3.3.11 呪縛(オズワルト)

――王国歴 301年 晩冬 貴族連合討伐軍 第一王子本陣


本陣の天幕は薄暗く、角灯ランタンの明かりが目の前にいる第一王子オズワルトの姿を微かに浮かび上がらせる。


「ザエラ・アルビオンでございます。ご招待ありがとうございます」

ザエラは微かに判別できるオズワルト王子に向かい、挨拶を述べる。


「ここには私と君だけしかいない。畏まることはないよ。また、周りは防音の結界で囲まれているから、遠慮なく話して欲しい」

オズワルト王子の良く通る声が天幕に響き渡る。


(魂の気配は彼だけだ。顔は見えないが想像していた雰囲気とは違うな。魂の輪郭は滲みがなく、その色は叡智を意味する蒼色だ。聡明な人物と言えるだろう)

ザエラは魂魄魔法でオズワルト王子の魂を見ながらその人柄を見極めようとした。


第一王子、オズワルト・フォン・リューネブルクは謎に満ちた王位候補者だ。


侍女との間に生まれた庶子のため、魔術紋様を継承していたにも関わらず、幼少期は不遇の生活を強いられていた。しかし、黒魔法の才能を認められ、黒の血族魔法を宿すナイトレイド将爵家の庇護下に入る――それ以上の情報はない。王国の暗部を担う家柄ため探りを入るのが難しいと、黒猫ガリウスが珍しく釈明していた。


(ヨセフ少将のように、オズワルト王子が第一王女に呪いをかけたと公然と非難する者たちがいる。王族への積年の恨みが理由と言われているが、目の前の人物からそのような感じは受けないな)

ザエラはオズワルト王子の雰囲気が噂と異なることに違和感を感じていた。


突然、「パチン」という音がザエラの頭の中で聞こえる。


「名前と種族以外は読み取れないとは……これならどうだ?」

オズワルト王子が呟くと音がさらに激しくなる。


「君は何者だ?僕の鑑定が弾かれたのは始めてだ。瞳で無効化されているようだが、人族に魔眼を持つ者など聞いたことがない」

と声を弾ませてオズワルト王子はザエラに問いかける。


「オズワルト様、本日のご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

ザエラはオズワルト王子の質問を遮ると強い口調で本日の用件を求めた。


◇ ◇ ◇ ◇


私の妹シャーロットに強力な援軍が現れたと聞いて、彼女を任せられる人物か見極めたくてね。しかし、鑑定が効かないとは。私の想像を超える人物なのは理解したよ。ところで君は彼女のあれを診たかい?」


「機密事項ですので申し上げられません」


(彼は妹の病状を把握しているみたいだな。二人の交友は続いているのだろうか)

ザエラはオズワルト王子の口ぶりに疑問を抱く。


「では、十年以上、呪いを受けている人物がいるとしよう。相手はどのように呪いを常に発動させているのだろうか?」


「魔導士が交代しながら常に詠唱することしか思いつきません。しかし、大勢の魔導士が必要となるので現実的ではないですね」


「ああ、帝級の呪いを扱える魔導士も限られているからな。一般的には不可能だが、王国の禁書には別の方法が記載されている。それは魔術紋様を持つ者を枯骸ミイラにし、常に血族魔法を発動させる方法だ」


「魔力はどのように供給するのですか?」


「魔力溜まりが存在する地に魔法陣を設置し、その上に枯骸を配置することで魔力を常に供給することが可能だ」


ザエラは魔方陣上に配置された枯骸を地下迷宮で発見したことを思い出した。

(枯骸の魂は、自分と同じ血族魔法の使い手と話していた。ということは、床の魔方陣ではなく、彼らが死神グリムリーパーを操作していたのか)


「つまり、黒魔法の魔術紋様を持つ者が枯骸となり、常に呪いをかけていると言いたいのですね。そのようなことをなぜ私に伝えるのでしょうか?」


「王国の禁書を閲覧でき、帝級の呪いを扱えるのはナイトレイド将爵家しか考えられない。裏で彼らを動かせる存在、つまり王族が糸を引いている。だから、彼女の呪いについて詮索はすべきではない。これは警告だ。下手に動いて彼らに気づかれたら僕が君を殺す」

とオズワルト王子は殺気を漂わせながらザエラに忠告する。


「あともう少しなんだ。奴は死期が近いことに気づいているが、そのまま死なせてやるものか。我々の十数年の憎しみを味わせてやる」

オズワルト王子の魂の色が赤黒く変わり大きく揺らぎ始める。


◇ ◇ ◇ ◇


「ふう、すまない。初対面の君に対して失礼な発言をした」

しばらくすると、オズワルト王子は落ち着きを取り戻した。


「殿下のお気持ちは理解しました。私から動くことは致しません」

ザエラの言葉にオズワルト王子は頷く。そして、水差しからグラスに水を注ぎ、一口で飲み干す。


「ふう、久しぶりに人と話して疲れてしまった。しかし、もう一つ君に話しておきたいことがある。敵陣に呪いの瘴気が渦巻いている箇所がある。イシュトバーン城の地下深くだ。敵が何か企んでいるようなので気を付けて欲しい。今日の話は以上だ」


「ご忠告ありがとうございます」

ザエラはお礼を述べて退席する。「妹をよろしく頼む」という

オズワルト王子の言葉がその背中に投げかけられた。


――ハフトブルク辺境伯 イシュトバーン城地下牢


「ふしゅー、うがあぁ……るぐろおあぁ」

両腕、両足を鉄鎖で縛られた囚人がうめき声を上げる。


目と口に穴が開いた麻袋を頭から被り、口からは涎と目からは涙をこぼす。体中は傷だらけで、傷口の周りの肉は腐り、悪臭を放つ。


一人の女性が椅子に座り葡萄酒を飲みながらその囚人を見つめていた。


「まだ足りないわ。敵を呪い殺すほど苦痛と憎悪をその体に刻みなさい」

その女性の合図で屈強な看守が鉄の茨を巻き付けた鞭を囚人に何度も叩きつける。


「うぎゃあぁ」、囚人の叫びが地下牢にこだまする。


女性はその様子を食い入るように見つめて、

「もっと私を興奮させてよ、兄さん」

と言いながら、自らの指を股の割れ目に這わせると、次第に息遣いを荒くした。

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