3.2.15 三人の中隊長(1)
――王国歴 300年 晩夏 ヒュミリッツ峠付近 ガルミット王国軍夜営地
――アレス公左翼伏兵(サーシャ隊)
「敵の攻撃が止まった。前衛は攻勢に移れ、他は部隊を再編制だ」
後方に控える左翼の敵将の激により、敵歩兵部隊は息を吹き返えした。円陣を組み槍を構える
「全隊員は糸を生成。繭のように全体を覆い、援軍到着まで耐えるわよ」
「キーン」という音と共に外部からの魔力が体内に干渉し、魔力の循環が乱れ魔法どころか体の自由すら聞かない。大蜘蛛は口から泡を吐きうずくまる。辛うじて円陣を組み槍で応戦するが目が回り視点が定まらない。サーシャの指示で大量の糸が吐き出され、部隊全員を繭のように包み込む。
(私たちの糸で時間稼ぎをする間に、
敵の剣が糸を切り裂く音を聞きながら、サーシャはザエラを想いながらひと時の休養を取る。
「もうすぐだ、繭が破れるぞ」
糸が切り裂かれて繭の中が透けて見える。もう、ひと振りで破れてしまいそうだ。興奮した兵士が剣を振り下ろそうとした瞬間、繭の中から現れた赤い槍がその喉笛を突き破る。
「特殊魔導独立中隊副隊長、サーシャ・ブルーバーグよ。相手になるわ」
気力だけで立ち上がり槍を構える。魔力探知ができないため、兜を脱ぎ、眼帯を外すとようやく視界が開けた。一人の将兵が彼女の視界に現れる。
「グロスター伯爵家三男、アレス大佐直属部隊の少佐だ。
敵将の大剣がサーシャの頭上に振り下ろされたまさにその時、一人の兵士が間に割り込み、
「ブルーバーグ副隊長、じゃない、サーシャ、遅れてすまない。間一髪だったな」
目の前に現れた赤髪、赤眼の青年がサーシャに声を掛ける。
「もう、いつまで待たせるのよ……ありがとう、信じていたわ」
サーシャはその青年に涙を流しながら寄りかかる。彼は、彼女を抱きかかえ、繭の中にやさしく横たえる。
「おい、
その青年の檄に鬼人たちは唸り声をあげて応える。
(今日の彼はずいぶんと言葉遣いが悪いわね…)
サーシャは違和感を感じながらも安心感に包まれて気を失う。
「その赤い髪と赤い眼、もしや貴様がベルナール様の仇か?」
敵将がその青年へ大声で問いかける。
「ああ、俺がザエラ・アルビオン中隊長だ」
魔眼でザエラに変身したシルバが自信に満ちた声で名乗りを上げた。
――アレス公右翼伏兵(オルガ隊)
「ずいぶんと動きが鈍いではないか、幻影魔法の使い手よ」
オルガは右翼深くまで斬り込み、右翼の少佐と斬り合いを続けていた。「キーン」という音を聞いてから体のだるさが取れない。キリル、イゴールとホブゴブリンたちも動きが鈍く、彼女と敵将との一騎打ちを敵兵に邪魔させないようにするので精一杯のようだ。
(変身がそろそろ切れそうだ。敵陣深く入り過ぎてこのままだと包囲殲滅されるな。連絡が取れないザエ兄が気になるが、必ず救援に来てくれるはずだ。それまで持ちこたえないとな)
「バリンッ」、敵将の斧が彼女の盾を叩き落とし、頭の兜を掠める。強度の落ちた兜が砕けて顔が露わになる。
「なぜ人族なのにこの音を聞いて動きが鈍くなるのだ?ハフトブルク辺境伯家の血族魔法を使うだけで驚きなのに、魔獣や魔人のように弱体化するとは。不思議な小娘だ、捉えて拷問するのも一興だな」
敵将は斧を使いながら器用にオルガの漆黒の鎧を砕いていく。変身も時間切れだ。彼女は変身を解く。武器も投影できないため、両手を上げて、彼に近づく。キリル、イゴールが助けに入ろうとするが、オルガは手で制する。
「可愛い顔して生意気そうな小娘だ。その表情がどのように変わるか楽しみだな」
オルガを抱きかかえようと腕を伸ばした瞬間、彼女は腕にかぶりつく。
「うぎゃああ、離せ小娘」
オルガは口から肉片を吐き出し、口元を血で染め敵将を睨みつける。腕の肉を引きちぎられた彼は悶え苦しむ。その時、赤髪、赤眼の青年が彼女の前に現れた。
「ザエ兄、来てくれたんだね、へまをしてごめんよ」
「パチン」、その青年はオルガの頬を叩く。彼女は驚いた。今まで義兄に叩かれたことなどないのだ。
「馬鹿野郎、敵の戦術が見えないのに単騎で突っ込むとは何考えているんだ。感情の高ぶるに任せて戦うのはやめろ。分かったか?」
「義兄さん、ごめんなさい。もう、絶対やらないから」
オルガは大声で泣き出す。キリル、イゴールとホブゴブリンたちは体のだるさも忘れて二人の成り行きを見守る。
その青年はハンカチを取り出し、オルガの涙と口元の血を拭きとり、鼻をチンさせる。そして、乱れた髪と装備を手際よく整える。落ち着いた彼女を後方に下がらせ、回復ポーションで腕の怪我を介抱する敵将へ声を掛ける。
「特殊魔導独立中隊長、ザエラ・アルビオン大尉だ。お前の相手は俺だ」
「アルビオンだと、貴様がベルナール様の仇か」
魔眼でザエラに変身したジレンが敵将を赤い瞳で睨みつける。
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