3.4.15 王座を汚す者

――王国歴 301年 初秋 イストマル王国 王城


 ラクシャは、レナータ公女とエイムス中将が、新国王との謁見を終えて、王国貴族と挨拶をするのを背後から見守る。


 エイムス中将が心配したような不穏な動きは今のところ見られない。あいつは心配性すぎる……彼は緊張を解き、長机テーブルに並べられた色鮮やかな菓子に見惚れていた。


 「んっ?」、視界に違和感を感じた。菓子ではなく、周りの人の動き……いや、給仕人の動きだ。軽快な円形の動きから一斉に同一方向へと疾走を始めた。


 その先には兄者ザエラとシャーロット王女の後ろ姿が見える。


《兄者、後から襲撃者だ》

ラクシャは念話を送るとすぐさま彼らの後を追い始めた。


◇ ◇ ◇ ◇


「フランソワ王子とシャーロット王女へ五人、俺とエリスへ五人、合計で十人か」

俺はすぐさま後ろを振り向き、襲撃者の人数を数える。


 武器は短剣のみだが、移動が速く、瞬く間に距離を詰める。まずい――シャーロット王女を守らなくては。五名のうち、三名が後ろのフランソワ王子へ、二名がシャーロット王女へと襲い掛かる。


「うぐっ」、彼女に襲い掛かる二名が、足を絡ませ、床に顔面から倒れ込んだ。


 俺が咄嗟に糸を出し、奴らの足を絡めたのだ。そして、奴らの身体を糸で縛り上げる。フランソワ王子へ襲い掛かる三名は、彼の後ろに控えていた黒髪の男が足技と打撃で瞬く間に沈黙させる。


 隣を見届け、こちらに迫る襲撃者へすぐさま視線を移す。五人全員が俺に目掛け、三方から襲い掛かる。魔法は禁止、帯剣はしていない。さらに、正装で体が思うように動かせない……糸で何とかなるという考えは甘すぎたようだ。


 俺はなすすべなく彼らが襲い掛かる様を眺めていた。


「アルビオン大佐、何をしている」


 我に返ると目の前にエリスがいる。俺を守るように襲撃者に立ち塞がり、打撃と足蹴りで彼らを退ける。彼女が拳を振るうごとに、素足で脚を蹴り上げるごとに身に纏うドレスの破れる音が響く。


 彼女は的確に襲撃者を倒していく。しかし、破れたドレスの切れ端に足を取られて姿勢が崩れ、短剣が彼女へ迫る。


「すまない、エリス。後は大丈夫だ」


 俺は彼女を支え、短剣を腕で受け止める。そして、残りの襲撃者を糸を絡め身動きを封じた。同時にラクシャが駆けつけ襲撃者の腕と足を縛り上げる。


「主殿、反応が鈍いぞ。一体どうした」


 エリスの言葉に俺は苦笑いをして、その場に崩れる。短剣を受けた傷が痛む――おそらく毒だ。額に脂汗を流しながら、腕を糸で縛り付ける。


 彼女は、俺の腕から短剣を抜き、袖を破る。傷口から紫色の血管が広がる腕が露わになる。


「貴方を殺させてなるものか」


 エリスは躊躇うことなく俺の腕の傷口に唇を重ね、毒を吸い始めた。彼女の懸命な様子に圧倒されたように、シャーロット王女、フランソワ王子、ラクシャ、ハヤテはただ見守るだけだ。


