3.3.16 開戦前 騎士の嗜み


――王国歴 301年 晩冬 貴族連合討伐軍 レナータ陣営


「カチ、カチャ、ズズズー」

ラクシャのスープを飲む音が部屋に響き渡る。口の周りに付いたスープを袖でふき取るとパンを引き千切り口に運ぶ。ぽろぽろとパンくずが皿の周りに散らばる。


レナータ公女は立ち上がると、

「スープを飲むときは音を立ててはだめ。静かにスープをすくい、スプーンを唇にあて音をたてないように流し込むのよ。さあ、試してごらん」

と言いながら背後から近づき、スプーンを握るラクシャの手を取る。


ラクシャの手を動かしながらスープをすくい、口元へと近づける。ラクシャは緊張した様子でスプーンに唇を当て、スープを流し込もうとする。


「ゔっ、げほげほ」、ラクシャはむせて流し込んだスープを吐き出す。


「あら、喉に詰まらせたのかしら、大丈夫?」

と言いながらレナータ公女はラクシャの背中を優しく撫でる。


ラクシャが振り向くと鼻と口からスープがこぼれ落ちている。「あははは」、レナータ公女は面白そうに笑いながらナプキンでラクシャの顔の汚れを丁寧にふき取る。


(静かにしていると格好いいのに、可笑しな男性ひとね)

彼女は、目を閉じて大人しく拭き終わるのを待つ彼の顔をじっと見つめた。


「すまない、次は頑張る」

とラクシャは再びスプーンを握り、スープを睨みつけた。


レナータ公女は彼の肩を叩くと、

「食事の礼儀作法は難しいから気長にね。挨拶の所作は習得したから焦ることはないわ。気分転換に外の空気を吸いにいきましょう」

と言いいながら、ラクシャを散歩に誘う。


ラクシャの背中を見ながら、レナータ公女は昨日の御前会議を思い出した。ラクシャは守護騎士として随伴していた。煌びやかな軍服を身にまとい騎士の間に控えるラクシャは一段と凛々しく、レナータ公女はその姿に見惚れていた。


◇ ◇ ◇ ◇


「また、戦いが始まるわね。何人殺せば終わるのかしら……」

とレナータ公女は気鬱そうに戦場を見つめる。


守備兵が厳重に警戒する中、二人は敵陣が見える前線に到着した。数日後に始まる戦いに備えて、城下町に退避していた敵兵が野営地を設営している様子が目に映る。


ラクシャはレナータ公女の呟きに答えることなく、風を圧縮して生成した剣で素振りを行う。「ヒューン、ヒュン」、ラクシャの舞うような剣裁きに合わせて、空気を切り裂く風の音が聞こえる。


「殺すのが嫌なら、辞めてしまえばいい。お前の歌は戦場には似合わない」

素振りを続けながら、ラクシャは唐突にレナータ公女に話しかける。


「こんな茶番王位選定、辞めてしまいたいけど……お父様とお母様の顔に泥を塗る真似はできないわ」と言いながら大きな溜息を付く。


「幼い頃、私が炎と水の血族魔法の‟並列詠唱”に成功すると、両親はとても喜んでくれたの。二人の期待に応えるように稽古を続け、水炎・大魔導士の職業まで得たわ。その後は、一人娘なので結婚して子供を早く作るように言われて声楽の道を選んだけど……。王位選定が始まるとお付き合いのある将爵家に両親がいいように持ち上げられて、私の立候補が決まったのよ」


「ならば、お前の代わりに私が敵を殺せばいいのだな」


「ありがとう。私の守護騎士は頼もしいわね」

レナータ公女は嬉しそうに、ラクシャの背中に声をかける。


「お前の歌が好きだからな」

と言いながら、ラクシャは素振りを止めてレナータ公女に近づく。


ふと思い出したように、

「そうだ、私を守るための剣を授けるわ。貴方にぴったりよ」

と言いながら、レナータ公女はラクシャに刀の柄を授ける。


ミスリルの細かな装飾が施され、水色の魔石が幾つもはめ込まれている。ラクシャはそれを受け取ると珍しそうに眺めていた。


「水竜刀という名前らしいわ。柄に魔力を注いでみて、あ、私に向けないでね」

ラクシャが魔力を注ぐと柄の先から勢いよく水が噴き出す。


「水の血族魔法を継承する父方の家系に代々伝わる宝具と聞いているわ。水魔法で溢れ出る水を操り、剣のように、鞭のように使い分けることができるそうよ」


ラクシャは風魔法を使い水を操ろうとする。しかし、水が風で飛び散るだけで制御できない。


「うまくいかないな」

ラクシャは飛び散る水を見ながら残念そうに呟く。


「水と風魔法を‟並列詠唱”したら制御できるかもしれないわ。守護騎士の契約魔法により、私のスキルが使えるはずよ。コツを教えてあげるわ」

と言いながら、レナータ公女はラクシャと一緒に柄を掴み、‟並列詠唱”の説明を始めた。


そんな二人を軍馬に騎乗した一人の将兵が遠巻きに見つめ、悔しそうに呟いた。

「なぜ、私にはあのように接してくださらないのか……」

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