3.3.8 晩餐 (シュナイト)
――王国歴 301年 晩冬 貴族連合討伐軍 ハイドレンジ公爵家陣営
「ザエラ、ティアラの準備ができたわよ」
民族衣装を着て正装したティアラがサーシャと共に現れる。
髪を結い薄く化粧をしたティアラは大人びて見えた。緩めに仕上げた髪が優しい顔立ちを引き立てる。装飾を施したヘアバンドで額の触眼を覆うと人族の娘と区別はつかない。ザエラは美しく成長した実妹を目を細めて見ていた。
「お兄様、どうかしら?」
ティアラは初めての正装で緊張した面持ちでザエラに問いかける。
「とても良く似合うよ。母さんが見たら喜ぶだろうな」
「そうね、母さん元気にしているかしら……心配だわ」
(しまった。母さんの話題に触れるべきではなかった)
キュトラの表情が陰るのを見てザエラは後悔した。
「さあ、二人とも元気を出して。そんな寂しそうな様子だと相手の方が可哀そうだわ。
と言いながら、サーシャはティアラに厚手の
「そうだね、そろそろ出かけよう。足元に気を付けてね」
「サーシャさん、ありがとうございます。頑張ってきますね」
ティアラは笑顔でお礼を言い、膝の布地を持ち上げてザエラの元へ歩みよる。
「では、行って来るよ」
ザエラは手を上げてサーシャに声を掛け、二人は部屋を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
面会の当日、シュナイト公の執事から晩餐への招待状を手渡された。昼間の続きしたいので自治区に詳しい魔人を一名連れて来るよう記されている。
自治領への昇格の件を相談したいので、街を語るのにふさわしい人物、アルケノイドが良いだろう。街長の娘であるサーシャが真先に思い浮かぶ。しかし、サーシャは本陣営の支援部隊からは外れている。ララファ、フィーナ隊も同様だ。そこで、軍人ではないティアラにお願いすることにした。
招待状に書かれた指定の場所に向かうと、シュナイト公の執事が待機していた。
《執事に案内させるなんてお相手の方のご身分は高いのかしら?》
気品のある執事の背中を見ながらティアラは少し緊張気味に問いかける。
《内務省に
(公爵家の王位候補者が相手だと知ると、しっかり者の実妹でも同席は断るだろう。どうせ会うのはこの一度だけだ。街に戻るまでは内緒にしておこう)
ザエラはティアラが緊張しないようにシュナイト公の身分を伏せることに決めた。
《い、いつも通りね。わかったわ》
と念話で答えると、ティアラは心を落ち着かせるように手を胸に当てる。
執事に案内されてしばらく歩くと野営地から離れた場所に佇む建物に到着した。
◇ ◇ ◇ ◇
建物に入り外套を執事に渡す。侍女が案内する部屋に入るとシュナイト公が待ちわびていたように椅子から立ち上がり歩み寄る。
「やあ、アルビオン中佐、急なお願いにも関わらずありがとう」
「こちらこそ、お誘いいただきありがとうございます。こちらは実妹のティアラでございます」
「ティアラ・アルビオンでございます。お初にお目にかかります」
ティアラは緊張した面持ちで、サーシャから教わった貴族の挨拶をする。シュナイト公は面を上げたティアラをしばらく見つめる。
「実妹は自治区の街から出てきたばかりでございます。貴族の挨拶には不慣れなため、何かご不快な思いをされたのでしたら申し訳ございません」
シュナイト公はザエラの謝罪に我に返り、恥ずかしそうに笑いだす。
「すまない、見惚れてしまっていた。殺風景な戦場で、このような麗しい女性に出会えるとは。軍に入隊して初めて経験だ」
「シュナイト様のご機嫌を損ねてなくて安心しました。そのようなお言葉、光栄でございます」
と言いながら、ザエラはティアラと共に改めてお辞儀をする。
執事に促され席に座ると食卓に料理が運ばれて来る。晩餐の始まりだ。
◇ ◇ ◇ ◇
食事が終わり、葡萄酒を飲みながら一服する。
「ティアラ殿、料理はいかがでしたか?」