「襲撃者だ、誰か近衛兵を呼んで来い」

誰かが叫び声を上げ、場は騒然となる。


◇ ◇ ◇ ◇


 彼女は俺の腕から毒を吸い出した後、膝に俺の頭を乗せて髪の毛を撫でる。初対面なのに何を考えているんだ……我々の関係は知られてはならないのに。


「エリス王女、ありがとうございます」

身体は痺れるが何とか動く。俺はエリスにお礼を言いながら立ち上がる。


 よろけそうになるところをエリスが近寄ろうとする。しかし、すぐさまシャーロット王女が俺の肩を支える。


「エリス、衣装の着替えと口をゆすいでおいで」

フランソワ王子に声を掛けられ、彼女は不服そうに控室へと向かう。


「さて、こいつらを尋問すれば誰の仕業かわかるかな」

彼は縛られて俯いた襲撃者に近づき、じろじろ見つめながら呟いた。


 襲撃者は失敗を悟ると口から血を流し絶命した。おそらく、歯に毒を詰めていたのだろう。ラクシャの機転で猿轡を噛ませた二名のみ自死を阻止した。


「ヒュン、ヒュン」

遠くから何かが投げられた音がする。


「王子、お逃げください」


 ハヤテが襲撃者の近くにいるフランソワ王子を引き離す――その瞬間、二本の槍が襲撃者の心臓を貫いた。絨毯に血だまりができる。


「襲撃者を生かしてこの場に留めるとは馬鹿者め。新国王が襲われたら何とする?」

槍が飛んで来た方から怒声が聞こえてくる。


 怒声が聞こえた方に目を遣ると近衛兵を率いたアデルが現れた。


◇ ◇ ◇ ◇


 大広間にいる全員が息を呑んでアデルを遠巻きに見つめる。彼は新国王に見向きもせず、こちらへずかずかと歩いて来る。そして、近衛兵に合図すると、襲撃者の死体が搬送されていく。


「まだ、生きていたか……悪運の強い奴らめ」


 アデルは忌々しそうに俺たちを睨みつける。目つきは鋭く、目元にくまができている。女好きだで育ちの良い自信に満ちていた青年の姿はない。


「この非常時に近衛兵の動きが遅いと感じていましたが、納得しました。貴方が指揮をされていたんですね」

フランソワ王子は笑顔でアデルを見つめながら話しかける。


「それは違うぞ。近衛兵の指揮官は俺ではない。役立たずの指揮官の代わりに俺が出向いて来たのだ」

アデルは彼の煽りを鼻で笑いながら言い返す。


 そういえば、近衛兵を率いる禁軍の指揮権が新国王の後ろ盾であるロックフェラー将爵家の大将へと移管されたが、アデルを未だ支持するエンブリオ将爵家と関わりのある者が多く、指揮系統が乱れていると聞いたことがある。


 この乱れを利用し、襲撃者を給仕人として紛れ込ませたのだろう。犯人はアデルに間違いない。しかし、彼の余裕に満ちた表情を見ると証拠を掴むのは難しそうだ。


 アデルは初めて新国王へと向き合い、手を広げて大声で提案する。

「このような晴れの舞台が血で汚れるとはお主もついてはおらぬな。亜人の娘シャーロット王女や敵国とつるむからだ。この俺が力を貸せば、このようなことは起こらぬ。どうだ、手を組まないか?」


 シュナイト新国王はアデルへと歩を進め、落ち着いた声で語り掛ける。

「不要だ。私の目指すところは内政強化だ。ガルミット王国とは和平協定を結び、無意味な戦争に国費の投入は行わぬ。その代わり、領地整理と新規開拓に注力する。その実現のためには、人族だけではなく、亜人、魔人含めた全国民の力が必要だ」


 アデルは額に手をやり、大声で笑いながら言い返す。

「馬鹿げた理想だ。この大広間でお前に賛成の者などほんの一握りだ。元老院の爺共さえ、戸惑うだろう。まあ、そうでなくては俺の出番がないがな」


「アデル、新国王に対して失礼です。同じリューネブルク公爵家として断じて許すことはできません。今すぐ、この場から出ていきなさい」

シャーロット王女は怒りに満ちた表情でアデルに言い放つ。


 アデルは彼女を睨みつけた後、大広間の貴族の表情を見て、満足そうに大広間から退出した。


「国王様、アデルの大変ご無礼な言動と態度、リューネブルク公爵家として謝罪いたします。私がいる限り、我が公爵家は国王様に忠誠を尽くします」

彼女は跪き、緊張した面持ちで国王へ謝罪する。


「気にすることはない。それより、アルビオン大佐のために治癒士を呼んで来た。別室にて治療を受けるが良い」

 

 国王に礼を述べると治癒士に支えられながら別室へと向かう。王国守護騎士ローヤルガーディアンが俺の代わりにシャーロット王女を護衛する。


「このまま晩餐会は続けますわ。皆さん、ご歓談ください」

アルティナ中将の声が大広間に響き渡るのを俺は背中で感じた。


◇ ◇ ◇ ◇


 俺は、治癒士に解毒と回復魔法を受けたあと、再び大広間に戻り、シャーロット王女と合流した。しかし、既にダンスは終わり、練習の成果は無に帰した。

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