が多いです。城壁内部の水路と外部の農地への水路はどちらが大切ですか?」


「農地への水路だけなく、草原に水路を引いて開墾を進めたい。今年の種付けに間に合わせるために直ぐに取り掛かりたい。王国内の食料不足に加え、都市の人口が大幅に増加したので備蓄が持つか不安だ」


「最優先事項は食料確保ではありませんか? それでしたらまずは農地と草原に水路を引くことに焦点を当ててプロジェクトを選択しましょう。また、戦略目標を食料確保に変えてポートフォリオを見直してください。水路以外にできる取り組みがあるはずです」


「それは後からやる。水路の整備が先だ。水路工事と開墾は人員の当てがあるが、水門の設置場所と水路設計が分からない。‟都市設計家シティ・プランナー”のスキルを持つ君なら何とかならないか?」


 俺は語気を強めて秘書に問う。しかし、彼女は怯むことなく、むしろ毅然とした態度で答える。


「水門の設置場所の特定と水路設計は私ができます。ただし、この都市と周辺の地図が必要です。高低差が分かる精密なものをお願いします。なお、領主代行様は予算に見合う効果が出ると考えていますか? また、水路が整備されたら農地の収穫量が増えるという因果関係の証拠がありますか?」


「都市の拡張計画の際に測量した地図があるから後から渡そう。予算に見合う効果? そんなことは分からないが、予算の最終決済者は私だ。農地の収穫量は川との距離に比例して増える。私が子供の頃から周知の事実だ。川沿いに農地を借りている者が羨ましく感じたものだ。さあ、他に質問はないか?」


「本来であれば、プロジェクトを始める前に費用対効果とユーザーニーズの確認が必用です。その代替案として質問しました。明日から作業に取り掛かりたいのですが、外出の許可をいただけませんか?」


 彼女は自治領館の敷地内にある職員寮に住んでいる。外出は許可されていない。素性がばれて誘拐させる危険があるとはいえ、このままでは彼女に酷だろう。しかし、外出されるときには監視と護衛役をつけた方がいいな……誰にしようか。


 俺が思案しているとき突然扉が開いた。


「ザエラ兄さん、シュバイツ伯爵領からレーヴェ少佐の部隊と一族の第一陣が到着したよ。出迎えをお願いします」


 カロルはそう言い残すと秘書に会釈をして直ぐに扉を閉めた。忙しそうに歩く足音だけが扉の外から聞こえてくる。


「君だけでは迷子になりかねない。私の信頼できる部下を助手として付けよう。あいにく私はこれから出かけるから、地図に目を通しておいてくれ」


 嬉しそうな表情を見せる彼女に地図を手渡し、外套を着て俺は部屋を後にした。


――アルビオン騎士団本部


「大佐、久しぶりだあ。あえて嬉しいぞお」


 懐かしい独特の口調だ。目の前にいるレーヴェと固く握手する。


「俺も嬉しいぜ。お前がうちの騎士団に来てくれて。しかし、一族全員が引越しとは驚いたな。シュバイツ伯爵と喧嘩でもしたのか?」


「混血というだけで一方的に嫌われているのさあ。さて、俺は嬉しくてたまらないが、後ろの奴らは緊張で強張った顔をしている。声を掛けてくれ」


 レーヴェが親指で後ろを指さすと年配の白エルフが並んでいる。おそらく一族の代表なのだろう。俺は彼らに近づき、一人ずつ挨拶を交わした。既に住居と食料は用意しているが、一部の者は軍用の天幕もしくは宿屋に仮住まいになることを詫び、何か必要なものがあれば遠慮なく伝えるよう話した。


 全員に挨拶が終わると中央の最年長とみられる白エルフが口を開いた。

「短期間にここまで準備いただいたこと大変感謝いたします。我らはドフォルフの血と知識を受け継ぐ混血種でございます。金属の製錬、鋳造、鍛冶そして建築を得意としております。我らの力を自治領の発展にお役立てください」


 ドフォルフは高い技術力を持ち、古代魔人帝国の都市を建築したと聞く。街長が持つ古の文献にも登場する魔人だ。亜人ドワーフの祖先でもある。自らを高く売るための作り話かもしれないが、都市の整備には職人が必要なのでありがたい。


「職人は不足しているの大助かりだ。鍛冶場や製錬設備の建設ついては補助金を出すので進めてもらいたい。シュバイツ伯爵領ほど豊かではないが……よろしく頼む」


「見た目の豊かさなど重要ではありません。これまで、我々は混血種というだけで迫害されてきました。しかし、この都市に到着して住民の活気に満ちた様子を目の当たりにし、我々が尊厳を取り戻し、一族の幸せが得られるのではないかと期待しています。それこそが、本当に必要なものなのです」


 最年長の白エルフの言葉に周りの者たちは涙を流す。


「おい、長老、辛気臭いからやめておけよお。アルビオン大佐、以前、俺が話したドワーフの血を引くというのは嘘だ、爺さんの話が本当だ。何しろミスリルを高純度で製錬する技法を持つのはシュバイツ伯爵領でも俺たちだけだからなあ。じゃあ、こらから頼むぜえ」


 レーヴェは手を上げて俺に挨拶した後、彼らの尻を叩きながら立ち去る。


「本当に必要なものか……」

俺は彼らの後姿を見ながら呟いた。

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