「どの料理も初めてでしたが、とても美味しいです」
ティアラは嬉しそうに笑顔をシュナイト公に向ける。
食事の間の会話で二人は打ち解けたようだ。自分の研究について喋る彼の話を、ティアラは相槌を打ちながら聞き、時々質問をしていた。シュナイト公は興奮して楽しそうに喋り続けた。
「私ばかり話し続けてしまったが、本題に入りたい。君は人族と魔人の本質は同じだと話していたが、どういうことだろうか?」
シュナイト公はザエラへ昼間の続きを話す様に促す。
「はい、種族によりばらつきはありますが、隣人と協力しながら、家族を愛し、子を育て、安定した暮らしを求める姿勢は両者とも共通しています。現在の課題は魔人や亜人へ教育の機会が与えられておらず、貧困から抜け出せないことにあります。それが、納税額の低さや犯罪率の高さで現れています」
「それでは、教育の機会さえあれば、我々は共生できるということなのか?」
「はい、その通りです。共生することで王国をさらに発展させることができます。これをご覧ください」
ザエラはシュナイト公の前に三枚の布地を置く。
「我々の街で数年前に紅雲織の手工業ギルドを立ち上げました。右側の布が当時のものです。網目があらく薄い生地ですが、耐久性に優れ魔力伝導率が良いため防具の裏地に使われていました。その後、商会から人族の織り方を取り入れて種類を増やしてはどうかと提案がありました。そこで、柔軟性のある肌触りの良い厚手の布を作りました。真中のものとなります。丈夫で吸水性が高く、さらに防臭効果があることが分かり、汗拭きや湯浴み後の身体拭きとして販路が広がりました。さらに、街の顧問をしている人族の錬金術師の考案で作成したものが左のものとなります。水を加えて魔力を流してください」
シュナイト公はザエラに言われるがままに左の布に水を加えて魔力を流す。
「魔力を流すと布が暖かくなる!一体どういう仕組みなんだ?」
「魔力伝導率が高いことを利用して熱を発する魔法陣を織り込んでいます。流し込む魔力により熱さが変わります。また、熱を吸収する魔法陣を織り込むと冷たくすることも可能です。このように、魔人の個性と人族の知識を組み合わせれば、より価値のあるものを作り出すことができるのです」
「なるほど、これは素晴らしいな。しかし、教育の機会が重要というのは理解したが、魔人や亜人への差別は根強いため人族から積極的に取り組むには難しいな。言葉や習慣の違いもあるし」
と言いながらシュナイト公は眉間に皺を寄せて悩む。
ザエラはすかさず書類を取り出すと、
「我々の自治区を
と言いながら、シュナイト公に手渡す。
「資料については中身を読ませてもらおう。兵役規模については君の騎士団が担うのだろうか?」
「はい、そのつもりですが、兵役規模の基準を満たせる根拠がまだ示せておりません。ぜひ、我が魔人部隊の活躍をご覧いただいて後押しをお願いいたします」
「そうだね、彼らの活躍をじっくりと見させてもらうよ。話たいことがたくさんあるが、妹君が限界のようだ。今晩はお開きにしよう」
と言いながら、シュナイト公がティアラを見つめる。
ザエラが隣を見るとティアラは顔を赤くして少しふらついている。
「すみません、葡萄酒が美味しくて飲み過ぎてしまいました」
ティアラは頬に手を当てながら謝る。
二人が帰り支度をするために席を立つ。シュナイト公はふらつく彼女の手を取り、腰に手をまわして支えながら出口まで付き添う。
「酔いすぎて失礼な姿を見せてしました。ごめんなさい、兄様」
「私に謝らなくてもいいから。シュナイト様、本日はありがとうございました」
ザエラはお礼をいい、ティアラを支えながら歩き始めた。
「欲しいものがもう一つ増えたな」
シュナイト公は二人を見送りながら呟いた。
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